我が家は魔王一家

西臣如

第1章 勇者襲来

第1話 父さんの就職活動

  ♪ 紺の空に 浮かぶのは

   正義の星 スタートリガー!

   優しい心の 持ち主で

   でもでも趣味は 万引き~!


   本当は 本当は 弱虫だけれど

   信じてる者のため スーツを纏う~!


   (スター☆チェンジ!)


   行くんだ! スターショット!

   やるんだ! ブレイブトリガー!

   そしてとどめの~ 一撃必殺・ブレイブスターキック!


   待ってろ魔王 そのうちお前を狙い撃ち!


   (ショット!) ♪



   *



 稲妻いなずま家の朝は、この歌で始まるといっても過言ではない。実際、稲妻家の長女である萌黄もえきも、リビングから聞こえてくるこの「正義の星 スタートリガーのテーマ」が目覚まし代わりだ。スタートリガーのエンディングのころだから、時計の針が七時半を差しているのは間違いない。

 目を開くや否やぐいと身体を起こす。今日は水曜日だから体育があるな。枕元に放られていた体操着を手にし、萌黄は六畳の寝室からリビングに出た。

 と、一番に声を掛けてくるのは相変わらず、稲妻家長男の紫苑しおんだった。

「なあなあ萌黄」

「うっさいわね、スタートリガーの話なら勘弁してよ」

「いや、今日のは本当にツッコミどころが多かったんだって。今日の魔王の手先ってのがさ、暴れん坊ヴォスっていう強そうな奴だったんだ。今回こそは本気で期待しちゃうほどの見た目だったんだよ、推定三メートルの巨漢だし。でもそいつ異常にスピードが遅いんだよ。五十メートルを一分かけて走ってる感じで、距離を離して戦うスタートリガーに射撃されまくってさ、もう見てられなかった。やっと攻撃できてスタートリガーがピンチになったと思ったら、追い討ちかければ勝てるってのにボーっと見てるだけなんだよ。馬鹿だと思わない? んで復活したスタートリガーにやられてお終い、一件落着。考えられないほど間抜けだよね。最低俺が魔王だったらあんな馬鹿最初っから雇わないけど」

「はいはい」

 中学生とは思えぬこの饒舌。将来には政治家とか弁護士とか、語る職業が向いていると萌黄も本人も感じているほどだ。萌黄とは違って、紫苑は通っている中学校で学年トップの学力も誇っているし、先生からは全国有数の秀才高校の奨学生になれると念まで押されている。そんな彼が興味と関心を持って毎日研究しているのがこのヒーロー特撮だ。特に、魔王の手下の敗北原因をあれこれ調べている。萌黄からすれば、せっかくの才能を捨てているようなものにしか見えないのに、本人は真面目に研究しているから言葉も出ない。

 話に付き合っていると遅刻になりかねない。大雑把に聞き流して、自分の準備に取り掛かるのが一番だ。わかっている萌黄はテーブルの上に置かれたトーストを手にとり、それをかぶりつつ紺に紅白のラインが入ったセーラー服に着替え始めた。

「萌黄、起きてきたのならちゃんと挨拶なさい」

 稲妻家の母であるなつめはキッチンで弁当作りに勤しんでいるようだった。今日は珍しく四つの弁当箱にご飯、卵焼き、お浸しと詰め込まれている。

「あ、ごめん、おはよ」

「父さんにも言ってあげなさい」

「あれ、父さんもう起きてたんだ」

 洗面台を覗くと、稲妻家の主である鬼灯ほおずきが全く似合っていないスーツ姿で鏡に向かっていた。実に珍しく険しい面つきで鏡に映っている自分と向かい合って、ネクタイを何度も直している。こうやって背筋を伸ばして真面目な行動をしていれば、間違いなくもてるだろうし、もしかしたらモデルにスカウトされそうな絶妙な存在感がある。

「父さん……おはよ」

 声を掛けるなり、鬼灯は鏡越しに口元を緩めた。

「ああ、起きたのか萌黄」

「うん、まあね。それよりも父さんはりきってるね。今日の面接頑張って」

「まあ適当にな」

「もう父さんってば口も態度も悪すぎるのよ。大人しく言うこと聞いてれば三百三回も就職活動しなくてもとっくに就職できてると思うんだけど」

 実際、鬼灯が働いたというのは一度もなかった。いや職についていなかったわけではないが、誰かの下について働くというのが未経験だったのだ。しかも幼いころから甘やかされて育ったという経験もあってか、性格はわがままで自分勝手。自分の気に食わないことがあればすぐに放り出す。結局、稲妻家の家計を支えているのは献身的な母・棗の収入だけだ。

「面接官が悪いんだ。私に命令をするなど千年早い。しかも敬語を使えだのなんだの、訳がわからんな」

 これが盗聴されでもしていたら間違いなく一発で不採用である。

「今回こそちゃんとしなきゃダメだよ。千歩でも千年でも面接官に譲ってあげればいいじゃない」

「それはいかん。最初を甘やかすとどうなると思う? それから調子に乗ってこちらが譲ってやったことなど綺麗さっぱり忘れてしまうのだ。ここは心を鬼にしなくてはならんだろ」

「だめだ、話になんない」

 何をどう言っても自分が上でなければ納得できないのだ。この人が職につけるのって自分自身が会社を設立するしか方法はないんじゃないだろうか。とはいえ稲妻家には雀の涙ほどの貯金しか残っていないので結局何もできないのだが。

 トーストを食べ終え、洗面台の端のほうで歯を磨き終えたときにはすでに八時のワイドショーが始まっている時間だった。

「萌黄、早く学校に行かなきゃ。遅刻なんか許せないんだけど?」

 玄関から、紫苑の急かす声が聞こえる。そこまで言うのなら先に行けばいいのに、なぜだか彼はいつも待っているだけだ。だから萌黄は余計に焦らされてしまい、それが原因で忘れ物が多くなっているのだ。しかしゆっくりしているわけにもいかない。急ぎ足で学校指定の鞄を肩に下げ、玄関に辿り着く。時計によると八時五分だ。

「じゃあ行ってきます!」



   *



 萌黄と紫苑は同じ白樹園中学の三年と二年である。萌黄の在籍する三年クラスは二年クラスの真上、四階に位置する。息を切らして階段を上りラストスパートをかける。だが八時半ちょうどのチャイムを、萌黄は二年クラスがある三階で聞いてしまった。

「じゃ、後はがんばれ」

 チャイムが鳴る最中、紫苑はすれすれで教室に飛び込んでいった。彼は何とか遅刻にならないだろう。しかし問題は萌黄だ。体力を酷使した今の状態でさらにもう一階分階段を上ることは絶望的だった。しかもチャイムが鳴り終わるまでに教室に辿り着くなど無謀にも程がある。とはいえここまで来た以上上らないわけにはいかない。身体にむちを入れ、もう火事場の馬鹿力で上るしかないのだ。

「あー、もう、最悪だわあ……」

 ぼやきつつ教室に足を踏み入れた萌黄だったが、まだ天は見捨てていなかった。

 担任の先生は、まだ教室にいなかった。つまり出席をまだ取っていないらしい。

「よかったね、萌ちゃん。まだ先生来てないよ」

 窓際最後部の席に着くなり、前の席の眼鏡少女リッちゃんが振り返ってきた。

「そうなんだ。でもリッちゃん、なんでまだティーチャー来てないの?」

「噂によると、転校生が来るらしいよ。しかもジュニーズアイドルのMi-Haミーハー似なんだって。その噂正しいのか間違ってるのかは知らないけど、火のないところに煙は立たないって感じで、もう三年生中が沸き立ってるの」

「ふうん。この学校の男子ってイケてないもんね。いたとしても三組の松陵しょうりょう圭太ぐらいでしょ? そりゃあ転校生で沸き立つのも無理ないわよね」

 そんなに噂になるほどの男ってどんな奴だろう。萌黄はその顔を拝むべく、今か今かと廊下側をじっと見ていた。

 そのとき、ティーチャーこと茶々ささ先生に隠されるように、噂の彼は廊下を通り過ぎて、三年一組の教室に入ってきた。と同時に一組の女子の黄色い声が上がる。またそれだけではなく二組や三組の物好きの女子がいつのまにか一組に紛れ込んでいて、一緒になって黄色い声を上げている。その声にはさすがに圧倒されたのか例の彼は目を見開いたまま、茶々先生に何かを訴えようとしている。一方の中年メタボの茶々先生は自分が声援を浴びていると思い込んでいるのか、顔を赤らめつつ咳払いを一つし教室を静めた。

「では今日からこのクラスの一員となる彼を紹介しよう。千臣せんしん篤志君だ。千臣君も一言何か言ってくれ」

 千臣という例の彼はよくわからないままとりあえず頷いて、改めてクラスの皆に向いた。

「んーと、初めまして千臣です。これからお願いします……こんなのでいいっすか」

 初めて聞いた千臣の淡々とした声に、女子の鼓動はヒートアップし、歓声はもはや悲鳴に似た感じになって、興味のない者の鼓膜をギンギンに奮い立てる。

 漆黒の髪は柔らかいくせっ毛だが寝癖のようには見えず、お洒落なヘアスタイルにも見えないことはない。学ランは着崩しているのに校則違反に触れているようにも見えない。やる気も生気もなさそうな瞳なのに、それが女子心を煽っているのもわからないわけではないのだ。

「まあ、合格ってとこね」

「え、萌ちゃんあの人のこと好きになっちゃったの?」

「そんなわけないでしょ。あたしああいうハッキリしないタイプ好きじゃないの。ただ単に女子の気を引く要素を持ち合わせてる点で合格なだけ」

「こういう人、萌ちゃんらしくないもんね。謎めいた雰囲気してるし、あの人」

「うん、それになんか嫌な感じがするのよね……」

 警戒するあまり睨みつけてしまった萌黄と皆から注目を集める千臣。刹那二人の目が合った。萌黄は不意に目を逸らし、リッちゃんとの噂話に耳を傾ける。しかし千臣は今まで見せなかった微笑を浮かべ、教壇を後にした。


 

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