無能力者、異世界を往く!

鷲鷹 梟

第1章 二つの歯車

プロローグ

燃え盛る塔の頂上に、その男は立っていた。

全速力で塔を登っていったので息が荒い。

しかし、休む暇などなかった。

この塔はやがて崩れ落ちる。

それまでに目の前にいる敵を、男は打ち倒さなければならないのだ。


「……私を止めようとしても無駄ですよ。

 貴方程度の力では時間稼ぎにもならない」


 目の前に立つ敵、人型の魔族が男に気づき口を開く。

中性的な、やけにくぐもった声だ。

人型、しかし、その顔は異形で全身には棘のようなものが生えている。

身長は170cm程度で、オレンジ色に光る七つの目で男に視線を合わせた。

そして、自らの背ほどもある太刀を抜き、ゆっくりと構える。

男もそれに合わせ剣を抜いた。

勝てる見込みは、ほぼない。

なぜならその男は一般兵と同じ。いや、それ以下の戦闘スキルしか持ち合わせていないからだ。

ここまで来れたのも半ば運の要素が強い。

勉強だって運動だって、すべて平均かそれ以下だ。

それでも、そんな男でも戦わねばならぬ理由がある。


「勝てないかどうか、やってみないとわからないだろ」


「……やれやれ。

 私なりの忠告だったのですが、ね」


 魔族が駆ける。

それを男が認識した時には、すでに太刀の切っ先が寸前に迫っていた。

あわてて剣を合わせてそれを防ぐ。

が、次々と放たれる斬撃を受け止めきることが出来ず、やがて剣は薙ぎ払われ、体勢を崩してしまった。

ぐらりと男の身体が揺らぐ。

魔族は男の腹に膝蹴りを叩き込むと、そのままもう片方の脚で男を蹴り飛ばした。

男は床を転がり、僅かにあった塔の壁へと背を叩きつけてしまう。

顔を上げ、すぐに身体を動かす。

それが功を奏した。

一瞬だけでも身体を動かしたおかげで、敵の攻撃位置がズレる。

本来ならその切っ先は男の心臓を捉えたであろうが、今それは男の左肩へと突き刺さっていた。

もし身体を動かしていなければ、もはや男は死んでいただろう。


「ぐっ……ぅがッ……!

 あぁああああ!!!」


 男は痛みに悶えそうになる身体を無理やり動かし、立ち上がる。

敵である魔族は男の行動に驚き、太刀を退いた。

刹那、男は一歩目は軽く、二歩目は全力で地を踏みつける。

駆けるとは違う、跳びかかるに近いかたちで男は魔族との距離を詰めた。

剣を片手で構えるが、それはフェイント。

フェイントだが、バレないように力は抜かない。

相手が対応しようと太刀を構える。

男は突きを放つが、これを防がれるのは読めていた。

相手を穿つが如く放った一撃は軽々と防がれる。

それと同時に、男は剣を構えていた方とは逆の手で魔族の顔面を鷲掴みにした。

跳んでくる男の重さに耐えかねた魔族は、押し倒されるように倒れこむ。

一打、二打、三打と男の拳が魔族の顔面を殴りつけていくのだが、魔族もただやられるがままではない。

太刀を一度だけ手から離し、馬乗りになっている男の首を両手で捉える。

徐々に、徐々に首を締め上げていくと自然と身体の拘束は弱まった。

先ほどのように形勢を逆転される可能性も考慮し、魔族は男を一度殴り、そのあとまた蹴り飛ばすと体勢を整え直す。

男は満身創痍ではあるが、何とかまた立ち上がった。


「……随分と無茶な戦い方をしますね。

 それではいつか、死にますよ」


「うるせ……紳士ぶるんじゃ……ねえよ。

 大体、俺のアダ名は……『死にたがり』だ。

 ぴったりだろ……が……!」


 男はなおも退かずに剣を構えた。

片方の肩が使えない状況なので、片手だけで。


「……貴方、名前は?」


「……アキト、カゼミヤ。

 そうだ……アキトだ……」


「そうですか。

 ならばアキト。

 貴方はなぜ、戦うのです」


 魔族はこの男が理解できなかった。

力量差が圧倒的にあるのにも関わらず戦いを挑む理由。

それを魔族は知りたかった。


「……戦う、理由?

 そんなもん、決まってるだろ……」


 仲間のためだとか、世界のためだとか、そんなことじゃない。

自分の器で測りきれないほど大きなものを抱えるつもりは毛頭ないのだ。


「……教えてやるよ、俺が、戦う理由を!」

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