二の段其の幕合 忍者とオーパーツ







 神仏。神仙。地霊に天使。 精霊。女神に祭礼神。

 そんなものなどいやしない。それがこの世の常識だ。


 科学の発展や技術の進歩と共に、かつては信じられていたそれらの存在は、唯物論と機械文明の下に当然のごとく否定されていった。

 今では子供まで、そんなものを信じる人間を馬鹿よばわりする始末だ。


 だが、それが正しい事だったのかどうかを考える者はそう多くない。

 宗教関係者や歴史学者あるいは哲学者の極一部。

 人類全体からすれば、世界の在り様を考える者はあまりに少ない。


 国家や会社という排他的組織の運営者である政治家や資本家は、基より自らに利益を集めるための装置を第一とする故に、世界の利用法にしか興味がなく。

 日常に追われて、生き続けるという目的や束の間の安らぎ、あるいは欲望の充足に、思考のリソースを費やす多くの人々は、世界について考える暇すらない。


 その事が世界の未来を閉ざしていると転生前の久遠は感じていた。


 競争論理と言えば聞こえがいいが、その実、戦場と変わらぬ無法地帯と化した経済活動を人々が否定せずにいる社会。


 そして、その社会構造を維持する為に、事故死者や自殺者という万単位の犠牲者を毎年出す事を容認して日常とする異常を、正しいものなのかと考えなくなった人々。

 

 転生前の人々と比べて、この時代の人々が特別に愚かだとは久遠は思っていない。

 世界規模で見れば、征服統治者である軍人が争い合うか商人が争い合うかの差はあれど、変わらぬ戦国の世が続いている。


 その中で暮らす人という生物自体が変わらずとも、人を取り巻く社会環境が変われば、人は変わっていく。

 だが、争いを肯定する文化は、生産者から非生産者に支配権が暴力により移って以来、変わらず多くの犠牲者を生み出し続けていた。


 農協による支配構造は、その犠牲を否定する社会を構築するものだ。

 それを理解して新しい世界を創る人材の育成を第一とする久遠は、その為に徹底した情報戦略と商業戦略を、美亜と共に練っていた。

 

 その基本となる方針は、人材の確保が一定数となるまでは、農協の存在と新たな文化圏の誕生を秘匿するというものだ。


 通常ならとうてい考えられない十年以上の期間に於ける情報封鎖を、感応魔術と仙術を駆使して行う秘められた戦い。

 それは、今日も人知れず繰り広げられていた。






 早くこの事を知らせねば──

 その光景を見たとき男の脳裏に浮かんだのはただその事だけだった。


 それが何なのかとかその事が何をもたらすのかなどという事も考えられず、ただその驚くべき事実を伝えるという事しか思い浮かばない。

 それだけ、その光景は異様で異常でこの世のものとは思えない光景であった。


 ごく普通の農村であったその集落からあやかしが村のそばに現れたので退治して欲しいと男の主家である吉弘家に訴えがあったのが一月前の事だった。


 男は命じられ、そのあやかしの実在を調べ主家に報告した。

 あやかしの強大さに多数の犠牲を払う事をいとった当主は討伐を命じることはなかった。


 だが、あやかしの事は気になるらしく再度男が探索を命じられたのが数日前。

 その時には村は廃墟と化し無数の人骨が散らばる地獄のような光景が広がり、立ち込める瘴気のせいで、男の配下だった男が命を落としている。


 本来なら近づく事を禁じられたこの場に男が訪れたのは、村人や配下の供養の為──という殊勝な理由ではなく、配下の者や犠牲となった武者の持つ金品が目当てであった。


 しかし、廃墟となった村があるであろうその地にあったのは、廃墟どころか延々えんえんと続く見た事もない半透明の陶器のような材質の頑丈そうな高い塀であった。


 それも垂直に伸びるのではなく巨大な皿のふちであるかのように浅い角度で斜めに広がっている。


 男の知識にはないがそれは耐熱セラミックと耐弾グラスファイバーとカーボンナノチューブの複合素材で造られた近代兵器でもなければ破壊不能な構造物アーコロジーだった。


 上空から見ればそれは地面に埋められた巨大な皿のように見えたことだろう。

 門などなくただただ村とその周辺を囲む半径十キロを超える円形の塀の高さは十数メートル程度だが地面に埋まった部分から塀のその部分までの距離も十メートルを越えるので、外からそれを見た男に与える圧迫感は尋常ではなかった。


 男は神仏に感じるような畏怖を感じ、ただただその場を逃れようと走り出していた。

 平成の世なら子供でも驚きはしても恐れたりはしないだろう光景だが、未知なる物への怖れが深く人の心に根付き社会の礎として存在するこの時代に男を笑えるものはいない。


 だが男の逃避行は、数分数百メートルをずして終わりを迎える。

 男の前に一人の男が立ち塞がったからだ。


「悪いが今見た事は忘れてもらおう」

 そう言う男は見た事もない鎧兜を身に纏っていた。


 いや、それは鎧などではなくパワードスーツに身を包んだ久遠が操る‘式貴’であった。

 ‘式貴’が言葉を発した瞬間、驚きに固まっていた男は、我を取り戻し、懐に忍ばせてあった紙袋を投げつける。


 それは、男の家に伝わる秘伝の毒薬。

 わずかでも吸い込めば痺れて動けなくなりやがて死を迎える猛毒だ。

 本来なら風上から少量ずつまくようにして使うものだが、至近距離で叩きつければ確実に命を奪える。


 普通なら自分も危なくなるような使い方だが男にこの毒は効かない。

 男の家は、乱破や素破あるいは忍びと呼ばれる家系の中でも毒を使うことを得意とする家であった。

 子供の頃から少しずつ様々な毒を飲み耐性をつけさせられてきたのだ。


 その自分さえ微かに痺れを感じる毒の量だ。

 ひとたまりもあるまい。


 そこまで考えて男は自分の頭が痺れていくような感覚が、毒によるものではないと気づく間もなく、ほくそ笑みながら意識を失った。


「お前は覚えてないだろうが、その毒を使うのは2度目だ」

 問答無用で殺しにかかってきた男に久遠は聞こえていないとは知りつつそうつぶやいた。

 

 前回も男の毒で命を落としたのは男の配下の者だけだった。

 自分が逃れる為に味方まで巻き込んで使っても、簡易潜水服や宇宙服になり得るように設計されたパワードスーツに毒など効くはずがない。


 それは男も同じで直接吸えばともかく息を止めた男が毒で痺れを感じたりはしない。

 それほど男の体は毒に馴染んでいた。

 男が感じた頭の痺れは、感応魔術による意識操作で精神を書き換えられる感覚だったのだ。


 もし男が一人で来なければ、久遠は男を殺していただろう。

 距離に比例して意識や記憶の書き換えに時間のかかる感応魔術では咄嗟の対応はできない。

 前回は感応魔術による意識操作を行う前に男が撒いた毒で人死にが出たのだ。

 今回、男が集団の一人として来たならば、他の人間をたすける為には毒を使う前に殺す必要がある。

 だが、男が私欲に走って単独行動をしていたことが皮肉にもその命を繋ぐ事になった。

 

 数時間後、目覚めた男はそれらの記憶を全て失い全身に走る強い痛みと共に帰参する。

 男の記憶では村に近づくにつれ全身に痛みを感じるようになり、そのまま逃げ帰った事になっていた。


 それから男は長い間その痛みを抱えて生きていくことになる。

 自分が殺した配下の祟りであったと仏門に入った男は後に述懐するが、それはまた別の話。


 毒が効かないことについては折り紙つきの男が近づけないほどの瘴気が滅んだ村に立ち込めているという噂がなぜか武家のみに広まったのはそれから直ぐの事だった。










 



用語解説 異端民族学者Kの近未来都市伝説考(民明書房刊より一部抜粋)



国家:

 家という言葉が示すとおり血統主義をその根幹に持つ征服統治形態。

情愛や絆を欲望を満たす為に利用することで、情本来の有様を歪める性質を持つ。


情本来の有様を歪める性質:

 それ故に権力者が身内で殺しあうという行為が古来より繰り広げられて来た事からも解るように国家というシステムは善性の否定を根幹に持つ。


国家や会社という排他的組織:

 組織として利益を追求するという行為が、組織外への排他性を持つのは当然の帰結である故に、共通の利益を求めない社会というシステムを、国家が治めることは基本的に矛盾を持つ。


基本的に矛盾:

 つまり人間社会は本来は国家というシステムを必要とせず、国家は別の目的で創られたシステムである。


別の目的:

 社会を国家という共通利益を持つ組織にする事で一握りの人間が利益を得るというこのシステムは血統による富の独占を目的に武家によって作られ、現代では商家に受け継がれた。


あやかし:

 妖怪の古称で明確な区別はないが魑魅や魍魎よりは危険なもので百鬼夜行のように人里に現れないものたちをいうことが多い。


アーコロジー:

 必ずしも生産と消費が自己完結した巨大都市という訳ではなく一つの社会システムを内蔵した巨大建築物を指す。

本作でも地下を通る水道や飛空船による外部からの物資の流入と下水管による流出があるうえに上空は閉鎖されてもいない。

 



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