二の段其の幕合 妖怪退治と農協誘致
魔獣。物の怪。怪異に化生。 妖怪。悪魔に祟り神。
そんなものなどありゃしない。それがこの世の常識だ。
科学の発展や技術の進歩と共に、かつては信じられていたそれらの化け物達は、唯物論と機械文明の下に当然のごとく否定されていった。
今では子供まで、そんなものを信じる人間を馬鹿よばわりする始末だ。
だが、未だ仙化の秘跡という太古の神秘が息づく戦国の世にあっては、それは現実の脅威として人を襲うものであった。
なぜ、ナノマシンの暴走によって強化された生物が人を襲うのか?
それに大した理由はない。
野生生物にとって脅威である人間の数の力が、妖怪と化した生き物には脅威ではないだけだ。
人の操る武器によって傷つけられることのない彼らにとって、数が多く決められた場所にいる人間達は、襲うに易く逃げられる事もない家畜のようなものだ。
鉄の武器ならかろうじて傷つけられる個体は武家によって退散させられることもあったが、その村を襲う化生は神とも呼ばれる強大な生物であった。
体長4メートルはあろうかという巨大な狐。
遠目に見たならばそう思うだろうが、近づいて見ればそれが狐とはまったく別の生物だということが判る。
7本の普段は束ねられ一つになっている尾は蛇のように自在に動き、鉄など貫く窒化チタンの尖端で獲物を引き裂き、口からは王酸の唾を吐き、遠くの獲物も簡単に仕留める。
黄金に輝く毛並みも窒化チタンを含み刃も槍も通じず、目や耳のような部分も強化ガラスや防弾樹脂以上の強度を持つ化け物を、狐と呼べる豪のものなどいないだろう。
「俺達があの化け物を倒すんですか、教官」
覗いていた双眼鏡を下ろし、微かに震える声で問うのは、かつては小頭として盗賊達を束ねていた屈強な大男だ。
「そうだ。人の道を脅かすものは悪鬼羅刹であろうとこれを絶つ」
冷静な声が、‘武士道’の一節を唱え、それに応じたかのようにその声を聞く者たちの震えを止めた。
教官と呼ばれる男の周りに集まったかつての盗賊達は、‘武士’としての教育を受け、生まれ変わっていた。
軍隊式の条件反射で仕込まれた彼らは、教本である‘武士道’の一節を聞くと感情をただただ‘武士’でありたいと想う情熱に塗り替えるように訓練されていた。
「情をもって道を説き、理によって導き、尚、非道に堕し者ならば」
教官の斉唱に6人の‘武士’達が続いた。
「神に逢うては神を断ち、鬼に遭うては鬼を絶つ。死すとも遅れをとるべけんや」
「よし。総員、防具を着用」
教官の声に従い、男達は手に持っていたヘルメットを着用する。
そうして、完全武装した姿を21世紀の日本人が見たら、どこの特撮ヒーローかロボットだと思うかもしれない。
全身を覆う鈍い白色の機動性を重視したアーマーは、実験では30ミリ機関砲の直撃にも傷一つつかないナノテクノロジーの産物だ。
加えて耐酸性や耐アルカリ性に高熱と低温、衝撃や電磁波から放射線までありとあらゆる脅威を考えて作られたその装備は21世紀の科学さえ超越した久遠の成果。
理論的には完成していたが技術的に無理とお蔵入りになっていた米軍のパワードスーツとロシアの防護服にインドの化学防護服といった世界各国の最先端テクノロジーを基にしたものだった。
表面をアマルファス化した白い重合金属炭素で覆われた多層構造のパワードスーツという仙術ナノテクノロジーと精霊魔術により創られた鎧に身を包んだ七人の‘武士’達は、強大な怪物を相手に敢然と立ち向かっていった。
なぜ、
それは、農協の活動に端を発するものだった。
農協は農家の自立と武家の征服統治からの脱却を目指す組織だ。
だが、いきなり武家に逆らい自立しろなどと言っても無理な事は判っている。
その足がかりとして。久遠は村々を回り農業技術を使い、村人の間に農協という組織の有用性を浸透させる活動を始めた。
もちろん武家の暴力という脅威を排除できるのが前提なので。盗賊達や野生動物の被害を抑えるという名目で警備保障契約を結ぶという活動も同時に行う計画だ。
この活動の最初の地として選ばれたのが、妖怪の被害にあい、見捨てられた一つの村だったのだ。
強者を取り込むのではなく、弱者を救い彼らを自立させる力を持たせる事で勢力を伸ばすという困難な道をあえて選ぶ事で、久遠は農協の在り方を知らしめるつもりだった。
それと同時にこの戦いで、かつて盗賊だった男達を‘武士’として完成させる。
それが久遠の狙いだった。
その夜、再び豊後国の神社仏閣で夢の形で一つのお告げがある。
七人の仙人の使いによって強大な祟り神が滅ぼされた。
これは、仙道の世の始まりである。
この噂は再び人から人へと伝わり、武家達の膝元では密やかに、村々では表立って、またたく間に国中に広がっていった。
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