一の段其の幕合 仙術と道士
魔法。幻術。魔術に仙術。 妖術。呪術に陰陽術。
そんなものなどありゃしない。それがこの世の常識だ。
科学の発展や技術の進歩と共に、かつては信じられていた神秘や怪異は唯物論と機械文明の下に当然のごとく否定されていった。
今では子供まで、そんなものを信じる人間を馬鹿よばわりする始末だ。
しかし、それらの秘術は決して物理法則に反するものではなく、科学が未だ解明していない分野の法則に基づいた技術に過ぎない。
そこに人類最古の
精神に作用する魔術とは違い物理現象を引き起こす仙術でもそれは同じ事だった。
無機物から自律型擬似生命を作る‘使鬼術’。
無機物や生命体の修復を行う‘霊波術’。
‘気’により周囲の状況を察知する‘透視術’
‘気’により遠距離通信を行い、生体反応から嘘を見抜く‘他心通’。
‘気’により音や振動から光まで操る‘穏行’や‘幻視’。
‘気’による身体強化による‘硬気功’や‘剛力’。
‘気’による空中機動を得る‘軽気功’や‘水歩’‘飛翔’。
‘気’による物理的力を使った‘風刃’や‘念動’。
古来より伝えられたそれらの技術がナノマシンによるものだと、久遠が気づくきっかけになったのは、仙術が‘気’とよぶものが何なのかを研究する為に、集めた‘気’を顕微鏡で観察したときのことだ。
術を行使するのに最低限の‘気’を集めたときに、細菌のように動くナノマシンの集合体を発見した久遠は、観察と実験を重ね独自の仙術を改良発展させていく。
感応魔術や
久遠が仙術の枠を超えて作り出したものは多い。
だが、あくまで久遠という存在は仙人そのものであり、その行動は仙道に則ったものだった。
仙人は西洋風にいえば
その根幹は自らの欲望を含む全てから自由な“ 人 ”である事。
宗教による盲目的な信仰を背景としない彼らの持つ道徳は、倫理学に基づいた論理的で明確な学問であり、それ故に完全に理性的なものだった。
言い換えるなら、理性と知性によって悟性から神秘を排除した“ 神秘の体現者と思われていた仙人らしからぬ理念 ”である。
それは感情を否定するのではなく、理性による感情の制御によって、情理を判断するという“精神的成熟を必要とする科学的思考 ”と言っていいものだ。
それ故に、殺人を否定する場合でも、“ 同族の殺し合いが人類全体での損失である故に認めない ”という確固たる意志を持った否定を行っていた。
だからなのか、彼らの作ったナノマシンには安全装置が設けられ、仙人同士の殺し合いができないようになっていた。
それは仙人達によって作られた道士達の間でも同じ事で彼らはお互いを仙術で傷つけることはできなかった。
しかし戦いが存在しなかったわけではない。
かつて道士達は、“ 仙人を支配階級とした国家を作り人類の統一を図るべきだと考える急進派 ”と“ 人類の多様性を確保して種の存続の為に未開地域は未開のままにしておけばいいという漸進派”とに別れ、大きな戦いを起こした。
それは、仙人達には道士の未熟さのせいに思われたようだが、実は仙人と道士には大きな違いがあった。
仙人のように生まれて直ぐにナノマシンにより万全の状態に保たれて育てば、人格形成の途中でホルモンバランスの変化による影響も受けず、理性によって感情を制御することが当たり前になる。
しかし、そうでない道士の精神性は普通の人間と大差ないものがほとんどだったのだ。
結果、道士達は、本能という遺伝子システムに盲従した多様性を持つことになる。
人間とは動物の一種であり、その本能には生物全般に存在する“ 自滅本能とでもいうべき欲求 ”が存在する。
“ 種を拡散繁殖させる生存本能 ”と対をなし、“ 生存競争と呼ばれる限られた資源を奪い合うゼロサムゲーム ”ことで種の繁栄を図る本能の一種だ。
差別し、排斥し、奪い、犯し、争い、殺し、同種の中でさえ“ 人が不幸と感じる苦痛と死 ”を撒き散らす本能的欲求だ。
それは、あらゆる人間の中に潜み、負の多様性を生む。
仙人達にも多様性はあったのだが、それは“ 感性と知性のバランスに基づいた
人間を腐らせる負の多様性と人を生かすための正の多様性。
その違いに仙人達が気づけなかった事。
それが戦いの原因となったのだ。
六千年以上前に起こったこの戦いでは、後に伝承では
指導者層であった仙人は事態の収拾を図るが戦乱は長引き、仙人の多くがその戦いに巻き込まれ帰らぬ人となった。
ナノマシンの管理者である仙人達の減少で、数千年をかけた争いの中で、地球全体に広がっていた先史文明は崩壊していく。
そのとき戦乱を嫌い大陸を離れた仙人が久遠達の洞統の祖となる。
そして大陸の仙人の大きな洞統は、その戦いや文明を失った古代の軍勢によって滅ぼされ、中国では殷の時代にはほとんどが絶えてしまう。
その教訓を得て日本に渡った仙人は、ほとんど道士を作ろうとはしなかった。
子供の頃から育て、大人になるまでに人格を見定め、道士にするかを選択するしかなかった為、多数を育成できなかったのもあるが、その他にも道士と仙人の根本的な違いを、見抜く方法がなかったのが原因ではないかと久遠は思っていた。
そうした推論をもとに、前世で久遠は人間の性質を数グーゴルに細分して分類する方法で、仙人としての適正を判断する方法を確立する。
それは数学的に分類された探査法を感応魔術と仙術で実現するという科学と魔術の混合技術だった。
人材を育て道士にするには、そのことを踏まえて育成せねばなるまい。
久遠は幼い
用語説明 古代と中世の秘術百選(民明書房)より抜粋
錬金術とも。科学の大元となった学問や怪しげな技術の総称。その象徴とされるのがギリシャ・ローマ神話の神ヘルメス=マーキュリーに由来することから、ローマ国教に弾圧された古の技術を伝える旧来の神の信者が地下に潜った姿と推察される。
西洋の魔術師の理想的姿として語られる存在。その語源は賢い者。
魔術師:
この場合の魔術師はフィクションではなく、陰陽師と同じように実在した古代の神の祭司。
科学の黎明期や錬金術の賢者。確実に実在した錬金術師としてはニュートンが有名だが、彼は碩学ではなかったようなので能力・業績より精神性を重んじた呼称
宝貝:
封神演義に出てくる仙人や道士の使う道具。元ネタはインド神話などの神具や宝具と思われる。本作ではその神話が古代文明の出来事をもとに作られたものとしている
洞統:
仙人の師匠から弟子へと伝えられる技術的系譜を言う
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