第17話 君、放たん

【ただし、魔法少女は魔法を使うために多くを学ぶ。訓練する。魔法は技術なのよ、列記としたね。人間が技術のそういう枠にはめたと言うこともできるでしょうけど、いえ、それはいいわ。何の訓練もしていないあなたでは、魔法を使えるかどうかは分からない】

 アンヌは未だ、佇んでいる。自分を攻撃した累を狙うのでも、敵であり弱っている……力を失っている魔法少女ダブルセイバーを狙うのでもなく、置物のように静かに、翼だけをゆっくりと上下させている。

「あいつは何を待っているんだろう」

 言いながら、ワンプを右手の小指にはめる累。触手が出ない方の、かつ小さなワンプは小指にはめるのが精一杯だ。少女の飲み込んでいた輪っかを身につける、なかなか高度なフェチズムではないか。

 声は、よほどどうでも良いという調子で累に応じる。

【戸惑っているのかもね。魔法少女はもういない。いるのは、同類だけだから】

「ああ、そうか、これは共食いなんだな。食べはしないが。……イチかバチか。今の俺に、あいつを丸ごと破壊する技はない。だから、ダブルセイバーの一撃を使う」

 く、と腰を落とし、全身から力を抜く。身体から抜いた分、累は精神に意識を集中させた。少女の口内で触れた魔法の熱、小指にはめたワンプから滲む魔力の波動。少し内に向き合えば、累は同じ無形の勢いを自らの中に見出すことができた。

【へえ……!】

 感心したような声の声。魔法の力とは、例えるなら胸中の奥深くにある光の泉だ。まさしく、魔法少女の喉に溶け込んでいた熱い光が、累の奥底にも炎のようにたゆたっていた。視認することは叶わずとも、感知することはそれほど難しくない。累に備わった魔法の資質か、はたまたアンヌの特性か。魔法使いではなく魔法少女と言うぐらいだ、きっと魔法を使える人間は少女ばかりなのだろうと、累は考えていた。だから男である自分が魔力の泉に辿り着けたのは、元々の魔法の持ち主だというアンヌによるところが大きいのだ、きっと。どちらにせよ、辿り着いたのだから良し。累は身体中に浸透していく魔力の感覚を忘れまいと、記憶に刻み込んだ。

【何の魔法を模倣するのかしら】

 累の身体からは、ふわふわと光が漏れ出している。ダブルセイバーが大きな魔法を使う時に見せた大げさなエフェクトと同じ光。

「そりゃ、壊す魔法だ」

 草原を蹴る。さくさくさくさく。徐々に早く、徐々に早く。春風を切って三角錐のアンヌへ向かう。それを目にしても……アンヌに視力があるのかは不明だったが、真正面から隠れもせず猛進する累に、アンヌはなお無反応を貫き通した。戦意がないのかも知れない。どうせ死なないとタカをくくっているのなら、確かに戦う気など起きないだろう。

 生死を賭けていないのなら、それを戦いとは呼ばない。どちらとも分からない以上、累には殴り掛かる以外の選択肢がなかった。

 接敵手前で飛び跳ねる。

「てやああ!」

 速度を維持したまま、累はありったけの魔力を込めた右手の拳を、アンヌ正面の“辺”に叩き込んだ。

 かあん、と乾いた音が響く。全方位に広がって球を模る立体的な波紋。肉の拳と硬質の外殻が触れ合って出るような音ではなかった。少なくとも、片方は肉ではなく魔法だが、魔法と殻がぶつかってそういう音が出るのかと言われれば、やはり累には答えようがなかった。

「弾けろ!」

 ワンテンポ遅れて、累の宣言と同時に魔法が発動する。

 がしゃああああん!! と。

 アンヌの胴か頭か、最も大きな三角錐の一部。累が拳を叩き込んだ辺りが、破片も確認できないほどに細かく砕かれた。

 陽光に煌めくこともないぐらいに、細かな破片。

【あなたの右腕を壊した魔法……!】

 そう。ダブルセイバーが勝負を決さんと放った最初の一撃。累の右腕が風船のように破裂した不可思議を、累は見様見真似で再現したのだ。

「キィィィキキキキキキキキ!!!」

 声の言うアンヌの殺し方の内、砕いた破片の細かさはその水準をゆうに達成している。魔法少女の模倣は上手く行っていた。だが、アンヌは死んでいない。何分範囲が足りていない。人間で言えば鼻っ柱を折ったに過ぎないような損傷だった。

 再生するしない以前に、全身を壊さなくてはいけない以前に、そんな程度の傷が致命傷になる生き物はいないだろう。

 だが、無駄ではなかった。進展があった。

「キキ!!」

 アンヌの目らしき赤い宝石が次々に光を宿し、明滅したかと思うと、右三角錐みぎてが目にも止まらぬ速さで累の横腹を殴る。がすんと音がして、累が吹き飛んだ。

 何が起こったかなど把握もできない早業。散々地面を転がって、勢いが死に、血を吐きながら立ち上がってやっと、累は自分が攻撃を受けたのだと知った。

 左脇腹が抉れている。殴打というよりは刺突。よくもまあ身体が半分に千切れなかったという衝撃と傷口だ。

【平気?】

「ああ、くそ、痛ぇ。内臓をやられるってこんな感じなのか。けど鳴いたぜ、あいつ」

【ええ。鳴いたわ】

 意識を裂かれるような激痛の中、急速に復旧していく傷口を感じながら、血を拭って顔を上げる。いるはずの方にアンヌの姿はない。

「……どこ行った?」

【累、上!】

 はっとして仰ぐ……前に、累は何を見たわけでもなく後方に飛び退いた。直後、四つ足の内の前足に当たる二本分の切っ先が、ずうんと地面に突き刺さる。遅れていれば真っ二つ。命からがらと胸を撫で下ろす間もなく、累は着地して早々に右の魔拳を、追撃に来たアンヌの左手に合わせて振り抜いた。

 かあん!

 拳と三角錐がぶつかって、アンヌの左手が一方的に砕ける。だが刺突を防ぐだけでやはり致命傷とは至らない。光の粒となって即座に回復するアンヌの三角錐を端に見ながら、次の攻撃の前に累はその場を離脱した。触手を地面に突き刺し、自分を打ち出す要領で後方へと距離を取る。今度はアンヌの右手が、累のいた場所を薙いだ。射出のために残った触手がちりと変わる。

 魔法少女の蹴り上げで切断される程度の強度だ。それよりもずっと硬く、大きく、速い攻撃を食らえばひとたまりもないのは仕方がない。

 実質無傷の彼。それから逃げ出した此。累はしかし、触手の残骸をしゅるしゅると回収しながら笑みを浮かべた。

「効いちゃいる、そうだな?」

【ええ。感心するほどに】

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