第16話 君、割れん♯2
「……終わり?」
声が笑う。
【やつらは防御しない】
その必要がないから。
わけを聞こうとして、累はすぐ思い改まった。百聞は一見に如かず。ばらばら死体に起こった変異は見えるに章々、説明されるまでもない。
始まりがどの破片だったか、それだけは見逃してしまったにせよ、今の光景を理解するのに何の苦労も要さなかった。ある意味で、それは慣れた光景でもあったからだ。
アンヌ。自身の身に宿る触手の名もまた
時間にして五秒……いや、始まってからは一秒もないか。ばらばらに砕けたはずのアンヌが何の変哲もなく立ち上がっている。
「再生……でもあれは」
あれでは、“
何一つ現実の法則に従っていない。拡大解釈であっても現実の延長線上にある力でしかないと、累は自身の再生能力を評価していた。故に自身が死ぬ可能性、殺される危険性、つまり機能の限界を常に思慮から外すことはなかった。敵対するダブルセイバーも同じ風に考えていたわけだが、その一致は偶然ではなく必然だ。
なぜなら、累の再生は“残った部位から壊れた部位を復元していく”だけの常識的な能力に過ぎないのだと、観察すれば容易に知れたからだ。この世に遍く存在する生物が持つ、大なり小なりの再生能力と根本は変わらない。“再び生える”と書いて再生。大前提として“生やす方”が残っていなければならないし、“生やす方”は復元に必要なだけの力を有し、残していなければならない。一口に再生可能と言っても、破損した身体の部位やそもそもの壊れ方によって再生可能でなくなるのは、つまり残った部位の再生能力が足りていない、という状況が起こり得るからだ。累はその点において、極限まで研ぎ澄まされた能力を持っていたが、同時に本質からの脱却ができていなかった。
累の再生は奇跡ではない。“奇跡的”であっても、奇跡そのものではないのだ。
けれど、三角錐のアンヌは違った。
再生というよりは復活。砕けた身体は光へと変質し、宙を走って一か所に集まった。間中、ウィンドチャイムを滑らせる音がして、最後にぱん、と光が晴れた。ワンプを抜かれダブルセイバーの衣装が光になって消える一瞬を、逆再生にしたようだった。
「勝てるのか、あんなのに」
ばらばらに砕けて物ともしない化け物。頭を吹き飛ばされて生きている自分も相当だと自負しながら、アンヌはなお高みにいる。
【勝てるわよ】
声は軽々と、言ってのけた。
「何を根拠に」
【この世界が残っている、その事実が根拠よ】
聞き手の思考をもてあそぶような遠回しの提示。
……
魔法少女の敵で、人類の敵だと声は話していた。具体的に彼らがどんな敵対行動を、異世界侵略を企み実行しているのかを累は知らなかったが、何にしても害をなしているに違いないとは、敵だと言い切る様からも容易に想像がついた。
だが、世界の有り様に今のところの変わりはない。累の常識はとうに、おもちゃのつみきを鉄のハンマーでなぎ倒したみたいに崩壊していたが、それもこれも、アンヌに寄生されて魔法少女に喧嘩を売られなければ気づかなかったことだ。おそらく、地球上の大半の人間がそうだろう。こんな化け物に魔法と魔法少女の存在。明るみに出せば明るみに出るに決まっている。知らなかった、噂にすら聞いたことがなかったのだから、その隠され方は起こっている事の大きさからは信じられないぐらいに、徹底していた。
隠しているのは、いや、隠せているのは、きっと魔法少女の活躍のおかげだ。彼女たちが水際で食い止めている。アンヌの侵攻を阻止し、倒し続けているから、アンヌも魔法少女も表舞台には名前が出て来ていない。
【アンヌは殺せる。その再生には、あなたの再生と同様に限界がある】
「同様、ね。どうやれば死ぬんだ? 全身がばらばらになっても生き返るんだぞ?」
【もっと細かく砕くのよ。一斉にね】
破片が大きくてもダメ。一部分の破壊がコンマ単位で遅れてもダメ。きっちり誤差なく粉々にすればアンヌは殺せる、スクランブルエッグの作り方みたいに声は簡単に話す。
それは、口で言うのは簡単だろう。累たちの作戦会議が終わるのを待っているつもりなのか、じぃと律儀に仁王立ちしている三角錐のアンヌ、あの巨体をコンマ以下で細切れにするなど……。
【だからアンヌの討伐は本来、魔法少女単独でやるものではない。数人でタコ殴りにするのが普通ね】
「それを一人でやれって? ……待てよ。ダブルセイバーは一人で来てたじゃないか」
自分もアンヌのようなもの、ではないのか?
【いるのよ。壊すに長けた魔法少女が。たった一人でアンヌを殺し得る怪物がね】
他にもいろいろ理由はあるでしょうけど。
そのいろいろについて話すつもりはなさそうだったので、累はそれ以上の追求をしなかった。ばらばらになってもすぐに再生する化け物、アンヌ。そんなアンヌを一人で殺し得る怪物、ダブルセイバー。
累は、その魔法少女に勝っている。序列で言えばアンヌよりも強いことになるが、そう容易く言い切れるものでもないだろう。
溜息を吐きながら、アンヌに向く。
「俺の力も魔法なのか?」
【魔法は元々、アンヌのものだからね。それが中に入ってるのだし、そうなるんじゃないかしら】
「なら、模倣も可能か?」
魔法少女がアンヌの魔法を模倣したという話と同様に。
累が魔法少女の魔法を模倣して使うことは可能かどうか。
声は少し考えて。
【できない理由はない】
と答えた。
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