第2話 届いた「音」

 朱里の一日は夕暮れとともに始まる。

 日が沈むころに起きだして、ドアの向こうに置かれた夕食をとる。用意されている夕食は毎日違うはずなのに、変化を感じない坦々としたいつもと同じ時間。時々、何を食べているのかさえ分からなくなる。

 あとはただひたすら部屋の中で幸せな未来を想像する。思うだけなら不可能はないし、自由になれるから。

 そんな生活を過ごしていたある冬の日。朱里はベッドに寝転んで時々まどろみながら想像をめぐらせていた。たとえば両親がまだ生きていて、おはようと声を掛け合って、一緒に出掛けたり、食事をしたり。そんな何気ない毎日も、今では遠い。

 ふと、何か聞こえたような気がした。うとうとしているせいか、はっきりと聞き取れない。気のせいだろうと思い、特に気にしないままその日は眠りに身を任せた。



 その翌日、同じように夜を過ごしていると、また何か音が聞こえた。今度は気のせいではないと感じとり、朱里はそっと部屋の戸を開けた。

 時刻は深夜一時。同じ家で暮らす親戚はみんな眠っていて、家の中から音はしない。

 だとしたら外から? ベランダに続く窓に近づき、恐る々々カーテンを開けてみる。

 窓からは家のすぐそばを流れる川が見えて、家と川の間には歩道がある。街灯が立っていて明りがあるせいか、それなりに人通りがあるその場所で、目に留まったものがあった。歩道に置かれたベンチに、ギターを持った青年が座っている。

(……歌?)

 それを見てようやく、聞こえてきた音の正体が人の歌声だと分かった。

 はっきりとは聞こえないが、青年はギターを弾きながら気持ちよさそうに歌っている。道を行く人が何人か立ち止まってその歌声を聴いていた。

 窓に手を添え、部屋の中からじっと青年を見つめる。何を歌っているのか、どんな曲を弾いているのか、少し気になった。けれど、今日会えたのは偶然だろう。明日にはもういないかもしれない。そう思うと今の生活から変わることが怖くて、朱里はそっとカーテンを閉めた。

(変化を恐れていて、良い方向に物事が動くわけないのに)

 そんな思いをごまかすように、布団にもぐりこんで目を閉じた。

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