第七話:戦場は即売会!

戦場は即売会!7-1

 それは、どことも知れぬ冷たい神殿の奥深くであった。

 「ルルイエの玉座」と呼ばれるその空間。

 およそ人類の手になるものとは思えない非ユークリッド幾何学的な大広間の一角に、その闇より深い漆黒は屹立していた。

 まともな神経の持ち主ならば確実に違和感を覚えるであろう、奇妙に歪んだ石造りの台座。

 その最上部に王のごとく鎮座している暗黒のつむじがそれである。

 それは、見るからに禍々しい、あまりにも禍々し過ぎるシロモノだった。

 直径は優に数メートルはあるだろうか。

 その表面を、ときおり不気味な輝きが脈動しながら上っていく。

 頂点がどのあたりにまで達するものか、麓の位置から察することは出来なかった。

 あらゆる物質を吸い込んでしまう宇宙の陥穽ブラックホール。

 それが円柱状に凝固したなら、あるいはこのような形を成すのかもしれない。

 ふとそう思えてしまうほどの、圧倒的な重量感がそれにはあった。

 その黒い旋の上部からは、一対の邪なまなこがじっと下方を見下ろしていた。

 瞳らしきものをいっさい持たない、赤一色の吊り上がった眼である。

 そして、悪魔的なその眼差しが注がれる先には、両手を突いてうずくまるひとりの老人の姿があった。

 漆黒のマントを身に着けた、子供のような体躯の男だ。

 はるか眼下にうやうやしくひれ伏すその老人に向け、まなこの主が語りかけた。

 水を打ったように静まりかえる空虚な神殿の内側に、極めつけの重低音が響き渡る。

 それは宇宙を騒がすブンドール帝国の総帥、総統エビルからの問いかけであった。

 心身を震わす迫力ある声質でもって、彼はゆるりと答えを求める。

『「モ・エー」、「ツ・ンデレ」、「オレツ・エー」 ドクター=アンコックよ。なんだ、この異様な言語の羅列どもは?』

「ははッ、ただいまご報告いたしましたるそれらの言語は、この惑星の原住民どもが用いる極めて特殊な形容詞、そのごく一部にてございます」

 ドクター=アンコック──ブンドール帝国の大幹部たるこの怪老は、おのが主人の質問に慇懃極まる口調で答えた。

「総統閣下が奇異に思われるのも至極当然。これらはもともと、ある特殊な階層に属する者どもが関係者にのみ通用する言葉としてこしらえたものゆえ、一般的なそれとは一線を画す、まったく独自の体系を構築しているのでございます」

『ほう。独自の言語体系とは興味深い。して、その「特殊な階層に属する者ども」とは、いったいどのような者どもなのだ?』

「それをいまからご説明申し上げたく存じます」

 主の反応が想定どおりであったのだろう。

 このなんとも醜悪な容貌を持つ老人は、にやりと不敵な笑みを浮かべた。

「これらの言語を主に用いまするのは、この惑星ほしにおいて『オウ・タク』という名で呼ばれることの多い、一種独特の信念を貫く者どもにてございます」

『「信念を貫く」、だと』

「はッ。左様にございます、総統エビル」

 わざとらしい頷きをもって、ドクター=アンコックはこれに応えた。

「この不肖アンコック、それら『オウ・タク』なる者どもの存在を側聞し、密かにこれを調査いたしてございます。すると、どうでございましょう。これらの者どもが実に面白き存在であることを、しかと認識できたのでございます。

 『オウ・タク』なる者どもとはこれすなわち、世の富貴になどは目もくれず、ただ我が信じる道のみを突き進む、いわば孤高の隠者とでも評すべき者どもであったのでございます!」

『ふッ、「信念」の次は「孤高」と来たか』

「いかにもでございます」

『面白いな。続けろ』

「御意」

 促されるがまま、怪老は興奮気味に話を続ける。

「これら『オウ・タク』なる者どもの特徴は、ひとえに、その類い希なる想像力にこそありまする」

『想像力、とな』

「はい。彼の者どものほとんどは、他愛なき空想の世界に遊ぶのを心底好む傾向を持つのでございます。時にはおのれ自身の心象世界を弄び、時には他者の創った別世界にて、我が心身の投影された別人格の行動を、あたかも鑑賞するがごとく楽しむ真似をいたしまする。さらに、行動力に富む『オウ・タク』の一派は、『ドー・ジンシ』なる書物を記し、もっておのが能力を他者に知らしめつつ、その力量に感嘆した信奉者を広く世の中に募ることすらございます」

『ふむ』

 何かを悟った総統エビルが、部下の解説に鼻を鳴らした。

『つまりその「オウ・タク」なる者どもとは、自らの精神世界にこの世界とはまったく別種の新たな世界を構築する者どもである──ということなのだな、ドクター=アンコック』

「まさに!」

 怪老は、主の言葉に見事なまでの追従ついしょうを見せた。

「まさにそのとおりでございます、総統閣下! このアンコック、閣下の見事なご明察に対し、ただただこうべを下げるよりほか為す術のひとつも持ちませぬ!」

『つまらぬ世辞はよせ』

 こころもち嬉しそうに、魔王は部下をたしなめた。

『されど、その「オウ・タク」なる者ども。自身の足下にある既存の世界をただ黙々と受け入れるのではなく、異なる世界の創造を我が意によって好んで楽しむとは、まったくもって侮りがたい。「正しきものはひとつではない。万物に絶対などは存在し得ぬ」 この矛盾に満ちた法則こそが、この宇宙を統べる普遍のルールであるのだからな。それら希有の能力を持って生まれた『オウ・タク』なる者ども。さぞかしこの惑星では重宝されていることであろうのう』

「さにあらず!」

 その発言を、ドクター=アンコックはひと言の下に否定した。

 なんとも芝居がかった身振り手振りで、彼は激しく主張する。

「さにあらずなのでございます、総統エビル! この『オウ・タク』なる者どもは、この惑星ほしの原住民社会において重く扱われているどころか、むしろ蔑まれ、虐げられ、汚らわしき者として明確に差別の対象となっているのでございます!」

『莫迦な!』

 エビルの声が驚愕に震えた。

『理解できぬ話だ。想像力とは知恵の源泉。ましてや独自の世界ルールを構築せんとする高尚な精神性は、求めても得られぬ天賦の才と評し得る。無から有を産む出すのが知恵持つ者の特権なれば、どうしてそれを軽んじることができよう。この惑星の為政者どもに、賢者たる者はひとりとして存在せぬのか!?』

「仰ること、至極もっともにてございます」

 すかさず怪老は、おべっかを使った。

「決められし答えに辿り着くのが唯一無二の目的なれば、それはむしろ知恵持つ者の務めではございません。答えなきところに答えを求め、道筋なきところに道筋を求め、真なきところに新たな真を築き上げることこそが、知恵持つ者の本当の務めにてございます。

 それがし愚考いたしまするに、この惑星ほしを統べる為政者どもは、ことごとく知恵者の台頭を恐れているのではございますまいか? おのれの立場を怪しゅうする賢者の登場を、心の底から危惧しているのではございますまいか?

 得てして蒙昧な勝利者というものは、変化を嫌い、古きにこだわるものにてございます。ひとたび新しきを認めてしまえば、それはすなわち、おのれの寄って立つ基盤を大きく揺るがすことに繋がるからです。ゆえにそのような者たちは、自らが理解できない才覚を遠ざけようと試みます。それが、いま現在のおのれの足場を強める結果になるからです」

『しかし、その努力が実を結ぶことはない──そうだな、ドクター=アンコック』

「ご明察痛み入ります」

 アンコックは語り続ける。

「時の流れは移ろうもの。一時の成功要因が、その後もなお永久に価値を持ち続けるわけではございません。過ぎ去った栄光にしか寄る辺を持たぬ愚か者がいずれ果敢な挑戦者によって淘汰され行くのも、長い目で見ればまさに必然のことと申せましょう」

『ふふふ』

 何かを察した魔王の両目が、不意にギラリと輝きを増す。

『前置きはそこまでにいたせ。そろそろ本題を聞こうではないか』

「ははッ。これは失礼いたしました」

 先を促す主の言葉に、伏し拝みつつ怪老は応えた。

「このたびそれがしが進言いたしたきところは、この『オウ・タク』なる者どもを我らの側に取り込んではいかがか、ということにございまする。豊かな想像力をもって新しき世界を構築せんとするこの者どもらは、有効に用いること適えば必ずや我がブンドールの益となって働きましょう。よしんば頑迷な彼らの心根により我らの意図が実らずとも、この者どもがいずれ成し得る可能性の実を原住民どもに与えぬようできれば、ひいてはそれが我らにとっての利、彼らにとっての害となること疑いなきと確信します」

『なるほどのう』

 部下の進言を聞き、総統エビルが目を細めた。

『して、具体的にはどういたすつもりだ?』

「はッ。それがし調べたるところによりますれば、この『オウ・タク』なる者どもは、先ほどご説明申し上げた『ドー・ジンシ』なる書物その他を公のものとする機会を、定期的に設けておるそうにございます。それはまさしく『祭』のひとつと申せましょう。その『祭事』の場を訪れ、これら虐げられたる者どもに対し誠意あふれる『説得』を行うのでございます。彼らとて野心の欠片はございましょう。世に認められることなく朽ち果てていくのは、到底本意などではございますまい。それゆえに、おのが才覚を存分に発揮できる機会を我らブンドールが与えると申し出れば、彼らがその双眸を輝かすこと、まったく疑うところではございません」

『だが、アンコックよ。その「オウ・タク」なる者どもがそちの説得に従わなかった時は、いったいどのように対応するつもりだ?』

「無論、味方にできねば敵として排除するのみにございます」

 怪老は即答した。

「総統エビル。このアンコック、閣下からのご裁可をいただき次第、ただちにこの計画へと取りかかり、閣下と我らブンドール帝国のため、粉骨砕身いたす所存にございます。何とぞ、この老いぼれめに活躍の機会をお与えくださいませ」

『よかろう』

 重々しい声が、部下の目論みに承認を宣した。

『機界獣スクラトドンをそなたに与える。ドクター=アンコックよ。その知謀の才を十全に駆使し、おのが手腕を思う存分振るうがいい!』

「ははッ。必ずやご期待に添ってみせまする」

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