墓前の花は、獣の臭い4-7

「雷光剣ッ!!!」

 長剣を抜き放った黄金騎士が、弾かれたように大地を蹴った!

 前衛としてそれを迎え撃つのは、言わずと知れたザッコスどもだ。

 先ほどトラに襲われたことでその数を若干減らしているものの、なお旺盛な戦意をもって彼らは陣を整えた。

 間を置かず、速射された銃弾が宇宙刑事めがけて降り注いだ!

 オレンジ色の曳光弾が、殺気をともない虚空を斬り裂く!

 だが、左右する雷光剣の煌めきが、それらの意図を完全に阻止した。

 騎士の直前に広がる空間。

 その空間を突破せんと矢継ぎ早に侵入した無数の殺意が、次々と明後日の方向へ跳ね飛ばされていく。

 まさしく驚天動地の離れ業だ!

 しかし黒尽くめの怪人どもには、その神技に驚愕する暇さえ与えられなかった。

 続けて繰り広げられた剣の舞が、そんな彼らをたちまち切り伏せてしまったからだ。

 時間にすると、それは十数秒にも達しない。

 あまりにも他愛ない最期だった。

 鎧袖一触とは、まさにこのこと以外の何物でもなかった。

「ええいッ! 役立たずどもがッ!」

 地団駄を踏みながら怪老は叫んだ。

「やはりおまえに頼むしかないようだな。機界獣ビゴランテよ! その力を存分に見せてつけてやるがいいッ!」

 巨大なサボテンが地響きを立てて前に出た。

 これ以前に雷牙が遭遇した機界獣どもと比べると、その動きは鈍重だ。

 身体の厚みこそひとまわり以上大きいものの、一見して与しやすい相手だと思わざるを得なかった。

 雷光剣を右に構えた宇宙刑事が、身を低くして突進する。

 ビゴランテの最上部、人間ならば頭部にあたる部分がぱっくりと裂け、薔薇の花に似た様相に変形を遂げた。

 花弁の中心部から毒々しい液体が発射される。

 溶解液だ!

 瞬時にサイドステップした雷牙の足元に降りかかったそれは、ジュッっという不気味な音を立てて地面の上に穴を穿つ。

 だが、その射出速度は銃弾のそれに比肩できるものではなかった。

 ならば、恐れるほどのことはない!

 逆時計回りの軌跡を描いて、黄金騎士は魔獣に向けての接近を図った。

 身体を大きくひねりながら、再度ビゴランテが液体を放つ。

 その軌道を見切った雷牙は軽々とそれを回避し、一気に間合いへ踏み込んだ。

 雷光剣の刃が走る!

 必中だ!

 しかし次の瞬間、雷牙は斬撃に急制動をかけ、慌ててその場を飛び退いた。

 ビゴランテの身体中を這う無数のツタが、主を護る兵士のごとく、その先端を敵手めがけて突き出してきたからだ。

「くッ!」

 地表を滑りながらふたたび間合いを取る宇宙刑事に、暗黒医師が嘲りの解説を送った。

「なりがでかいだけのでくの坊とでも思ったのじゃろうが、あいにくこのビゴランテに死角などありはせん! その全身を這う機動触手が、独自の判断で主を護るようできておるのでな! どうじゃ宇宙刑事。ビゴランテが持つこのファランクスシステムをどうやって攻略するつもりなのじゃ!? とくと拝見させてもらおうではないか。わはははははッ!!!」

「不落の要塞など存在しない」

 不敵に笑って雷牙は応えた。

「ならば攻略してみせようじゃないか。その自慢の城壁とやらを!」

 ぐっと腰を下ろし限界まで力を溜めた黄金騎士が掛け声とともに地を蹴ったのは、次の矢先の出来事だった。

 先ほどとまったく同じ逆時計回りの軌道をもって、ビゴランテの左側面へと回り込む。

 機動触手が迎撃に出た。

 雷牙の正面に密度の高い槍衾が出現する。

 だが先刻と異なり、彼はその身を退かなかった。

 より一層速度を増し、稲妻の速さでさらに踏み込む。

 騎士の姿が槍先から消えた。

 一斉に差し込まれた機動触手の先端が、ことごとく音を立てて空を切る。

 跳躍した雷牙が、はるか上空へとその身を飛翔させたからだ!

「おおーッッ!」

 雷光剣を頭上に構え、雄叫びを上げて急降下する宇宙刑事。

 真上を取られたビゴランテに、その一撃を避ける術などもはやなかった。

 機動触手による迎撃も、このタイミングでは間に合わない。

 すでに振るわれた矛先を急展開するには、あまりに勢いが付きすぎていた。

 にもかかわらず、暗黒医師はにやりと笑う。

「かかった!」

 彼がぼそりと口ずさむや否や、地表を突き破り新たなツタが舞い上がった。

 あろうことか、機動触手の一部が地面の中に潜んでいたのである!

 伏兵!

 目を見張る雷牙の右脚に、機動触手が絡みついた。

 「しまった!」と叫ぶ宇宙刑事の身体を、鞭のようにしなったそれが地表めがけて振り下ろす。

 黄金騎士が鈍い音とともに大地の上へ叩き付けられた。

 くぐもった声が、彼の口からこぼれ出る。

「王手、じゃな」

 ドクター・アンコックが勝ち誇った。

「地獄の底で、おのが愚かさを噛み締めるがいい!」

「雷牙ッ!」

 居候のピンチを悟った美少女が、張り裂けんばかりの叫声をあげた。

 何か自分にできることはないかと周囲を見回す。

 そこで彼女が見付けたものは、ザッコスどものひとりが取り落とした一丁の銃であった。

 見た目こそ一般的な軍用銃とは似ても似つかないいびつな形であるものの、その基本的な扱い方に大きな違いはなさそうだった。

 少なくとも、引き金を引けば弾が出る。

 その点において、差異があるとは思えなかった。

 考えるより先に、シーラの肉体が反応した。

 身体ごとその銃に飛びつき、拾い上げ、機界獣に対し銃口を向ける。

「このォッ!」

 ぎこちない仕草で狙いを定め、思い切りよくトリガーを絞る。

「トラの仇ッッ!」

 タタタッと軽快な発射音とともに複数の銃弾が放たれた。

 もちろん、照準は正確とは言えない。

 素人技の限界だ。

 しかし同時にそれは、ビゴランテの巨体を捉えるには十分すぎる精度でもあった。

 ビゴランテの体表面で炸裂弾の火花が散る。

 当然の結果とは言え、まともな打撃を与えるには及ばない。

 どれだけ好意的に評価したとしても、せいぜい掠り傷程度といったところであろうか。

 にもかかわらず、その攻撃は雷牙にとって必要以上の援護となった。

 なぜならば、彼に集中していた機界獣の意識が、一瞬だけだがシーラのほうへと向いたからだ。

「プラズマブレードッッッ!!!」

 白く輝く鋭刃が、ビゴランテの機動触手を断ち切った。

 行動の自由を取り戻した宇宙刑事が反撃に出る。

 白熱する切っ先を掲げ、轟雷牙は石弓のごとくに突貫した。

 此度はいっさいの小細工がない。

 魔獣に向かって最短距離を疾駆する。

 自己の守りなど一切合切投げ捨てた、それは文字どおりの特攻だった。

 端からうかがう限り、そうとしか見えない動きだった。

 ビゴランテの機動触手が、真っ向からそれを迎え撃った。

 すべてのツタがひとつに絡まり円錐状の形に集束する。

 激しく回転を始めたそれは、まるで巨大なドリルそのものだ。

「ダァァァァァァッッッ!!!」

 雄叫びとともに突き出された雷光剣の先端が、ビゴランテの触手ドリルと激突する!

 重量感と威圧感。

 その双方で宇宙刑事を圧倒するビゴランテの一撃が、ほんの一瞬、雷牙のそれを押し戻したかに見えた。

 しかし、現実はその正反対に推移する。

 雷光剣の刺突がビゴランテの触手ドリルを爆砕した!

 緑色のツタが、粘つく体液に塗れつつ粉々になって四散する!

 剣の切っ先が機界獣の土手っ腹に深々と突き刺さった。

 黄金の鎧を煌めかせ、若き宇宙刑事が雄々しき声で宣告する。

 彼は言った!

「ただ破壊と殺戮しか知らないおまえたち機界獣がッ、献身の眩しさを知るこの僕に勝てるわけがないッッ!」

 甲高い悲鳴とともに身悶えるビゴランテに合わせ剣を引いた雷牙が、その刀身を改めて構え直した。

 額のクリスタルが紅く輝き、雷光剣の発する光がぐんぐんとその明度を増す。

「ライトニングッ! エクスプロージョンッッッッッッ!!!」

 叫ぶや否や、宇宙刑事は頭上に構えた光の剣を勢いよく振り下ろした。

 その切っ先が、空中に縦一文字の軌跡を描く。

 機界獣ビゴランテの頭頂から股下にかけて、ひと筋の煌めきが雷光のごとく発生した。

 それはたちまちのうちに面積を広げ、遂に対象の存在を分断するにまで至る。

 機界獣の肉体が左右に分かれて地に堕ちた。

 そのそれぞれが、真っ赤な炎を噴き上げて爆発する!

 機界獣ビゴランテの最期だ!

「よしッ!」

 両手で銃を抱えながらぺたりと座り込んでいたシーラが、胸元で小さく拳を握った。

 満面の喜色が、丹精な顔付きをより一層輝かせている。

 彼女の態度は、短い間だが確かに心を通わせたと信じている一頭の虎、その仇討ちが果たせたことを実感したからにほかならないものだった。

 だがシーラは、これが戦いの終焉でないことを知っていた。熟知していた。

 そして、その予想に正確な答えをもたらした者こそ、ブンドール帝国の幹部、「暗黒医師」ドクター=アンコックそのひとだった。

 いつの間にか戦場からいなくなっていた怪老は、どこからともなく耳障りな高笑いを轟かせておのが存在を誇示してくる。

『ふははははは! まだ勝負は付いておらぬぞ、宇宙刑事ッ!』

 嘲るように彼は告げた。

 異変が起こったのは、その直後のことだ。

 辺り一面に重々しい地鳴りが轟き、それと同時に緑成す水神山の山肌、その一角が音を立てて陥没したのである。

 突如として大地に穿たれた巨大な穴。

 その奥底より姿を見せたのは、小山のごとき、いやむしろ小山そのものといった風体を持つ、巨大なツタの塊だった。

 うねうねと蠢く無数の触手をまるで手足のように用いながら、はおのが巨体をずるりと地上へ引きずり上げる。

 続けざまに、小山の頂点に君臨するおどろおどろしい大口が、天に向かって轟吼を放った。

 体表を這う数多の触手が、それに呼応し空へと伸びる。

 その姿は、ある種の海洋生物イソギンチャクに近い。

 およそ悪夢の中にしか存在し得ない真の「化け物」とは、まさに此奴のことを言うのであろう。

『どうじゃ宇宙刑事。このビゴランテ=ギガンティックの勇姿は!?』

 魔獣の体奥に設けられたコックピットの中で、魁偉な容貌を持つその老人は勝ち誇るかのごとく言い放った。

『此奴は、いつぞやおぬしに倒されたタルタロスなどとは比較にならぬ最新作ぞ。数多の新技術を織り込んだ実力は、もはや折り紙付きと言うてもいい。さあ、もし本当に此奴に勝てる自信があるなら、おぬし自慢の翔龍機神をさっさと呼び出してみるがよかろう!』

「その挑発、高く付くぞ!」

 一段と目を険しくした雷牙が、裂帛の気合いをもって叫んだ!

「ドラゴニックブラスターァァァァァァッッ!」


 ◆◆◆


 最初の変化が生じたのは、この地よりはるか離れた海の底でのことだった。

 いわゆる「七つの海」と呼ばれる大洋の深み。

 その深淵で、長きにわたって沈黙していた鋼鉄の意志が、それぞれ同時に目覚めの刻を迎えたのだ!

 それは、神話で語られし名を持つ合計七体の「巨人」たちであった。

 大西洋からは「ファフニール」が、

 地中海からは「レビヤタン」が、

 カリブ海からは「ケツアルクアトル」が、

 メキシコ湾からは「ウンセギラ」が、

 太平洋からは「オウリュウ」が、

 インド洋からは「ヴリトラ」が、

 北氷洋からは「ミドガルズオルム」が、

 波打つ海面を突き破り、秒速三十万キロの光の帯となって上空高く駆け登って行く!

 秒を経ずして、それらの「巨人」は、おのが主轟雷牙の膝下に集結。

 次々と合体変形を繰り返し、我が身をもってひとりの「巨神」を形作った!

 逞しい腕。

 太い脚。

 重厚な胸板と引き締まった腹部。

 その形容は、戦う「おとこ」、「戦士」のそれを模したものだと断言できる!

 雄々しい表情を湛える「巨神」の頭部。

 その額には、エメラルドカラーのクリスタルが燦然とした輝きを放っていた。

 それを認めた宇宙刑事が、掛け声一閃、大地を蹴る!

 軌跡を残して飛び込む先は、煌めく宝珠の中心だ!

 クリスタルから伸びる導きの帯が、彼の身体を胎内に誘う!

 融合が完了!

 透明感ある緑の光がルビーの赤へと一変した!

 上部に伸びた一本角が扇のごとく左右に展開!

 フェイスガードが勢いよくクローズ!

 後頭部に燃え上がった紅蓮の炎が、深紅のたてがみとなって風にそよいだ!

 両の拳を腰の高さで不敵に震わせ、はがねの武神が天に向かって轟吼する!


『翔龍機神ッ! ゴゥッ! ラィッ! ガァァァァァァッッ!!!』


 ◆◆◆



『ふふふ、ついに現れおったな翔龍機神!』

 その姿を目の当たりとした暗黒医師が、肩を震わせ不敵に笑った。

『先だっての借りを、今日、この場にて倍返しにしてくれようぞ!』

『ドクター=アンコック!』

 鋼鉄の指先を突き付けながら、断固たる決意とともに「巨神ゴーライガー」は宣告した。

『おまえたちがどれほど強力な機界獣を持ち出してきても、このゴーライガーの敵ではない! 悪の末路がいかなるものか、その身をもって思い知るがいいッッ!!』

『ほざいたな、小僧ッ! 二度とその減らず口がきけぬよう、徹底的に叩き潰してくれるわッ!』

 そう怪老が言い放つや否や、ビゴランテ=ギガンティックの全身から、新芽のような何物かが雨後の竹の子のごとくにょきにょきと突き出してきた。

 その数は十や二十ではきかない。

 そしてそれらはたちまち昆虫に似た別種の存在へと姿を変え、耳障りな羽音を轟かせつつ、上空めがけて一斉に舞い上がった。

『おおッ! これはッ!』

『驚いたか! こやつらはビゴランテ=ソルジャー。このビゴランテ=ギガンティックの手足となって働く、いわば飛び切りに優秀な兵隊蟻じゃ!』

 ひっひっひ、と低い嘲声を漏らしながら怪老は説いた。

『このビゴランテに付与されたファランクスシステムという奴はのう、機界獣そのものの能力向上のみならず、軍隊の組織的な役割をただ一体でこなすことをも目的として鋭意開発されてきたものじゃ。

 司令塔たる本体に遠隔操作される複数の分体。そして、それらより有機的に繰り出される全方位からの一斉攻撃。くっくっく……これをすべて避けきるというのは並大抵のことではないぞ!

 どうじゃ若造! さすがの翔龍機神とて、あらゆる角度より襲いかかるビゴランテ=ソルジャーの攻撃からは無傷で逃れることなど望めまい。おとなしく観念し、念仏を唱える準備でも始めるがいい。それぐらいの時間は、まだ残されておるだろうからのう。うわーはっはっはっはっは!!!』

『舐められたものだな、この僕も、そしてゴーライガーも!』

 そんな暗黒医師に向かって、自信満々に宇宙刑事は切り返した。

『そこまで自信があるのなら、さっさとかかってくればいいだろう! それがいかなる敵であっても、このゴーライガーは背を向けない!』

『よく言った!』

 ドクター=アンコックが高らかに吼えた。

『ならば望みどおりにしてやろう! ビゴランテ=ソルジャーよ! そこにいる愚かな木偶人形を、無様な鉄屑へと変えてやるがいいッッ!』

 ブゥンという甲高い羽音がより一層激しさを増した。

 体長二メートルを超え三メートルに迫る大きさのビゴランテ=ソルジャーが、空を覆い尽くさんばかりに展開する。

 ぐっと力を溜めつつ突撃姿勢を取るそれらは、スケールこそ違えど、まるで外敵に襲いかかろうとするスズメバチの群れのようだ。

『かかれッッ!』

 ドクター=アンコックが号令した!

 邪悪な巨虫ビゴランテ=ソルジャーの集団が、武神ゴーライガーを包み込まんと動き出す!

 ビゴランテ・ソルジャーの主力武器は、その尻の部分に装備された一本の高周波スピアーだ。

 超高速で振動するそれは、物体の分子結合を破断することによって、この世に存在するいかなる装甲板をも薄紙のように貫く。

 そんな代物を全身に突き立てられたのでは、いかなゴーライガーとて到底無事ではいられまい!

 その結末だけは素人目にも明らかだった。

 しかし、当の武神に焦りは見られぬ。

 高速で迫る巨虫を前に、ゴーライガーは鋭く叫んだ。

『バルカンセレクター!』

 叫びとともに巨神の背中、両肩の後ろの部分が左右同時に脱落した。

 落下したそれは、吸い込まれるようにそれぞれが前腕部へと装着される。

 その先端には、重々しい存在感を放つ発射口が水平に四つ並べられていた。

 そう、間違いない。

 それは四門の巨砲を束ねた連装式の速射砲だったのである!

 まっすぐ両腕を伸ばすことでその鋭鋒を敵に向けたゴーライガーは、ためらうことなく砲火を放った。

『ガトリングスマッシャーァァァッ!!!』

 左右それぞれ四つずつ、計八門の砲口からおびただしい量のプラズマ光弾が吐き出された。

 獣の唸り声にも似た独特の発射音が、周囲の空気を激しく揺るがす。

 ビゴランテ=ソルジャーによって埋め尽くされた正面百二十度の空間を、たちまちのうちに爆発光が塗りつぶした。

 凄まじいばかりの火力だった。

 雨霰とばかりに飛来したプラズマ光弾に打ち砕かれ、邪悪な巨虫は次々と四散しその姿を消していく。

 彼らが一掃されるまでに要した時間は、おおよそ数秒と言ったところであろうか。

 暗黒医師が自信満々に送り出した新戦力ビゴランテ=ソルジャーは、その実力を発揮することのないまま、実にあっさりと現世よりの退場を強いられたのである!

『そんな莫迦なッ! そんな莫迦なことがッ!』

 アンコックは狼狽した。

 大脳が目の前で起きた光景を必死になって拒絶する。

 彼は予想もしていなかったのだ。

 よもや、敵手たる翔龍機神が、あのような兵装を装備しているなどとは!

『どうしたッ、ドクター=アンコック』

 そんな怪老に、ゴーライガーが現実というものを突き付ける。

 挑発の意をもって、彼は暗黒医師に言い放った。

『このゴーライガーを鉄屑に変えるのではなかったのかッ? さあ、次の手はなんだッ? 次の策はなんだッ? 早くかかってこいッ! そちらから来ないのであれば、こちらから行くぞッ!』

 宣告に続いてゴーライガーは前に出る。

 図太い右脚が、地響きを立てて踏み出された。

 尋常の威圧感ではなかった。

 心なしか、体躯で勝るビゴランテ=ギガンティックが萎んだように小さく見える。

 にもかかわらず、その抵抗意欲に変化はなかった。

 動物とも植物とも付かないその不気味な小山は、その身から生える無数の機動触手を総動員して迎撃態勢を整える。

 『ふッ』と不敵に笑ってゴーライガーは前傾した。

 ぶるぶると拳を振るわせ、天に届けと咆吼する!

『雷神剣ッッッ!!!』

 真上に向かって突き上げられた鋼鉄の拳から、光の球が天空高く放たれた。

 時を経ずして上空に濃密な黒雲が巻き起こる。

 黒雲はすぐさま重厚な雷雲へと変化。地上にいる巨神めがけて目も眩まんばかりの轟雷を降らせた。

 そのいかづちを受け止めたゴーライガーの手中に、一本の長剣が現れ出でた!

 剣というにはあまりに分厚く大雑把すぎる、見てのとおりのはがねの塊!

 そんな鉄塊を肩口に構え、魔獣めがけてゴーライガーは突進したッ!

 待ってましたとばかりに、直径一メートルを超える機動触手が槍衾となって武神に伸びる。

 いや、おそらくその表現は正しくあるまい。

 それはもう「スピアー」などには例えられない。

 もはやそれは、先端鋭い「パイル」にあたる。

 無数の杭によって構築された、意思を備えた逆茂木だ!

 だがしかし、ゴーライガーの巨体はそんな防御をいとも容易く突破した。

 それがあたかも見かけ倒しででもあったかのごとく、易々と敵の懐へと突入する!

『おおおおおおおおおおおおォォォォォォッ!』

 雄叫びを轟かせ、鉄の巨神がおのれの剣を振り下ろした!

 武神の声が周囲を振るわすッ!

『ファイナルッ! エクスプロージョンッッッ!!!』

 斬ッッッッッッ!!!

 すれ違いざまに落下した雷神剣の切っ先が、勢い余って地表を穿った!

 ビゴランテ=ギガンティックの体表に、輝くひと筋の線が走る!

 次の瞬間、超新星の光が煌めき、小山のような機界獣の巨体が跡形もなく消し飛んだ!

 面積を急速に増した光の筋が、内側から噴出するエネルギーの奔流をいざなったのだ!

 轟音とともに真っ赤な火柱がそそり立つ!

 熱風がッ!

 圧力がッ!

 閃光がッ!

 それらすべてがあたり一面を鳴動させ、同心円状の衝撃波を大地の上に出現させた!

 ビゴランテ=ギガンティックの最期だ!

 その凄まじいばかりの衝撃波を、鉄の巨神ゴーライガーは、おのが背中で受け止めた!

 紅いたてがみが激しくなびき、風切り音が容赦なく鳴り響く!

 だが、逆手に持った雷神剣を地に突き立てたまま仁王立ちするゴーライガーは、その勇姿を微動だにすらさせない!

 それはまさしく勝利を掴んだ武神の偉容ッ!

 この惑星ほしの守護神たるに相応しい、堂々たる風格そのものであったッッ!


 ◆◆◆


 そんな巨神の背後に太く濛々と立ち上る黒煙の柱。

 その只中から一機の飛行物体が飛び出していったのは、爆発による衝撃がひと段落したと思われた、まさにその瞬間の出来事だった。

 それは、ビゴランテ=ギガンティックに搭載されていた小型の脱出機であった。

 戦いの敗北を悟ったドクター=アンコックは、おのが身の安全をその小さな航空機に委ねていたのである。

「またしても……またしてもゴーライガーめッ!」

 醜怪な老人は手前の操縦桿を巧みに操りながら、その場で激しく地団駄を踏んだ。

 狭いコックピットの中で醜い顔を歪ませつつ、憎悪もあらわに呪詛の言葉を吐き捨てる。

 忌々しげに彼は叫んだ。

「一度ならず二度までもッ! おのれおのれおのれッ! この屈辱は忘れんぞッ! 次に会った時こそ、この儂の新たな作戦で、貴様を地獄に送ってやるッ!」


 ◆◆◆


 それは、機界獣との戦いが終わり、焼けた空気の臭いがようやくのことで薄らいできた、そんな矢先での出来事だった。

 轟雷牙と雪姫シーラの両名は、物言わぬ勇者トラを前に無言のまま立ちすくんでいた。

 これまでと異なり、変身を解いた宇宙刑事はきちんと衣服を着用している。

 おそらくは、先だってシーラに向かって述べたようにシステム設定を調整したのであろう。

 だが、少女はその事実に気を配るだけの余裕を見せなかった。

 急激に訪れた憔悴が、その感情を一時的に麻痺状態へと陥れていたのだ。

 彼女が自ら「トラ」と名付けた獣の死は、それだけ衝撃をこの年若い乙女の心に与えていたのであった。

 沈黙の時は長く続いた。

 十分、いや二十分か。

 口を閉ざしたままのシーラに対し、雷牙もまた、あえてそれに同調することを厭わなかった。

 それは、まるでそうすることが自分の努めであるとでも言いたげな、そんな態度にすら思えてならないほどだった。

 停滞した場の空気がふたたび回流を始めたのは、それからさらに時を重ねてからのことだった。

 おもむろに口を開いた美少女が、ささやくように雷牙へ問う。

「ねえ、雷牙……もしわたしたちと出会ってなかったら、トラは死なずに済んだのかな……」

 抑揚のない口調で彼女は言った。

 その質問に対する青年の回答は、「わかりません」という率直なものだった。

 されどその口が紡ぎ出した言葉は、それだけで終わるものではなかった。

 なお蕩々と語りかけるように、雷牙は自分の思いを少女に告げる。

 彼は言った。

「だけどシーラさん。僕は、これだけは言えると思うんです。トラは、あなたを護ることができて本当に満足だったと。確かにこの結末は、彼女の本望などではなかったかもしれない。でも、それでも、あの子は最後の瞬間、間違いなく満足だったに違いないと、僕はそう信じます。信じたいと思ってます」

「答えになってないわよ、雷牙」

 その回答にシーラが応じる。

 口振りには、どこか叱責に近い趣があった。

 だが、その鋭さがいわば照れ隠しの裏表であることに疑う余地はどこにもなかった。

 彼女はわかっていた。

 この不器用な宇宙刑事が口にした言葉が、自分に対する気遣いのそれであるということに、だ。

 だからであろうか。

 次の瞬間、少女の瞳に光が戻った。

 胸の前で十字を切り、両手を組んでシーラは祈る。

 そして、二度と得難い大切な友人に対し、心からの別れの言葉を口にした。

「さようなら、トラ。短い間だったけど、あなたのことは一生忘れないわ。ありがとう。本当にありがとう!」


 ◆◆◆


 同じ頃、小山内久美子はたったひとりで水神山の斜面を駆け下りていた。

 無我夢中で両足を動かし、何度も木々とぶつかりそうになりながら必死になって人里を目指す。

 冷めやらぬ興奮が、その肉体から疲労の二文字を忘れさせていた。

 商売道具カメラを抱える左右の手には、異様なほどの力が込められている。

 まるで、手中のそれがふたつとない宝物であるかのごとくに、である。

 いや正確に言えば、この時の彼女にとって、その手に握り締められているものは単なる撮影機器などではなかった。

 目を血走らせた久美子が落失せぬよう懸命に保持している存在。

 それはむしろ、そのデータファイルに保存された中身のほうであったからだ。

 激しく息を切らせながら彼女は思った。

 何度も何度も、繰り返し思った。

 あたしッ、あたしッ、あたしッ……とんでもない現場に居合わせちゃったッッ!!!──と。

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