墓前の花は、獣の臭い4-6

「どうやら僕の名前までは調べが付いているようだな!」

 「なぜだッ! なぜおまえがここにおるッ!」というドクター=アンコックの問いかけに対し、力強く青年は応えた。

「だがそんなことはどうでもいい! いま大事なのは、おまえたちがここで何をしようとしているかだ!

 ブンドールの手先め! どうせよからぬことを企んでいるのだろうが、それももうここまでの話だ。この僕が、銀河を守護する宇宙刑事の名において、おまえたちの目論見を断固阻止するッ!」

「うぬうッ、ちょこざいな小僧めッ!」

 唇をねじ曲げ、ドクター=アンコックが怒声を放つ。

 杖を持った右手を振りつつ、大声量で彼は命じた。

「ザッコスどもよ! あの生意気な若造に目に物見せてやるがいいッ!」

「望むところだッ! 行くぞッ!」

 久美子と猟師たちを解き放ったザッコスどもがその手に銃を構えたのと、轟雷牙が勢いよく大地を蹴ったのとは、ほとんど同じタイミングだった。

 軽々と最前列を飛び越えた雷牙の跳び蹴りが、後列にいるザッコスの顔面を真正面から撃ち抜いた。

 仰向けに吹っ飛ぶ戦闘員を尻目に青年の四肢が次々と唸る。

 銃撃のできる距離ではなかった。

 これほど至近の間合いでは、うかつに引き金を引けば同士討ちになる可能性が高すぎる。

 否応なしに激しい白兵戦が繰り広げられた。

 数で圧倒しているはずのザッコスどもが、たったひとりの青年を前に次々と打ち倒されていく。

 その隙を利用して、自由を取り戻した猟友会の面々が脇目も振らず逃げ出した。

 中には愛用の銃を投げ捨てる者までいる。

 そのほとんどは、後ろを振り返る余裕すらなかった。

 年齢から来る衰えを忘れたような勢いで、皆々が転がるように山肌を駆け下りていく。

 だから彼らは、一緒にいたはずの女性記者がそんな自分たちと別れたことに気付かなかった。

 彼女が中途にあった灌木の陰に身を隠し、すかさずカメラを構えたことに注意を払うことができなかった。

 そのまま斜面に身を伏せた久美子は、立て続けにシャッターを切った。

 商売道具一眼カメラのファインダーで被写体の姿を捉えつつ、必死になってその行動を追尾する。

 そこに展開する光景は、およそ現実とは思えないものであった。

 武器も持たない長身の青年が、自身の体躯だけで武装した戦闘員を蹴散らしているのだから、それも当然のことだと言える。

 まるで映画か何かのワンシーンのようだ。

 だが久美子は、その現状を前に我を忘れたりなどしなかった。

 記者として身に着けた本能なのだろうか。

 彼女はこの時、まさに機械のごとき冷徹さでもって、眼前の状況をカメラのデータファイルに収め続けた。

「おのれ宇宙刑事。やはりザッコスどもだけでは歯が立たぬか!」

 劣勢を認めた暗黒医師が、腹の底から吠え声を上げた。

「機界獣ビゴランテよ! 出でませいッ!」

 怪老が大喝すると当時に、戦闘中の雷牙の背後、その周辺の大地が音を立てて盛り上がった。

 「雷牙ッ! 後ろッ!」というシーラの叫びが、剽悍な青年におのれの危機を悟らせる。

 地中よりその巨体を踊り出してきたのは、動物とも植物とも付かない一種異様な怪物だった。

 人間の形を模したサボテンのようにも見て取れる。

 雷牙は、それが新種の機界獣であることを迅速に悟った。

 おそらくは、先だってアンコックの従えていたものと同じ個体だ。

 姿が見えないと思っていたら、そんなところに隠れていたのか!

 舌打ちする雷牙に向かって、機界獣ビゴランテはおのが全身に這う長いツタを一気呵成に突き出した。

 その数は一本や二本ではない。

 まるで剣山。

 そうでなければ、密集隊形をとる長槍兵のごとくだ。

 素早く後方へ跳躍した青年の足元を、その先端部分が面で貫く。

 貫通音だけで判別できるほどの凄まじい威力だった。

 命中すればひとたまりもあるまい。

「雷牙ッ!」

 やや離れたところで戦場をうかがっていたシーラが、悲鳴に近い声を発した。

 それを耳にした数名のザッコスが、何を思ってか彼女のもとへと駆け寄っていく。

 逃げようとする少女めがけて、威嚇射撃が放たれた。

 付近で爆ぜた着弾に、彼女は短く絶叫する。

「ガウッ!」

 シーラの側で身構えていたトラが、ひと声吠えて弾け跳んだ。

 大気を震わす咆吼とともに、体長二メートルを超えるアムールトラがザッコスどもへと襲いかかる。

 その果敢な突撃がシーラの身を護るためのものであることに、疑う余地などどこにもなかった。

 先頭に立つひとりのザッコスが、文字どおり前足の一撃でもってねじ伏せられた。

 人外の体力を持つ彼らであったが、地上最大規模の肉食獣が相手とあってはまるで無力な存在だった。

 瞬く間に、数名のザッコスが荒れ狂う爪と牙との餌食となった。

 彼らにとってそれは、あまりに想定外な強敵だった。

 戦況不利を悟ったザッコスどもが、慌てて横隊を構築する。

 だが即行で組み上げられた火網の目は、およそザルに等しいものだった。

 銃火の数が、いささか少なすぎるのだ。

 おそらくだが、虎本来の身体能力をもってすれば、その間隙を縫うことなど、さして難しいことではなかっただろう。

 だが、どうしたことかトラはその選択を放棄した。

 ザッコスどもが筒口を並べたのを見知るや否や、彼女はその身を翻し、後方へ、シーラのもとへと突進した。

 理由はわからなかった。

 だがしかし、その決断には迷いもためらいもなかった。

 そして数瞬ののち、その虎柄の巨体は、金髪の少女を有無を言わすことなく真後ろへと跳ね飛ばしたのだった。

「きゃあッッッ!!!」

 百キロを超える肉食獣からの思ってもみなかった強襲を受け、シーラは二メートル余りも宙を舞った。

 悲鳴をあげることしかできなかった。

 コンマ数秒も経たぬうちに、彼女は肩口から地面の上に叩き付けられた。

 「ぐゥッ!」というくぐもった声が喉奥から漏れ出し、衝撃が正常な思考を寸断する。

 いったい何が起きたのかがわからなかった。

 いったい何をされたのかがわからなかった。

 だが次の瞬間、シーラは見た。

 乾いた発射音とともに放たれた複数の銃弾が、トラの全身を矢継ぎ早に貫いたのを──…

「トラァッッッ!」

 少女は叫んだ。

 瞬時にして思惑のピースが形を成す。

 トラは、あの彼女が名付けた雌の虎は、自らの護るべき存在を無慈悲な射線から逃すべく、その持てる勇気のあらん限りを振り絞ったのだ。

 そう。

 まさしく、自らの命を賭して!

 すべてを察したシーラが、横臥するトラに向かって思わず駆け寄る。

 まだ銃を構えたままのザッコスどものことなど、まったくその眼中にはなかった。

 トラの巨体は鮮血に塗れ、まるでひとの手で造られたオブジェのごとく身動きひとつしなかった。

 急所に被弾してしまったのだろうか。

 いや、仮にそうでなかったとしても、生体が到底耐えられるだけのダメージではなかったはずだ。

 即死だった。

 一目瞭然だった。

 断末摩をあげることすらできぬ最期だった。

 シーラはそのまま、トラの亡骸へとすがりついた。

 涙が溢れた。

 声が弾けた。

 その端正な顔付きを大きく歪め、少女は激しく嗚咽する。

 轟雷牙もまた、勇者トラの死、その瞬間を目撃した者のひとりだった。

 だがしかし、この青年の目に映った光景は、シーラが目の当たりとしたものとはまったく異なるそれだった。

 この刹那の狭間に彼の瞳孔が捉えたもの──それは、十年の時を経てなお忘れることのできない、生々しい心の傷にこそほかならないものであったからだ。

 伸びる切っ先。

 決勝の一撃。

 それは望まぬ鋭刃。

 しかし止めることはできなかった。

 何かが視界に割って入った。

 長い金髪。

 青い瞳。

 決意の表情。

 絶叫。

 悲鳴。

 崩れ落ちる肢体。

 そのすべてが、あたかも走馬燈のように雷牙の脳裏に蘇った。

 耐え難い吐き気が彼の胸中に襲いかかる。

 恐るべき機界獣を前にしながら、あろうことか宇宙刑事の両膝はがくりと力を失いかけた。

 そんな彼に対して活を入れたのは、皮肉にも敵であるドクター=アンコックのひと言だった。

 宇宙から来た怪老は、からからと勇気の発露を嘲笑う。

 さえずるように彼は謳った。

「ふはははは。滑稽よのう。滑稽よのう。

 おのが身を投げ打つことで、そこな娘に恩でも売ろうと目論んだのじゃろうが、しょせんは獣の浅知恵じゃったな。当の自分が死んでしもうたのでは、その恩恵にあずかることも適わぬようなってしまうではないか!

 くくく……まさしく、天晴れな道化者よ。よもや、おのれの生命いのちと身体をかけて、この儂相手に一世一代のジョークを飛ばしてくれようとはのう。いやいやまったく。猫の分際で犬死にの道を選ぶそのセンスひとつとっても、いまにして思えば、死なすにはいささか惜しい才能であったやもしれぬなァ。うわッはははは!」

「笑うなッ!」

 その嘲笑を雷牙が一喝した。

 固く拳を握り締め、「笑うな! 笑うな! 笑うな! 笑うなァッッ!」と同じ言葉を繰り返したのち、若き宇宙刑事は叩き付けるように言い放った。

「笑うな、ドクター・アンコック! おまえたちのような輩に何がわかるッ!

 おまえたちのような下劣な輩に、我が身と引き替えに大切な誰かを護ろうとする、そんな高潔な魂を笑わせたりはしないッ! トラの、そしての献身を、断じて笑わせたりなどしないッ! この僕が、絶対に笑わせたりなどしないッ!」

 雷牙の口にした「あのひと」という言葉にシーラがかすかな違和感を覚えた刹那、青年は曲げた左腕を力強く前方に突き出し、猛々しい声でひと息に叫んだ。

「龍神変ッッッ!」

 次の瞬間、雷牙の額中央、その一点が目映いばかりの光を放った。

 青白い輝きが周囲を包み、それはたちまちのうちに球体の形に集約する。

 その光球は、矢庭に発砲してきたザッコスどもを電光石火に蹴散らしたのち、閃光とともに雲散霧消。

 勇気ある者の亡骸と心優しき美貌の少女とを魔獣の手より護らんと、ひとりの騎士をおのが胎内より解放した。

 直後ッ!

 その黄金色の鎧をまとった戦士は、全身で見得を切りつつ名乗りを上げる!

 彼は叫んだ!

「宇宙刑事ッッ! ライガァッッ!」


 ◆◆◆


 解説しよう。

 轟雷牙がバトルスタイルに龍神変するタイムは、わずか百分の五秒に過ぎない。

 では、その変身プロセスをスローモーションで再現する。


 ◆◆◆


「龍神変ッッッ!」

 曲げた左腕を突き出しつつ青年がそう叫ぶと同時に、彼の額に埋め込まれた宇宙刑事の力の源・ドラゴクリスタルが共鳴を開始。

 銀河中央で宇宙刑事警察機構を統括するミラクルコンピュータ・ギャラクシーと、時間差なしでのリンクを果たす。

 地球最高の電子頭脳が一兆年かかる計算をコンマ一秒以下で完了するそれは、完璧なリアルタイムでもって状況を把握。

 彼我の戦力を瞬時に判断・分析し、封印された雷牙の力、その解放要求をためらうことなく受け入れた。

『承認。ぶーすとあーまー、戦闘もーど起動シマス』

 一瞬も間を置くことなく、ギャラクシーからの認可を得たドラゴクリスタルが異次元スペクトルによるフィールドを形成した。

 フィールド内部を亜空間と直結させることで、平衡時空に待機している装甲強化服・ブーストアーマーを使用者のもとへ召喚するためだ。

 強力な力場の発生が青年の着衣を分子レベルで粉砕!

 空間を強引に引き裂きつつ出現した無数のプロテクターが、全裸となった雷牙の肉体を覆い始める!

 青年の額に輝く青白い光が赤い宝石状の物体となって凝固!

 その直後、閉じられていたまぶたが音も立てよとばかりに見開かれる!

 そして次の刹那、その精悍な眼差しで眼下にたむろう悪の心魂を射貫きつつ、轟雷牙は裂帛の気合いとともに雄々しく名乗った!

 それこそが、銀河系の平和を守護する宇宙刑事の、何物にも代えること適わぬ決意と矜恃との証であったからだッッ!


 ◆◆◆


「ドクター=アンコック!」

 憤怒に燃える双眸を隠そうともせず、黄金騎士は獅子吼する。

「邪な企てを目論見ッ、罪なき人々を拉致しッ、あまつさえ勇気ある者の献身さえも侮辱してみせた貴様の心胆ッ……断じて認めるわけにはいかないッ! 正義を愛するひとりの男として、この僕がいまここでおまえたちを討つッッ!」

「小癪な若造がッ!」

 ぶんと右手をひと振りし、暗黒医師がそれに応えた。

「此度はいつぞやのようにはいかぬぞ、宇宙刑事警察機構の犬め! ここで会ったが百年目じゃ。返り討ちにしてくれる! さあ、小生意気な宇宙刑事よ。来世に悔いを残さぬよう、思う存分かかってくるがいい!」

「言うに及ばず!」

 青年は言い放った。

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