宇宙刑事は女子校教師!2-3

 雪姫シーラが予期せぬ襲撃を被ったのは、ちょうど朝のHRホームルームが始まる、その少し手前の時間帯だった。

 現場は教室の入り口付近。

 タイミング的には、登校してきた彼女がちょうどそこを潜り抜けた、まさにその矢先でのことだ。

 それは、極めて周到な待ち伏せ攻撃だった。

 背後からするすると伸びてきた左右の手が、「うりゃッ」という掛け声とともに、いきなりその突き出した胸をむんずと鷲掴みにしたのである。

「んぎゃあッッッ!」

 突如として我が身を襲った陵辱に、思わずシーラは悲鳴を上げた。

 色気もへったくれもない金切り声だった。

 飼い主に尻尾を踏まれた家猫のほうが、まだしも可愛げのある叫声を発しただろう。

 教室内でたむろしていた少女たちが、ぱっとそちらへ目を向けた。

 複数の視線が、一点に向かって集束する。

 されど、それが維持されていた時間は実にわずかなものだった。

 彼女たちの大半が「ああ、また始まったのか」と半ば呆れたような表情を浮かべつつ、たちまちそれぞれの世界へと舞い戻って行ってしまったからだ。

「おっはよ~、シーラ」

 さわやかな挨拶とともに正体を明かしたその狼藉者は、中学以来のシーラの親友・此路春香そのひとだった。

 手中から溢れるJカップの巨乳。

 その弾力をわしわしと指先で堪能しつつ、彼女は、「うんうん。今日もエエ乳してまんなァ、我が親友!」と、おまえはどこのオッサンだと突っ込みを入れたくなるようなエロい台詞を口にする。

「は・る・かァァァァァァッ!」

 顔中を真っ赤に染めたシーラが、春香の両手を振り払いざま、勢いよく回れ右。

 羞恥を怒りで塗りつぶし、左右の拳を振り回す。

「朝っぱらからなんてことすんのよォォォッ!」

「まあまあ、そんなに怒んないでよ。いいじゃん。減るもんじゃなし」

 にこやかに笑いながら、悪びれもせず春香は言った。

「いや~、あんたのその超兵器と対面するのも久しぶりだからね~。しかも朝からお風呂入ってきたんでしょ? こっそり薔薇の香りなんて漂わせちゃってさ。そんなの目の前に晒されちゃったら、つい我慢できなくなっちゃうってなあたしの気持ち、同じ女なんだからあんたにだってわかるでしょ?」

「わかるわけないでしょーがッ! 頭膿んでんじゃないのッ? この変態ッ! あんたみたいなのと一緒にしないでよッ!」

「も~、女同士の軽いスキンシップじゃない、ス・キ・ン・シ・ッ・プ。シーラったら相ッ変わらず堅物なんだからァ。さすがは処女ッ! 処女キングッ! いよッ、バージン万歳ッ! 生娘の鏡ッ!」

「処女処女言うなァッ!」

「あははははッ。駄目だよォ、シーラ。朝からそんなに感情的だと、美容と健康に良くないし、イイオトコだって寄ってこないよ。女子校生JKたる者、常日頃から自重を心がけなくちゃ。ジ・チ・ョ・ウ・を」

「うるさ~いッ! 誰のせいでこんな風になってると思うのよッ、誰のせいでッ!」

「あははははッ」

 二学期早々、人目も気にせず強引な夫婦漫才に巻き込んでくれた第一の友人此路春香

 その屈託のない笑顔を目の当たりにさせられたシーラの肩が、やがて脱力のあまりすとんと落ちた。

 「も~いいわ。やめやめ」と軽く右手を振って自分の席へと移動した彼女は、一度深々とため息を吐いたあと、机の上にバッグを置く。

「あんたとしゃべってると、頭がどうにかなりそうだわ」

 椅子に腰を下ろしながらシーラは言った。

「付き合い長いからさ、そんなのはと~っくにわかってたつもりだったんだけどな。わたしもまだまだ修行が足りないわ~」

「その言葉、誉められたと思っておくよ」

 彼女の発言に春香が応じる。

「世の中すべて、エンジョイ・アンド・エキサイティングだからね。限りある一分一秒を有意義に、前向きに楽しまなくっちゃ。ところでさ──」

「?」

「あれから誰か『いいひと』できた?」

 急降下したシーラの額が、机の表面と激突した。

 ゴツン、と鈍い音が響く。

 「い、『いいひと』って何よ? 『いいひと』って」と、涙目で噛み付いてきた美少女に対し、「『いいひと』は『いいひと』に決まってるじゃない」と、その友人はさらりと応える。

 向かい合うようにして前席に着いた彼女は、椅子の背もたれを両腕で抱えながら、あっけらかんと言い放った。

「彼氏、恋人、愛人、情人、ダーリン、ハニー、ツレ、パートナー、意中の男、エトセトラエトセトラ。早い話、あんたがそのダイナマイトバディ任せてもいいやって思えるような男の人」

「で、で、できてるわけないでしょッ!」

 どもりながらも、シーラはきっぱり否定した。

「わたしたち、まだ学生なのよ! お、お、男の人に、か、身体を任せるなんて、そんなふしだらなことしていいわけないじゃない! 第一、そういうあんたこそどうなのよッ? そうやって他人ひとの心配ばっかしてる割に、特定彼氏できてるようには見えないんだけどッ!」

「う~ん、なかなかコレっていうのが見付からないのよねェ」

 う゛~と口先を尖らせながら春香が応える。

「ケータイだけなら軽く十人分はゲットしたんだけどさ、な~んかしっくりこないのよねェ。顔もセンスもコミュ力も、もちろんアレだって全然問題ないんだけど、どいつもこいつもヒーロー性がないっていうか、人間が太くないっていうか、なんかそんな感じでさァ」

「え、え、え?」

「ほら、ウチの学校ってさ、ばっちりお嬢さま学校で通ってるじゃん。だから、それに釣られて寄ってくるケダモノどもが多いんだけど、そういうのって大概がろくな奴じゃないのよねェ。下手な鉄砲も数打ちゃ当たるってわけじゃなかったんだけど、いまになってプールの時、あんたの言ってた言葉の意味がよくわかるわァ」

 セントジョージ女学院は、ミッション系の総合学園である。

 その始まりは、明治維新直後にまで遡ると聞く。

 幼稚園から大学までが各々市街の中心部を囲むようにぐるりと配され、その時計塔を有する赤煉瓦造りの校舎は、近隣地域におけるいわばランドマークとして機能していた。

 二学期最初の登校日である本日。

 シーラたちの通う同校の高等部では、朝のHRが終了したあと、始業式という名の全校集会が行われた。

 立派なパイプオルガンの設置された大礼拝堂において、である。

 頑なに古い伝統を維持しているセントジョージ女学院では、近年のミッションスクールでは珍しく、教職員のすべてがクリスチャンだった。

 だからというわけでもないのだろうが、こういった学校行事はどこか説教じみていて堅苦しく、まだ十代の少女たちたちにとってはなんとも退屈極まる代物に感じられた。

 そんな眠気を誘う四十五分が完結すると、今度はクラスごとに催されるLHRロング・ホ-ムルームが予定されていた。

 これもまた集会に負けず劣らず、実に面白味のない時間帯である。

 だがそれさえ気力で乗り切ってしまえば、あとは楽しい放課後を待つばかり。

 いまどきのアクティブな女子校生たちにとっては、ここが我慢のしどころなのだとも言えた。

 チャイムの音が鳴り響き、授業時間の終わりを告げる。

「起立! 礼!」

 シーラたち三年B組を監督していた年配の女教師が退出すると同時に、教室内の空気が弛緩方向へと一変した。

 至るところで私語が飛び出す。

「あ~ッ、終わった終わったァ。おっそろしいほどの睡眠魔法サンドマンだったわ。さっすがはお局さま学年主任。校長と同年代なだけあるわァ」

 椅子に腰を下ろしたまま、春香は猫のように身体を反らした。

 両腕を真上に突き上げ、ぐぐっと大きく伸びをうつ。

「あれで結構いいことも言ってるんだけどね」

 同じキリスト教徒としての立場上、シーラは学校側を擁護した。

 ただしそれも最初のひと言だけで、直後には「でもまあ、あんたの意見には同意かな」と自分の本音を口にする。

「ところでシーラ」

 春香が話題を切り替えたのは、次の刹那の出来事だった。

「これからさ、えりかたちとカラオケ行くんだけど、一緒に来ない?」

「わたし、パース」

 帰りの準備を整えながら、すぱっとシーラは即答する。

「今日はまだ小礼拝堂の掃除が残ってるから。っていうかさ、確か手伝ってくれるって約束だったよね? まさか、この期に及んですっかり忘れちゃってた、とか?」

「あ、あれ? そうだったっけ?」

「このォ、やっぱり忘れてたな。約束破るとあとでひどいんだからね。おぼえてらっしゃい!」

「や、やだなァ。あたしがあんたとの約束破るわけないじゃない。あ、あはははははッ。ちゃんとジャージも持ってきたし、お掃除お掃除楽しみだなッ。あははははッ」

 唐突に入り口の扉が開いたのは、ちょうどそんなおりでのことだった。

 掃除の担当を残し、いままさに帰宅の途に就かんとしていた少女たちの動きがぴたりと止まる。

 なんの前触れもなくB組の教室に入ってきたのは、恰幅のいい中年の女教師だった。

 教頭だ。

 掛けている眼鏡をくいっと上げたのちに教壇へ登った彼女は、「皆さん。申し訳ありませんが、もう一度席についてください」と貫禄のある声でクラスの皆々を促した。

「理事長先生から皆さんへ、大事なお知らせがあるそうです。時間外ではありますが、もうしばらくの間、そのままでいてください。では──」

 教頭の一礼に誘われるように、ゆったりとした修道服をまとった老婦人が扉の向こうから姿を現す。

 シーラの祖母・雪姫松乃だった。

 「お祖母ちゃん……なんで?」と絶句する孫娘を一顧だにせず、彼女は教頭と入れ違うように少女たちの前に立った。

「皆さん」

 淡々とした口振りで松乃は言った。

「このクラスの担任をなさっておられた木村先生が、この度、産休のため長期休暇に入られたことは、すでにご存じのことかと思います。本来なら、学年主任の田所先生が彼女の代わりとして皆さんの指導にあたるのですが、今回、特例として私が推薦する臨時講師の方にその役目をお願いすることといたしました。これから皆さんへ、その方を紹介したいと思います。先生、どうぞ」

 そう短く老婦人に呼びかけられ、件の臨時講師が少女たちの視界へ侵入を果たしたのは、およそ次の刹那の出来事だった。

 それは若い男性だった。

 余裕で百八十を越える長身をぴしっと折り目の付いたスーツで固めた彼は、背筋をまっすぐに伸ばした姿勢ですっくと教壇の上に立つ。

 さわやかな笑顔を浮かべた、かなりのイケメンだった。

 その雰囲気を素直にカッコイイと言い換えることもできただろう。

 どこかわざとらしく見える黒縁眼鏡の奥からは、なんとも優しげな双眸がその存在を主張している。

 少女たちの中から、自然発生的な感嘆の声が漏れ出でてきた。

 多かれ少なかれ、それはこのクラス全員が等しく抱く共通の思いだった。

 もっともそれは、ただひとりの少女を除いて、の話ではあった。

 ほとんどの者たちが眼前の新任教師に好意的な眼差しを送るなか、その少女、雪姫シーラだけは、まったく別種の感情をその相好に貼り付けていた。

 なんで……?

 恐々として彼女は思った。

 両目を皿のように見開き、声にならない驚きに思わずその身を震わせる。

 秋空の色に染められたその瞳が、真っ正面から青年の顔を捕捉した。

 心の中でシーラは叫んだ。

 叫ばずにはいられなかった。

 なんで、あなたがそこにいるのよッッッ!?、と。

「皆さん初めまして!」

 そんな彼女の様子を知ってか知らずか、長身の臨時講師は朗々と自己紹介を始めた。

 はっきりとした滑舌で、おのれの名前を皆々に告げる。

「今日から君たちと一緒にこの学校で勉強していくことになりました、轟雷牙と申します。ふつつかものではありますが、どうぞよろしくお願いします!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る