かみつき!

黒猫時計

プロローグ

 暖かな陽光がやわらかく差し込む、昼下がりの教室。

 窓から入り込む、緑の薫る風が心地いい。

 昼飯の後はいつも眠くなる。この中途半端な初夏の陽気のせいだ。

 いつもなら、午後の授業の教師の有り難くも堅苦しい言説と、黒板を叩くチョークの音は遠い意識の向こう側。のはずなのだが……。


「陽ちゃん陽ちゃん」

「んー、どうした芽依」


 のんびりとした声。心配そうな顔をして、前の席から顔をのぞき込んでくる幼馴染に、俺は頬杖をつきながら怠慢な返事をする。


「陽ちゃんが真面目に授業聞いてるの、珍しいよね」


 すると、まるで不思議の国にでも迷い込んだ少女みたく、天ヶ瀬芽依はキョトンとした。

 確かに、五時限目に限れば、珍しいと言えば珍しい。


「というかその言い方だと、俺が不真面目みたいに聞こえるだろ」


 そして芽依、今は授業中だ。先生に背中を向けちゃいけません。

 それに――


「腕の心配じゃないのかよ」


 小さなため息とともに、ぼそりと些細な文句をこぼす。


「あ、そういえば腕大丈夫?」


 と、今さら思い出したように、芽依は不安げな顔をして左腕を見てきた。

 ……って、遅いよ。

 すると案の定、


「天ヶ瀬ー、補習増やされたくなかったら前向けよー」


 と私語に気づいた現国の教師から、芽依はやんわりと注意を受けた。


「陽ちゃん~、補習だって……また付き合ってくれる?」


 すると腕の心配もそこそこに、上目遣いで涙を浮かべると、芽依は必死に懇願してくる。

周りのクラスメートたちは、まるで和んでいるかのような微笑を浮かべ、生暖かな視線で芽依を見守っていた。


「芽依、補習を少しでも回避するって選択肢はないのか……」

「わたしには陽ちゃんだけが頼りなんだよー」


 そう言って縋りついてくる幼馴染。くすくすと笑うクラスメートの声が、そこかしこから聞こえてくる。相変わらずのマイペースぶりに、癒されるというか呆れるというか。芽依らしいといえばそれまでなんだろうけど。

 そんなことを考えながら、名残惜しそうに前を向く、芽依の小さな背中をボーっと見つめていると――


「痛っ」


 突然襲われた腕の痛みに、俺は再び顔をしかめた。

 ……なんだよ、そんなに強く締めなくてもいいだろう?

 痛む左腕に目を移すと、カペカペになったシャツの半袖には穴二つ。けれど腕には傷らしき外傷はない。


 意識して目に力を入れてよーく見てみると、薄ぼんやりとシルエットが浮かび上がった。やがてそれは実体となったように輪郭をはっきりと現し、見れば小さな女の子が噛み付いているではないか!

 真っ白な白装束を着、頭にはコスプレじみた、獣耳を生やした銀髪の少女。

 名を“天音”と言うらしい。


 そう、何故かは分からないけれど、ひょんなことから俺、この自称“狐の神様”と名乗る天狐とやらに、噛み憑かれちゃいました。

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