Who shoot the……?
麻倉 ミツル
A
フロリダ州南東部マイアミ近郊にあるコーラルゲーブルスに一軒家を持つアールは、自宅に向け車を運転していた。フロントガラスを見詰めながら溜息を吐いたアール。税理士のアールは昨日、仕事で計算ミスを犯した。クライアントと税理士の間に於いて、計算の誤りは信頼を一気に底に落とす。お金の問題だから当然といえば当然の話だ。クライアントに指摘を受けるまで間違いに気付かなかったことに対し、アールは腑甲斐無い気持ちでいた。責任追及はなかったが、気持ちを切り替えることがアールには難しかった。何せ先週も似たようなミスをアールは犯していたからだ。そんなアールを見兼ねてか、昨日、自宅で料理を振る舞ってくれた恋人のオリヴィアは急遽、沢山の友人を集めてパーティを開いてくれた。オリヴィアと友人の優しさが身に染みた、が、パーティを心の底から楽しめなかったことをアールは申し訳なく思う。
誰しも間違いはある、気にするなと上司に言われたアール。職場の人達にも気を遣わせていることを実感し、胸の内で「切り替えろ、アール」と己を叱咤する。うじうじと思い悩むのは悪い癖だ。
コーラルゲーブルス市に着いたアール。道路沿いに並ぶバニヤンの木の陰が地面に落ちる、それは模様みたいでどこか神秘的だった。自宅の駐車場に着くまでに、数人の警察官をアールは目にした。マイアミの治安は昔に比べて良くなっているが、悪いことに変わりはない。コーラルゲーブルスでも発砲事件、盗難事件が相次いで起きていた。銃声は聞き慣れている、銃社会である限り、それは仕方のないことだ。銃がなければ身を守れない、治安の悪いマイアミなら尚のこと。自宅のドアノブに手を掛けるアール。しかし「あれ」と戸惑いを声に表す。
鍵が掛かっていない。鍵を掛けてから仕事に行ったつもりだったが、どうやら忘れていたらしい。記憶は早朝にまで遡るが、はっきりと思い出せない。しかし盗難事件が起きているというのに無用心が過ぎるとアールは自身を責める。玄関を通ったアールがリビングにまで足を運んだとき、そこで確かな違和感を覚えた。食卓の上に、リモコンが置いてある。普段、リモコンはテレビの傍に置いてある筈だ。だが、食卓の上には覚えのないリモコンが置いてある。昨日のパーティの名残だろうかと考えたが、違う。片付けはオリヴィアと一緒にやったし、そもそもパーティは皆と庭に出てバーベキューをしたのだ。頭を片手で支えるアール。違和感は、それだけではなかった。オリヴィアと一緒に映っている写真立ての位置がズレていたり、壁に掛けた絵画が少し斜めになっている。冷や汗が頬を伝う。今日の朝の記憶は曖昧だ。けれども、盗難事件、発泡事件が相次いで起きているというのに、本当に鍵を掛け忘れたというのか。
アールは足音を殺し、電話機が置いてある棚の引き出しからそっと拳銃を取り出す。片手に拳銃を持ったまま、彼は自身の部屋へと向かう。強張った体、震える手足。呼吸をとめて、アールはドアノブに手を掛け、すぐさま部屋の扉を開けた。見れば、中には誰もいなかった。だがリビングと同様、物の配置にところどころ違和感がある。足音をたてず、慎重に、アールは部屋の中に踏みこむ。
先週、コーラルゲーブルスで起きた事件をアールは思い返す。強盗犯は夜中に庭の広い一軒家に侵入し、金目のものを盗もうと動いていたが、そこに住む家族に気付かれた為、全員を射殺した。片手に持つ重量をアールは聢と実感する。とてつもない重さだった。それはきっと命の重さと同じ。
静寂の中、物音がした。
最早、強盗の存在は疑う余地もない。物音がした方を、アールは見る。クローゼットの隙間は深淵を思わせ、そして、目が、合う。
コーラルゲーブルスに住んでいた家族が射殺された、そのニュースがまた頭に過る。
うじうじ悩むのは、悪い癖だ。
アールは銃を構え、クローゼットの隙間に向けて迷わず撃った。
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