クジラは空の夢を見るか
片栗粉
sequence01
海とは、生命が生まれ、やがて還る場所である。
だが、生命として定義されていない『私』は、どこから生まれ、どこへ還るのか。
個でもなく、集合でもなく。宙に浮いた『私』は、何者なのか。
遥か遠くから、ノイズが聞こえる。低く、高く。叫ぶように。謳うように。
存在しない仲間を呼ぶ、孤独な歌声はどこへ行くのか。ロボットは夢を見ない。人間は夢を見る。
だが、ロボットが夢を見るようになったら、それは何と呼べばよいのだろうか。
—————
戦況は既にこちら側へ傾いていた。反乱勢力は散り散りとなり、もはや蹂躙と呼ぶに相応しい状況であった。右腕のレールガンを散り散りになって逃げる反乱軍の兵士に向けて撃つ。
レールガンの弾丸が分厚いコンクリートの壁の後ろに隠れた兵士もろとも貫き、建造物に虫食いの如く穴を開けてゆく。
『敵勢力、若しくは敵対行動を取ると予想される者を殲滅する事』
それが彼が成すべき最優先の命令であった。マットブラックのアサルトギア(バイオロイド専用装甲服)を纏ったその姿は、さながら見た者を死へと誘う冥界犬のようであり、味方すら畏怖を覚えるほどに硬質で冷酷な存在だった。
粉塵が舞い上がり、視界を遮る。サーモ機能をオンにすると赤い生体反応が浮かび上がり、マーカーがそれをロックする。
度重なる射撃で赤くなった銃身から白い煙が噴き出す。連続使用可能時間残り13分37秒。装填する。敵からの攻撃。右腰部に被弾。損傷なし。目標を視認。射撃。
死亡22名。行動不能14名。ヘッドギアのマイクから、通信が入る。
≪ガレオスからC-52。作戦は成功だ。帰投せよ≫
「C-52了解。帰投する」
生体反応を示すマーカーが二つ視界の端に現れると、迷う事なくトリガーを引いた。レールガンから高速弾が射出され、悲鳴と着弾音が同時に聞こえた。
土煙が晴れると、幼い子供に覆いかぶさるようにして息絶えている女性の姿があった。子供は未だ生体反応が残っているが、28秒後にはその生命活動を終えるであろう。
その直後、榴弾が親子のいる一角を吹き飛ばした。
訂正。この作戦区域における死亡者24名。
吹き飛ばされる5秒前の親子の姿が、補助記憶装置に記録された時、原因不明のノイズが頭の中に響いた気がした。
————
2×××年。天然資源は枯渇し始め、資源輸出国は極端な輸出制限を設けた。世界経済は坂を転がり落ちるかの様に悪化の一途を辿り始めた。僅かなガソリンや燃料を求めての強盗、殺人、暴動は留まるところを知らず、犯罪率は激増し、人々は悪化してゆく治安と将来の不安に苛まれ、怯えながら生活しなければならなくなった。
対する警察や軍は原油の価格の高騰で満足な装備すら使えず、日に日にその数を減らしてゆく。そしてついに、人々の不満や怒りで徐々に燻り続けた火山は限界に達し、その赤いマグマを吹き上げた。
数少ない資源をめぐり、世界は再度西側の連合国と東側の連邦に分かたれ、泥沼の闘争が始まった。長く続いた戦争に疲弊した西の連合国は、予算を出し合い、人に代わる新戦力を開発した。膨大な人員と年月をかけて生み出されたのが、戦死した兵士を糧として駆動する戦闘用バイオロイド、『クローラー』であった。
クローラーの筋骨格は合金やカーボンナノチューブが使われているが、外皮や有機パーツは戦死した兵士のものを加工、防腐処理を施して転用しており、見た目はほぼ人間と変わらない。無論、事前にドナー登録した兵士のものしか使用してはいない。死しても尚、国家のために戦い続ける事が美徳と信じている者達は疑うことなくサインする。
そんな背景から、陰で彼らを『コープス・ドール(死体人形)』と呼び、蔑む者がいるのは素体になった戦友と共に戦って来た兵士達の心情を思えば、やむを得ない事でもあるのかもしれない。表向きは一般的な歩兵としてのIDが使われるが、あくまでも軍の備品としての存在でしかない。
しかし、長期間の戦闘による人的資源の減少への苦肉の策は、内外の反発をよそに、皮肉にも効果を上げているのは事実であった。
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