銀十字戦記~不死者と神に見初められた人間~

孔雀竜胆

第一章〈月の女神〉

第1話【出逢い】

 ─バンッ


 月夜に銃声が響く。


 ─ドサッ


 その直後が倒れ、地に伏す。

 その傍らには銀の十字架の装飾が施された奇妙な銃を携えた女がいた。

 普通ならば銃声を聞き付けた住民が通報するか、警官本人が銃声を聞き事態を調べに来るはず。

 しかし、その気配はない。

 まるでこのような事態が起こることを想定していたかのように…


「任務完遂しました」


 彼女はスマートフォンを取りだし誰かに報告を行う。

 その声は確かなもので、このやり取りが初めてではないことを物語る。


「はい、そちらには帰らずに次の任務に向かうつもりで…」


 彼女は異状に気付き、言葉につまる。

 自分が無数のが取り囲まれている。

 しかし、彼女はこの状況に臆するどころか、小さくため息をつく。


「すみません、が残っていました。後ほどかけ直します」


 彼女はスマートフォンをしまい、銃を構える


「結構、多い…今日も夜更かしかな」


 気だるそうなことを口にしているが、彼女の表情はいたって真剣だった


「さて、誰からお相手してくれるの?」


 この状況で挑発的な態度をとるほど、彼女は強気だった。

 それだけの自信が彼女にはあった。

 その自信は死線を潜りに抜けきた経験に裏付けされたもので、決して付け焼き刃のものではない。


「そっちから来なくても、私から仕掛けるけどね」


 彼女は銃構える。

 その狙いを定める瞳にはどこか冷徹なものがあり、慈悲などは持ち合わせていない。

 そして、その奥には底知れない怒りと憎しみが込められているように感じられる。


「さあ、懺悔なさい…でもそんな時間はあげはしないけど」




 *****



「おーい、起きろー。学校遅れるぞー」


 エプロンを着け料理に勤しむ男子高生─剣崎琉晴つるぎさき りゅうせいはリビングから二階にいる誰かに声をかける。


「琉晴兄さん、おはようございます」


 そう言ってリビングに降りてきたのは、光の具合によって緑がかったように見える長い黒髪に黒い瞳の少女─あきら

 彼女は、顛末を話すと長くなるが、所謂血の繋がっていない妹である。

 つまりは義妹である。


「おはよう、暁。ところで晴那はるなはどうした?」


「…いつも通りです。手に負えません」


「あいつ…暁、少し変わってくれ」


「ええ、私はこちらの方がいいですから」


「いつもごめんな、任せた」


 琉晴は朝食の準備を暁に任せ、二階の妹─晴那はるなの部屋に向かった。


「…zzz」


 晴那は自身を布団を巻き付け、簀巻きになりながら熟睡していた。


「晴那ー、朝だぞ」


「…zzz」


 こんな状況でも晴那は気持ち良さそうに寝息を立てている。

 いつもの事ながら朝に弱いやつだと、琉晴は呆れていた。

 しかし、そう言って放っておく訳にはいかない。

 いつも通り最終手段を使うしかないと決心した。


「起きろって!」


「うわぁ!」


 琉晴はレッドカーペットを敷く要領で簀巻きになっている晴那の布団ごと転がして布団を剥ぎ取り、晴那を転がす。

 晴那も流石に驚いて飛び起きた。


「痛いってお兄ちゃん」


「起こしても気持ち良さそうに寝てるお前が悪い」


「え!!もうそんな時間?」


 晴那は慌てて時計を見る。

 時計はもう7時10分前を指していた


「ああ、暁も起こしたって言ってたぞ」


「…ごめんなさい」


「もう出来てるから、準備して降りてこいよ」


「はーい」


 琉晴は晴那の部屋を出て、リビングに戻る。

 リビングに戻ると、テーブルには朝食の準備が完璧にされていた。


「暁、ありがとな」


「これくらいは当然ですから」


 相変わらず出来た妹だと思っていると、もう一人の正反対な妹が降りてきた。


「あーちゃん、おはよー」


「おはよう、ハル」


「ごめんね、起こしてくれたのに全然起きなくて」


「いいよ、いつものことだから」


 晴那が遅れて起きてくるのは日常茶飯で、起こしにいく暁はいつも手を焼いていた。

 最近はもう自分だけではどうしようもないと気付き、琉晴に頼みに来ることが多くなった。


「ハル、今日は日直だから急がないと」


「え?そうだっけ?」


「…昨日も言ったんだけど」


 そんな会話を聞いて、我が妹ながらなんと抜けているんだと思う琉晴だった。


「ホントにわたしあーちゃんに頼ってばかりだね」


「いつものことだから早く準備して」


「あ~ん、あーちゃんが素っ気ないー」


 こんなにしているが、この二人の仲はとてもいい。普通の姉妹よりも仲がいいと言っても過言ではない。

 暁が養子になる以前からの付き合いでもあり、きっと姉妹というより友達と言った感じだからだろう。


「そう言う訳で琉晴兄さん、私達は先に出ますので」


「ああ、気を付けていけよ。暁は大丈夫だろうから、晴那がな」


 暁は一人でなんでもできるが、晴那は一人でさせるのが心配なくらい抜けている。

 暁がいないと生きていけないのではと思うくらいである


「あ~ん、お兄ちゃんも酷い」


「だってお前、この前寝ながら歩いて電柱に顔面からぶつかって真っ赤になってただろ」


「うう、そうだけど~」


 その時は暁もいたのだが、一瞬目を離したらそんな事態になっていた。

 その時はアニメや漫画みたいなことが起きるのかと琉晴と暁は驚いていた。


「大丈夫です、リードは私が引いてますから」


「わたしは犬じゃないよ!」


 それは犬に失礼だと琉晴は思ったが、流石に今言うと可哀想かと思い言い控える。

 そうこうしていると、暁と晴那はいつの間には朝食を終えていた。


「では、先に」


「行ってきまーす」


 二人は自分の分を片付けて、そそくさと登校して行った。


「さて、俺も行かないとな 」


 一人残された琉晴は最後の後片付けをする。

 いつもは三人で全てのものを終わらせているが、今日は自分のものだけなのですぐに終わった。

 いつも三人なのは両親とも仕事の関係上海外出張が多いためなかなか家に帰って来ないからであって、決して亡くなっているとかではない。



 いつも通り、戸締まりをして家を出る。

 いつも通りの道を通っていると、何やら地図とにらめっこしている制服を着た女子がいた。

 その制服は紺のブレザーに赤のネクタイで、琉晴と同じ学校、黒須学園くろすがくえんの物であった。

 しかもネクタイが赤と言うことは琉晴と同じく二年生と言うことになる。


 顔はよく見えないが、制服は真新しく、地図を見ていることから転校生であることがわかる。


「あ、ちょっとそこの君」


 そう思っていると琉晴に気付いたのか、彼女は琉晴に駆け寄って来た。


 そこで初めて彼女の姿と顔を完全に拝むことができた。

 綺麗な漆黒の髪で肩くらいのセミロング、ルビーのように綺麗な赤い瞳、驚くほど整った顔、女子の平均よりも少し高い身長、それでいて細すぎず太すぎずの絶妙な体型、制服の上からでも確かな膨らみを感じられるほどの胸部。

 その容姿は可愛いというより、カッコイイ系とか美人系と言ったところで琉晴は思わずドキッとした。

 というより同じくらいの男子であれば誰だってそう思うくらいだった。特に最後の項目は男子なら誰でも目をひくだろう。


「君、黒須学園の生徒だよね?」


「は、はい」


「私転校して来たすぐで、道がわからなくなっちゃったから、学校まで案内してくれないかな?」


 そんな彼女は男としては眉唾物な提案をしてきた。案内するということは必然的に一緒に登校することになる。

 この場面を誰かに見られたらと質問攻めに会うことは避けられないだろう。

 しかし、こんな美人な転校生と歩けるなどという最高なシチュエーションを味わえるのであればいいだろうと琉晴は下心ありありなことを考えていた。


「はい、いいですよ」


「ありがと、助かるよ」


 勿論琉晴の返事はyesだった。

 しかし、つい彼女の雰囲気に敬語になってしまった。

 同じ二年生なのはネクタイでわかっていたが、彼女の雰囲気からどこか歳上のようなもの感じ取ったというのとあまりの美人具合に緊張したこともあり、つい敬語になってしまっていた。


 妹達がいればさぞや笑いものにされていただろうと思うと、琉晴はこんな状況下で妹達がいないことに心底ホッとしていた。


「私は秋月綾歌あきづきあやか。君は?」


「あ、剣崎琉晴です」


「剣崎くんね。同じ学年みたいだしこれからもよろしくね」


「は、はい….」


 この状態はどっちが転校生かわかったものじゃない。

 それほどに綾歌はフランクで、琉晴は緊張していた。

 琉晴はこのままではマズイと思い、話題を必死に考えた。

 しかし、さきに話題を振って来たのは綾歌だった。


「もしかして剣崎くんの名前って流れ星の流星?」


「いえ、琉球の琉に晴れの晴で琉晴です」


 琉晴は初対面の人間からはこの手の質問をいつもされるので、対応には慣れていた。

 初対面はファースト・インプレッションが大事なので、動揺せずにスムーズに言えたので一安心した。


「そうなんだ。イイ名前だね」


「あ、ありがとうございます」


 琉晴は大体は軽く流されるかややこしいとかなどの文句を言われることが多く、褒められたことなどあまりなかった。

 だが今回は珍しく褒められた、しかも美人に。

 たとえそれが転校生なりのお世辞だとしても、そう言われて嬉しかった。


「秋月さんはどう書くんですか」


「織物とかの綾に歌で綾歌よ、普通でしょ?」


「普通だとしても綺麗でイイ名前ですよ」


「そう?ありがと」


 そこで一つくらい理由を言えば話が続くのだが、琉晴はそこで上手い理由が思い付かなかった。

 琉晴は己の学の無さに後悔するばかりであった。


「ねぇ、ここ最近なにか変な事件とか起こらなかった?」


 藪から棒に綾歌はそんな質問を琉晴に投げ掛けた。


「いや…特に無いですね。それが何か?」


「ううん、なんでもない。ただここがどういうところなのかなって思ってね」


 琉晴は最初こそなんでこんな質問をと思ったが、転校生ならそう思っても不思議ではないと感じ特に気にならなかった。


 その後も綾歌が主導権を握り、他愛もない話を続けた。本当に転校生がどちらなのかわからないくらいである。



 ◆◆◆◆◆


 琉晴達は黒須学園に到着した。

 道中出会う生徒が増えていくにつれて、ざわつきが大きくなっていった。

 美人転校生という噂が広がるのにはそう時間がかからなかった。


「案内ありがと」


 当の本人である綾歌はそう言って職員室に向かっていってしまった。

 残ったのは美人転校生と登校してきたという噂が駆け巡り、鋭い視線を投げ掛けられる琉晴だけだった。



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