前半で はしゃぎすぎると燃え尽きる⑤

◇◇◇


 青団対白団の一位決定戦は、第五エリアで行われる。

 このエリアは森林の散策コースのようで、土地はなだらかで開けた場所もあるが、所々が雑木林で背の低い灌木も多く、視界や動きに制限が出来る。エリアのどこで戦うのかによって状況が変わってくるフィールドだ。

 合戦での布陣は即座に攻撃を仕掛けられないよう距離を保って置くのが常道である。距離が近ければ、準備段階で得点盤の位置も見破られやすい。白団はチームを三つに分けるとある程度距離を取って逆三角形に配置した。一番奥にある真ん中のグループ――本陣は、視界の開けた場所に布陣を敷き、青団と相対する方向に人を立たせて壁をつくった。

 青団は雑木林を迂回し、その白団の本陣を正面に捕らえる広い空間に腰を下ろした。負けじとグループを大小の二つに分け、団長を含めた10名強は本隊の後ろに陣取る。

途中の木々が邪魔をしてどちらからも互いの陣が見えにくくなっていたが、やはり正面に人を立たせ、得点盤の取り付けを慎重に行った。

 そんな中、白団から隠れるように地面にひっそりと腰を下ろしていたセイギに、やはり隣に腰を下ろしたらん丸が声を低めて大まかな流れを説明していた。


「このアクション棒で白団の人達の得点盤を割ってってね。みんな服の下とかに隠してるから気をつけて。これ以外の攻撃は絶対やっちゃダメ。はいこれセイギの分の得点盤、おでこに来るように結んでね」

「なんで俺だけおでこなの?」

「うまく行ったらまた頭ぶつ……じゃなくてっ、ここに付けてれば敵はみんな正面からしか襲ってこないでしょ? 敵が前からしか来ないって分かってれば迎え撃つのに有利なんだよ!」


 セイジが語った理論をそのまんま口にするらん丸。その誤った理論展開のおかげで記憶喪失などというややこしい事態が起こってしまった訳だが、本質的な思考回路がセイジとおんなじ彼は、その言葉をまったく疑わなかった。


「ををを! なるほどな! 中々カシコイ戦法だな!」

「そうでしょ~? あはははは・・・」


 らん丸が笑って誤魔化していると、二人の元にかがんだままの体勢で十名弱の団員達が集まってきた。


「お~い秘密兵器! 敵がどこに得点盤付けてるか、また見てくれよ!」

「注目は5年の万に、4年の千本松に百井だな」

「万は髪の赤い奴で~、百井が真ん中でいっちゃん背の高い奴だ」

「千本松は確か右ほっぺにホクロがあったぜホクロが!」

「バッカ! いくらなんでもそんなの探せる訳ねーだろ! 他に特徴無いのかよ!」


 セイギを中心に声を潜めてのやり取りが起きる。突然の事にセイギが面食らっていると、その首がぐきっと強引に白団の方へと向けられた。


「茶髪で二重で一応イケメン、身長180cmデコボコで背中に『白神万歳』って書いてある自信過剰で生意気そうなキザ野郎はどこにいる?」


 セイギの頭をがっしりと捕まえた悠馬がその耳元で剣呑な声で囁く。


「えっ? えっとちょっと待ってろよ……」


 セイギが軋む首を巡らせて敵の陣営を見渡していくと、中心より手前でその視線が止まった。


「あっ、いたぞ! 茶髪でイケメンで白神万歳!」

「どこだ!?」

「ええっと、左端の塊のいち、にい、さん、しい……五列目だな」

「右翼部隊の五列目な? ……オーケー、オーケー……」


 妙な迫力で顔に影の入った笑みを浮かべる悠馬。紛れも無く闇の策士の顔である。


「おいあんた! 秘密兵器を独り占めすんなよ!」

「一体千本松はどこなんだ千本松は!」


 周囲から来るブーイングに、悠馬はセイギの肩に腕をまわしてにっこりと笑った。


「いいか、。今のうちに誰がどこに皿を付けてるのかよ~く見とけ。そんで合戦が始まったら見た奴の皿の場所を大声で味方に教えてくんだぞ。それがお前の主な役目だ」

「おう! 任せとけ!」


 優しく諭すような悠馬の口調に寒気を覚えたのはらん丸だけで。何も知らないセイギはその言葉に素直に頷いたのだった。



◇◇◇



 開始の花火が打ち上がった。両団員が一斉に走り出す。丁度中間の雑木林で、二色の群れは激突した。

 青団は槍のように敵陣に食い込もうとし、白団は両側の軍を前面に押し出しこれを挟み込もうとする。しかし切り込んだ青団は長くは留まらずにすぐに身を引いた。かと思うとすぐさま第二弾が押し寄せる。

 対応に追われている間に、ペースと陣形を崩す作戦だ。


「白団長は本陣だぁ―――っ! 突っ込め――――!!」

『おぉ~~~っ!!』

「右左翼、“玄武の陣形”!」

『応ッ!!』


 しかし、白団もそう簡単には崩れない。本陣から冷静に戦局を見ていた白団団長が号令と共に左手を高々と上げると、団員同士が間隔を詰めて守りを固めた。

 三度目の突撃が不発に終わった青団は白団と距離を取り体勢を立て直そうとする。そうはさせじと白団が追い上げをかけ、二団は縺れるように雑木林を抜けた。


 『青団14225点  白団13865点』


 接戦だ。互いに大打撃に繋がる点数を奪えないでいる。白団長の段田はすぐ傍に控えていた4年生二人に呼びかけた。


「お前達も加勢しろ」

『押念!』


 白団の本陣から二人が抜け、本陣の人数が11名となる。時たまこちらに向かってくる敵は容赦無く返り討ちにしてやる。

 その時、視界の隅に青いものが閃いた。白団本陣の後方から何者かが流れるようにすり抜けてくる。



「団長は右胸っ!」



「何ッ……!?」


 そんな声と共に繰り出された鋭い突きを、白団長は慌てていなした。


「やっぱそう簡単にはいかねぇか」


 朗らかにそう呟いて――この状況では有り得ないことだが、全くそうとしか聞こえなかった――突然の襲撃者はすぐに白団長から離れていった。見ると青団の団員数名が白団の本陣を追い越し全線に混ざっていく。一体どこに隠れていたものかと思ったが、驚くのはまだ早かった。

 先程自分に仕掛けてきた少年が敵と対峙していた仲間の団員達に指示を出し始めたのだ。


「あんたは右の二の腕、あんたは左脇に気をつけろよ! そっちはお腹……あれ、背中だっけ?」

「お前なぁ!」

「もっとしっかり覚えてろよ!」

「ええっ? 無茶言うなって!」


 そんなやりとりをしつつも一人、また一人とめぼしい仲間を見つけては意味不明の助言を口走っていく。


 ――なんだ……?


 訝しむように見ていた白団長の表情が、30秒が経過した頃にはっきりと変わった。自団の点数が目に見えて減りだしたのだ。

 戦っている青団は、確実に白団員達の一点を狙った攻撃に切り替えてきた。まるで得点盤の位置をあらかじめ心得ているかのようである。しかし、そんなはずはない。今年の青団に銀団団長のような特殊能力者の存在は無いはずだし、得点盤の取り付けにも細心の注意を払った。機械による不正はそこらを飛んでいる監視カメラによって暴かれるはずである。

 再び、先程の少年が目に入った。自分は戦おうとせず、何かを探すようにキョロキョロと視線を彷徨わせている。先程自分に向かってきた時のスピードから考えて、彼も十分重要な戦力に数えられるはずだ。あの正確な突きは、あと一瞬気付くのが遅れたらまともに喰らっているところだった。


「正確な……突き……?」


 あの時少年は何かを叫んでいた。


 ――団長は右胸っ!――


 そう言って、正確に、攻撃してきたのだ。

 右胸には――得点盤がある。白団長は無意識のうちに右胸に手を置こうとし……慌てて引っ込めた。その顔が険しく引き締まり少年を見つめる。

 本陣を追い越して行った彼等は、初めから青団の本隊に居なかったのだ。雑木林を迂回する時に、そっと本隊から離れて途中の茂みに身を隠していたのである。そうして、こちらの様子が窺える位置からこちらを監視し、得点盤の場所を知った訳だ。

少年が仲間に出していた指示。あれは敵の急所――即ち得点盤の場所を知らせるものだったのだ。

白団長は低く唸り、全軍に向けて号令を飛ばした。


「アイツだ! 頭に得点盤を付けた男――あの男を倒せッ!!」



◇◇◇



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