前半で はしゃぎすぎると燃え尽きる⑥


◇◇◇


 合戦が始まった瞬間、悠馬は瞬時に目的の相手を探し出していた。別働隊として身をひそめた悠馬達の今回の役目は、セイギが覚えきることの出来ない敵の得点盤の位置を一緒になって把握することだったが、悠馬自身は個人的に何としてもやらなければならない事があった。

 応援団最後の大舞台である今を逃したら、あのいけすかないヒーローかぶれに仕返しするチャンスを失ってしまうのだ。

 応援団という対等の立場において、土方トシヤにぎゃふんと言わす。これは最早、悠馬の意地だった。

 開始後すぐに出て行っても敵の軍勢に阻まれ青団に合流することは難しい。互いの団員が入り乱れ混戦と化した頃に、彼等は動き出した。

 飛び出す直前、悠馬は正面を見据えたままセイギに囁く。


「いいか。手はず通り、向こうの団長を挑発してから合流だ」

「りょぉかい!」


 屈託なく答えるセイギ。

 セイギが敵の目を引きつけている間に、残りの者が隠に密をもって得点盤の位置を仲間に知らせる。それが今回の作戦だ。セイギなら上手く逃げ回ればすぐに倒される心配もないだろうと踏んでのことである。


「…… GO!!」


 総勢7名が飛び出す。敵の本陣を横手に突っ切ると、それぞれが混戦地帯へと散らばっていった。

 特徴のある敵と戦っている仲間には助っ人に入るフリをして隙を見て攻撃箇所を知らせていく。そうしながら徐々にトシヤとの距離を詰めていく。

 時たま向かってくる敵はほとんど執念で撃退していった。

 悠馬がトシヤの下に辿り着いた時、彼は丁度青団の1年生を一人討ち取った所だった。合戦が始まり間もなく二分が経とうとしているが、トシヤの目は未だ闘志に燃えている。

 勢いづいているトシヤの前に、悠馬が立ちはだかった。


「次の相手はオレだ。ケリ付けようぜ」


 その姿を見たトシヤの顔色が僅かに気色ばむ。


「またテメェか。ったく、なんなんだよ? このオレに何の用だってんだ」

「言ったはずだぜ? オレはお前の顔を地面に叩きつけなきゃ気が済まねぇ」


 その為なら――手段は選ばない。


「けっ。不可能だね。相手見て物を言うこった。返り討ちにしてやるよ――……っと、」


 その時、白団の団員に向けて号令がかかった。



「――あの男だ! あの男を倒せっ!――」



 あちらさんもやっとセイギの存在に気が付いたらしい。周囲が俄かに浮足立った。


「そういう訳だ。テメェに構ってる暇はなくなったみたいだぜ。あばよ」


 トシヤがくるりと背を向け駆け出そうとする。その背中を慌てて追う悠馬。


「待てっ……!?――」


 慌てたせいか、その瞬間悠馬は地面に足を取られて蹴躓いた。


「うわっ!?」


 その手が大きく宙を泳ぎ、握っていたアクション棒がトシヤの足の隙間に入り込む。


「ぅをっ!?」


 結果、トシヤも足を縺れさせ……二人は仲良く地面にすっ転んだ。折り悪しくもぬかるむ地面の上に。


「いっ……てててて……」


 身を起こした悠馬と、顔を持ち上げたトシヤの目が合う。白く目立っていた団服もすっかり泥だらけだ。


「……あははははははっ」


 からからに乾いた悠馬の愛想笑いと、


「……うははははははっ!」


 こめかみの辺りをヒクヒクと痙攣させたトシヤの笑いが重なった。

 次の瞬間、飛び起きたトシヤが悠馬に掴みかかる。


「テメェッ……! 今のワザとだな!!?」

「うわぁぁ、落ち着けって……!」


 泥まみれの顔を怒りに染めたトシヤがすかさず手を出そうとしたその時、



ビーッ、ビーッ、



 すぐ近くで警告音が響いた。


『警告。ルールで認められない攻撃を行おうとしています。警告――』


 バレーボール程の大きさの、レンズの付いた白い球体が、空中に漂いながら黄色いサイレンを点灯させている。

 『映像中継』兼『審判』兼『違反物探知機』を兼ねている、この合戦専用の機械だ。これに赤いサイレンが点灯したら、即退場である。


「ふざっけんな! 先にやってきたのはこっちだぞ――!!」

「わざとじゃねぇって。足ひっかけて躓いちまったんだよ。故意にやったんだったらこの機械が黙ってねえだろ? 第一このレンズの先には大勢の目があるんだぜ?」


 悠馬も困惑顔で弁解をする。いくらなんでもこれは予想外だった。タイミングが悪すぎた。お前も落ち着けよ退場になっちまうぞ――……と。

 悠馬の言う通り、この球体から送られる映像は各陣営に設置されているモニター及び校内にまで流れている。

 目に怒りを燃やすトシヤは、それでも不承不承悠馬から離れたのだった。

 自分のアクション棒を手に取り、困った笑みを浮かべる悠馬を睨みつける。


「オッケーだぜ。この決着はこっちでつけようじゃねーか」


 悠馬も目に真剣な光を宿してこれに答えた。


「ああ。勿論だ。こちとら皿の位置を、聞かないどいてやったんだからな」

「なんだって?」

「こっちの話だ」


 二人がまともに戦おうとしているのを見て、空飛ぶバレーボールも警告を止めて離れていった。それを視界の隅に捉えつつ、悠馬は口の端だけで微かに笑う。


 ――借りはしっかり返したぜ。これからが本当の決着だ。

 ――役者の息子、なめんなよ。



◇◇◇

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