十番勝負-体育祭編3-
~青団 VS 緑団 VS 銀団~
またの名を あやとり名人すないぱー①
日常閉鎖的な学園も、この日ばかりは多くの来校者が訪れる。
入学希望の見学者や一般社会人、中には正義や悪の組織の人間もスカウト目的にいくらか紛れ込んでいるらしい。
今年最大の稼ぎ時に、あくひろ商店街の飲食店は大いにはりきり、校内や運動場周辺にこぞって出張屋台を展開している。
そうしてあらゆる立場の人間がそれぞれの目的を持ってこの日に臨む中、あくひろ学園体育祭は滞りなく開催されたのだった。
期待に目を輝かせたセイジが真っ先に《青龍》の陣地を飛び出す。
「九時半開始の『巨大二足歩行ロボ1000m走』! なんとしてでもこの目で拝むのだ!」
「わーい巨大ロボー! 男のロマンだね!」
「ど〜でもいいけど、この競技内容って体育祭の意義を真っ向から無視してないか……?」
しょっぱなからハイテンションな二人に比べ冷静に呟きながら後をついて行く悠馬。
競技の種類は主に三つに分けられる。学科対抗競技、学科別競技、変身競技である。各陣地には同時開催される競技すべてが映し出される巨大モニターが設置されているが、応援団に所属している者達は選手の応援も立派な役目である。
○第五運動場第一競技 科学技術科・『巨大二足歩行ロボ1000m走』
“科学科”の種目は、数こそ多くはないものの、そのパフォーマンス性から圧倒的に人気が高い。安全の為張られた特設フェンスの周りにはすでに人だかりが出来ていた。
その顔ぶれも、実に奇妙なものだ。
ポンポンを持って自団の応援をする魔女っ子風の少女がいるかと思えば、隣には厳めしい〈怪人〉が仁王の如く立ちはだかり、また別の場所では白衣を着た科学者達が輪を作って何やら相談している。そんな色彩豊かな人々の中に、時折ごく普通の体操服を着た者達が当たり前のように混ざっている。そしてそんな人ごみの中を、ガクラン姿の応援団が縫うように歩いていく。
傍から見ればちょっとした仮装行列である。
「ぬぉぉぉっ。暇人共め!」
そんな他の観衆達に先を越され、悔し紛れに悪態をつくセイジ。
「ええ〜っ。ロボットの全体見たかったのにぃ〜。何でこの学園って背高い人多いのかなぁ?」
唇を尖らせて文句を垂れていたらん丸が競技場の端を指差した。
「あっ、あそこ人少ないよ?」
「ダメだな。目の前に仮設テントがあって何も見えないみたいだ」
悠馬が首を振るが、執念の人と化したセイジは止まらなかった。
「フッフッフッ……こんな事で俺さまを妨害できるとでも思ったか! すべての道は俺さまへと続き、俺さまの進む先こそが道となるのだ!」
非常に自分勝手な格言じみた物をのたまって迷わずフェンスを登りにかかる。
「そーだ……。こいつにとっちゃフェンスも道の一部か……」
セイジは通学路の途中にある5メートルものフェンスを毎日登って学校に来ているのだ。
セイジの強引なこじつけ理論だったが競技場を見下ろしやすいのも確かなので、悠馬とらん丸もフェンスを登ることにした。これまで何度か銭形家に出入りしている所為か、二人とも既に慣れてきている。
競技場では、全長5メートル前後の二足歩行ロボットが六体、それぞれの整備所で最終メンテナンスを受けていた。
「うわぁ、カッコイイ!」
「うひょ〜、あのでっかいのが本当に走んのかよ」
この光景を眺めていると、入学時の“科学科”の生徒数が“戦闘科”に次いで多いのも頷けるというものだ。なにせ“科学科”に入ればあの巨大ロボット達をいつでも間近に見て触ることが出来るのだ。正に男のロマンの具現化である。
ただし授業の困難さによるものか、“科学科”の中でロボット専科を選択する者は全体の三割程度しかいないようである。
この競技ではリレーの順位の他に、ビジュアル審査の点数も加算される。どのチームも意匠を凝らした会心の出来で競技に臨んでいた。
「ふむ。《江戸紫》どもの全身黒いデザインが一番カッコイイな」
「オレは《銀柳》のスマートなフォルムが気に入ったなぁ」
「《青龍》の応援しようよ二人共……」
金網に足を引っ掛けヘリに肘を付いていたらん丸が不謹慎な発言をする二人を見上げる。その隣で、悠馬が肩から提げていたケースからビデオカメラを取り出した。
「さってと……」
「あれ、悠馬ビデオ撮るの?」
「ああ。こういう映像記録しとけば何かの時に参考になるかもしれねーからな」
「ほう。流石我が組織の頭脳」
すかさず身を乗り出してくるセイジを牽制し、悠馬が横目で睨む。
「お前は触んなよ。こないだ双眼鏡持ったまま木から落っこちただろ」
以前木から落下したのは不幸な偶然が重なった結果だったのだが、それでも前科のあるセイジに悠馬が警戒するのはもっともだった。第一相手は今も手で支えてはいるものの、ヘリの上に平気でしゃがみ込むという非常に危なっかしい体勢をとっていたりする。
『皆様お待たせいたしました! これより巨大二足歩行ロボ1000m走を実況させていただくのは、炎と情熱の放送部員ことワタクシ穴田実。解説はロボットといえばこの人、ロボット専科の直江先生に来ていただいています。直江先生、このレースの勝敗を左右するのは何だと思いますか?』
『ふふ。
『なるほど。いかに他を凌ぐ性能を持ったロボットを創り上げるかを、我が子を育てる過程になぞらえておっしゃってくれました! 奥が深いお言葉です!』
そうこうする内に始まりを告げるアナウンスが流れ始める。スタート位置に歩き出す巨大ロボをビデオに捕らえながら、悠馬は絶妙のタイミングで、思い出したように二人に言ったのだった。
「そーだ。このあと“守護科”と“戦闘科”も撮りにいくから、お前らも付き合えよ」
“科学科”に入り浸る気満々だった二人が不満を唱えようとしたが、その声は同時に周囲から上がった声援にかき消されていた。
◇◇◇
○渓谷フィールド第四競技 守護科・『よちよちタマ転がしレース』
「え〜と……ここの競技は〈パワーマスコット〉達による“二足歩行よちよち障害物レース”だってよ。もう何レースか始まってるみたいだな」
次の競技会場へと移動を開始しながら、悠馬は手元のプログラムを読み上げた。
「へ〜え、よちよち? かわいい名前〜」
もやもやと頭に浮かんでくるのは、キャラクター化されたウサギやこねこ達がゴールを目指して一途に駆けて行く姿だ。
「なんだか癒されそうだねー」
らん丸が口元を緩めてそんな事を洩らした瞬間、彼の目の前に巨大な足が踏み下ろされた。
…ズシンッ…!
びっしりと真っ赤な鱗に覆われたその足からは、見るからに凶悪な鉤爪が三本生えている。らん丸がゆっくりと視線を上げていくと、頭上1,5メートル程にある巨大な緑の目玉と目が合った。
『ギャアァァアァオウッ!!』
「うひぃぃぃぃぃっ?!」
恐竜型〈パワーマスコット〉の突然の咆哮に、らん丸が飛び上がってセイジにしがみついた。
「いけっ直進だ! ファングザウルス!」
『グガァァァッ』
頭にまたがっていた少年が呼びかけると、恐竜は再び地響きを立てて移動を開始した。
……ズシン……ズシン……ズシン……
青い顔でパクパクと口だけ動かすらん丸の気持ちを汲んで、悠馬が冷静に分析してやる。
「たぶん、あれもレースの出場者じゃねぇか?」
「だっ……あれ……っよちよち!? 何が!? どの辺りが!? 地響き鳴ってたんだけど!! 今1センチ位浮き上がったんだけどおれ!!」
噛み付くように訴えるらん丸。
『皆ヤッホー。トクトクダヨ。ヨチヨチ第三レースの解説は僕がやるんダヨ! トクトクペット飼ったコトないケド、解説得意ネー。“解説得意”てトクトクと似てるネ。トクトクの名前“
スピーカーからカタコトの日本語が流れる。ものすごくマイペースなアナウンスはキーの高い男の声だ。
『第三レースの選手はー、
《赤富士》…ライオン型の獅子王・恐竜型のファングザウルス
《緑水》…サイ型のガルーガ・小人型のアルルー
《青龍》…狼型の
《銀柳》…小人型のハッチ・モグラ型のアーノルド
《白神》…像型の北斗・大ワシ型のカノングレイドスフィア
《江戸紫》…怪獣型のジボラ・陸ガメ型のメガタートル
今回のレースは二速歩行ゾーンがあるネ。皆、ゴール目指してヨチヨチ頑張るネー。ファイトマネーネー』
実況を聞いてやる気の上がった〈パワーマスコット〉達が一斉に咆哮や呻り声を上げた。漲る闘志に会場の熱気は嫌が応にも高まっていく。
「う〜む。壮絶の一言に尽きるな」
「半分以上が猛獣じゃん!! 詐欺だぁ〜!」
らん丸が殆ど絶叫する中、始まりの合図であるオレンジ色の花火が上空に打ち上げられた。
〈パワーマスコット〉達は一斉に前足を浮かせ、コースへと踏み出したのだった。
よち…よち…よち…
てし、てし、てし、てし、てし、
…のっし……のっし…
「……うっ……」
雄雄しい猛獣達が皆後ろ足立ちになって、慎重に危なっかしく大玉を転がしてコースを進んでいく姿を、悔しいがちょっとかわいいと思ったりしたらん丸だった。
「さ……詐欺だ……」
◇◇◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます