当事者の 周りの奴ほどうろたえる③



 そんな光景を眺めながらあかねがどこか残念そうに呟いた。


「う〜ん。やっぱ、無理があったみたいだなぁ」

「さっきから、逃げてばっかり……」

「やっぱな〜。そりゃ体の使い勝手も何も覚えちゃいないか。そもそもセイギの奴、まだ1年だし」

「敵が気をそらす為に言ったセリフもしっかり間に受けちゃってるし……。あかね、援護するから助けに入ってあげて」

「よっしゃ! 任せときな!」


 葵が今にも変身しようとしたその時、アサギが静かに口を開いた。


「まだいいんじゃないかしら」

「え?」

「どういうこと?」

「セイギさんの目、助けてほしいって目はしていないわ。まだ十分輝いていると思わない?」


 言われて改めてセイギに目を向ける二人。相変わらず一方的な攻撃が続けられているが、セイギの表情はそこまで切羽詰ったものではない。今までにはない真剣な目で敵の攻撃を追い、今では時たまモップで上手く受け流してみている。

 次にヒュウガが仕掛けた時、セイギがその足をモップの柄(え)で払った。


「のわっ!?」


 ヒュウガはつんのめって床に手を付き、急いで体勢を立て直す。

「半身ね……よし。コツは掴んだ!」


 そう言ってセイギはくるりとモップを回し、柄を敵に向けるように右手で持ち直した。その体がすっと、モップの延長線上へと隠れる。

 とたん、セイギは自らカズサの元に踏み込んだ。


「わ……っ!」


 先程から逃げの一手だったセイギの突然の攻撃に、カズサはのけ反りながらも何とか〈ハリセン〉でモップの柄を打ち払った。しかしセイギは勢いをそのままに体を反転させ、カズサの胴を滑らせる様に薙ぐ。

 カズサの脇を強い風が通り抜けて行った。払われた右袖が強くはためき、力に押されたカズサが数歩よろめく。

 戦闘服のおかげで実際のダメージはほとんど無い。無いのだが……カズサは攻撃を受けた後の一瞬、ひやりとしたものを背中に感じた。

 これが武器として登録された物なら、今の一撃は間違いなく大打撃に匹敵する。そんな攻撃をいきなり受けたのだ。ゾッとして当然であった。

 そんなカズサの気持ちを知る由も無く、セイギはというとモップに視線を落として納得したように頷いている。


「う〜む。こういう事か。なるほど……」

「んのっ!」


 思わず動きを止めてしまったカズサの代わりにヒュウガが襲い掛かる。しかし、


「よっ。ほっ。」


 放たれた〈濡れ手拭い〉をモップの柄で綺麗に払いのけながら、身を翻してヒュウガの腹部に蹴りを入れるセイギ。その間、余計な動きは一切入っていない。

 ヒュウガの腹がじんわりと疼いた。セイギの攻撃は、予想以上の威力である。


「確かにすっげぇ動きやすいな、これ!」


 セイギがとても楽しそうに声を挙げる。


「……ヒュウガ……。もしかして、ものすごいヒントあげちゃったんじゃないの……?」


 非難がましくヒュウガを見るカズサ。


「……だって、普通言われて出来ると思うかよこんなの……」


 本人は当然覚えていないだろうが、セイギの身体は長年その戦い方に合わせて筋肉がつくられてきたのだから、動き易くて当然である。

 しかしこの異常な程の飲み込みの良さはずば抜けた戦闘センスから来るものなのか、セイギがやはり人間ではないからなのか、大いに意見の別れるところである。

 二人して人間じゃない方の可能性を考えている事には全く気づかずに、セイギはひょいと首を傾げる。


「しっかし、ちょっとは効いてんのか?」

「ぜ〜んぜん効いてないぜ?」

「なんてったってモップだからね」


 ヒュウガとカズサが強がって見せるが、そこにあかねと葵が声を飛ばした。


「強くいけば、戦闘服越しでもダメージ与えられるはずだぜ!」

「そいつらまだレベル低いし!」

「うるさい!」

「ほっとけ!」


 怒鳴り返すカズサとヒュウガ。


「りょ〜かい!」


 セイギが元気良く答えて。

 カズサの手首に強烈な一撃が加えられたのは、一瞬の後だった。


「……っ!!」


 ビリビリと指先に衝撃が伝わり〈ハリセン〉が手元から落下する。そのスピードは、それまでのセイギの軽いノリからはとても予想できないものであった。はっきり言って、カズサは手に痛みを感じてから始めて状況を理解したのだ。

 柄を振り降ろしたセイギは次には〈濡れ手拭い〉を避けてすぐさまその場を離れていた。


「カズサ!」


 〈ハリセン〉を取り落とし呆然としているカズサにヒュウガが声を掛ける。


「だ……大丈夫っ!」


 答えたカズサは混乱しそうな思考を現実に引き戻し、すぐさま袖からブルーの半透明に星のマークがついた〈ヨーヨー〉を取り出した。


「おお、新しい武器が出てきた!」


 感心した様に声を挙げるセイギ。

 その隙を狙って〈濡れ手拭い〉がモップの先に巻きついた。


「あ。」

「もうちょこまか逃げられないぜ」


 ヒュウガの言葉に、しかしセイギはにんまり笑い、次の瞬間高々と飛びあがった。

 カズサの頭上までヒラリと軽く到達するとモップの先をカズサの肩に突き立てる。それを軸に身を捻りヒュウガを蹴りつけ怯んだ隙に〈濡れ手拭い〉を振り解いた。その間五秒と経っていない。


「うわっ!」

「ひぇっ……」


 三人は通路の真ん中で戦っている。後から来た通行人達は最初邪魔そうな顔をして彼らを見ていたが、変身もしていないセイギのハイジャンプを見ると皆一斉に驚嘆の声を挙げた。


『おお〜〜〜。』


 葵達三人も10点満点の拍手を送る。


「と……飛んだ〜〜〜!! 飛んだよ今ぁ!!」


 やっぱ人間じゃあないとばかりに騒ぎ出すカズサ。


「慌てるな! 壁を蹴って飛び上がっただけだ!」


 まともに怯えるカズサを一喝してから、ヒュウガは周りへと視線を移動させた。このままだとどうにも、形勢が悪くなる一方な気がする。第一既にこんなに人が集まりだしているのだ。ここは別の手を考え直したほうがよさそうだった。

 その時一つの考えが頭をよぎり、ヒュウガは一瞬仮面の奥の目を光らせた。


「チッ、メンドくせぇ。……今日はここまでだ。また出直してやる」


 そう言うとあっさりと手近な窓から跳び去っていく。


「あっちょっと待って!」


 それを見たカズサも飛び退いて〈ハリセン〉を回収すると窓枠に足を掛け、去り際悔しそうにキッ! とセイギを睨みつけた。

 しかし一度何かを言いかけて口をつぐむと、結局代わりの言葉を投げかけた。


「これで勝ったと思うな!」


 逃げていく二人を満足そうに眺めながら、モップをくるりと手馴れた感じに一回転させて肩に担ぐセイギ。


「にゃはははは。俺の勝ちぃ」


 振り返って葵達にピースサインを送る。

 辺りの人だかりは戦闘の終了を判断すると、善戦をしたセイギに一言二言声をかけてから思い思いに散っていった。周囲にはセイギと葵達だけが残る。

 あかねが近づいていき、セイギの肩を拳で叩いた。


「なんだ。強いんじゃん」

「おう、あかねっ」


 気分よく答えてから、セイギはふと気が付いて決まり悪そうにする。


「……えと、先輩?」

「あかねでいいよ」


 ニコリと笑ってあかねが言った。


「アタシは、強い男は好きなんだ」


 その後ろの二人もにっこり笑って、


「じゃ、わたしは葵で」

「私の事はアサギと」


 続々とセイギを追い越し廊下を進んでいく。


「さ、邪魔者も居なくなったし、学務室に向かおうじゃん?」


 意気揚々と歩いていく三人の後ろ姿を見て、セイギも口元をほころばせるのであった。


◇◇◇


「そんな、どうしてダメなんですか!」


 学務主事、聖徳子の言葉に葵は思わず声を張り上げていた。


「ですから、生徒の情報はどんな些細なものでも教える事は出来ません」


 少々丸みのある身体をカタいスーツで固めた徳子は、学園一の堅物で知られている。といっても普段はそこまで冷たい態度をとる人ではないのだが、今日はやけに対応が突き離し気味だ。


「だって、こいつ本人の情報ですよ?」


 あかねが座っているセイギの肩に手を置く。葵達はセイギの周りを取り囲むようにして立っていた。その中で徳子は神経質そうに、目の前で一人ぽかんと座っているセイギを眺める。


「確かに入学時の写真と比較して調べることはできますが、あなたはこの生徒が本物であると、確信を持って言えるのですか?」

「はぁ?」


 意味の読み取れない質問を投げかける徳子に片眉を吊り上げるあかね。代わりにアサギが前に進み出る。


「姿かたちを本人に見立てた偽者だ……そういう可能性もあると言うのですね?」

「そういう事です。もしかしたらこの生徒そっくりの誰かの情報を、本人に成りすまして悪用しようとしているのかもしれません。もちろん、あなた達がグルだと言っているのではなく、もしかしたら騙されているのではないかと私は危惧しているのです。……どうなのですか?」


 最後の質問はセイギに投げかけられたものだ。

 徳子から再び向けられる厳しい視線にぱちくりと瞬きをするセイギ。


「なにが?」


 自分が疑われているという事をまったく理解していないようだ。そんな拍子抜けな反応にも徳子は怯むことなく、まあいいでしょうと言って続けた。


「とにかくこの生徒がどうしても自分の事を知りたいと言い張るのなら、確かめる術が無いこともありませんが……」

「本当ですか!?」

「簡単な事です。退学なさい」

 徳子がさらりと言ってのけたその言葉に、葵は返事を詰まらせた。

「退学する時はさすがにいなくなる生徒の事をこちらで確認します。それはもう厳重に。変装していようが変身していようが誤魔化されることはありません。もしくは“一般科”に編入してみることですね」


 徳子は簡単に言ってみせたが、一度“一般科”に行った者が再び他の学科に編入するには、年にたった一度の試験に合格するしかない。その合格者すら毎年二割以下しかいないと言われているのだ。

 あまりの事にセイギの周りの三人は押し黙り、そっとセイギに視線を集めた。

 徳子もまっすぐにセイギを見つめる。


「それでもいいと言うのなら、今すぐその生徒を保護いたしましょう」


 あかねは目一杯渋い顔を作り、さすがのアサギも不安な表情をし、葵は小さく嘆息して、セイギはちょっと首を傾げてみせたのだった。


「じゃあやっぱりいいや。どうもお邪魔しました」


 言うが早いか席を立ち上がる。それを見てやはりとでも言うように微笑する徳子。


「そんな事をして、正体がバレた上に退学なんて事になったら大変ですからね。まああなたの好きなようになさい。さあ、用件はそれだけですか?」

「……ええ、失礼しました」


 葵の表情はまだ少し固いままだったが、きりっと姿勢を直し、丁寧に礼をする。扉が閉るまでの間、徳子は厳しい視線のままそれを見つめ続けた。

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