六番勝負
~銭形家 VS アキンスー一味~
普通だと 思う我が家の変なトコ①
とある日の放課後。
「う〜むむむむむ……」
セイジは己の椅子に深く腰を下ろしながら、机の上に置いてある紙切れをただ睨み続けていた。
「むむむう〜むむむむ……」
この状態でかれこれ5分は経っている。
「うぅ〜〜むむむむむ……!」
「いつまでにらめっこしてるつもりだお前は!」
向かいに座った悠馬が丸めたノートで容赦なくセイジの頭を引っぱたく。
「一問解くのに何分かかってんだよ、全く。これじゃいつまでたっても宿題終わんないじゃねぇか。ど〜してこんな問題くらいパパッと解けねぇかなぁ。あ〜ほら、らんも! そこがおかしいんだよ、そこが。解の公式なんて中学の時に習ってんだろ? だからその数字をそこに入れるなって。そんなんじゃこれからの学園生活生きていけないぜ?」
セイジの隣で同じく数学の宿題を前に苦戦しているらん丸は、目の前で繰り広げられる悠馬のスパルタ教師ぶりに少々引きつった笑みを浮かべた。煮詰まる二人に対し、先程からの悠馬の声は非常に楽しそうだ。
「だああ〜! やかましい! 因数分解の中にxとyの両方入っているのがいけないのだ!」
短髪を掻きむしりながら低く呻るセイジ。すっかり陰気になったらん丸が非難の視線を悠馬に向ける。
「……はぁ……悠馬は良いよね……宿題なんてすぐに終わるから。おれ悠馬がそんなに頭良いなんて知らなかったよ」
「まぁね。自慢だけど入学試験の筆記問題ではオレ10位以内に入ってんだぜ」
「10!? 720人中10位内!? “科学科”志望の生徒だっているのに!? うっそお!?」
らん丸の反応を見て悠馬は得意気にきらりと白い歯を見せて笑った。
「オレってばぢつはとっても優等生なんだったりして☆」
「おぬしの自慢話などどうでもよい! 悠馬、これの答えはなんなのだ! いい加減教えろ!」
セイジが噛み付かんばかりに身を乗り出す。
先程自分から、しょうがねえオレが一から教えてやるよ、と名乗り出た悠馬はにぃ、と満面意地の悪い笑みを浮かべ、
「それを教えちゃ意味が無いだろ? 自分で考えな、自分で」
けろりと言い放つのだった。
「〜〜〜〜っ。」
悠馬を恨めしげに睨んでから、セイジは鼻息荒く息をつくと腕を組んで一人で考え始める。そしてしばしの沈黙の後、
「…………よし、x=12,y=6だ。決定!」
「決定って……リーダぁ途中式は?」
「そんなもの知らん! 俺さまの勘だ!」
らん丸が一瞬ぽかんとし、悠馬が喉の奥で小さく呻いた。
「お前なぁっ。ふつー勘でこんな具体的な数字が出るか!? っていうかここまで出るんだったら間の式くらい解けるだろーよ! 式はこう、こうだって!!」
やけくそのように悠馬がすらすらと殴り書きした式をらん丸が横から覗き込む。
「お〜…ってこれ、もしかしてリーダぁの答え、正解なんじゃない?」
「なぁ〜っはっは! 俺さまの勘に狂いはないのだぁ!」
セイジが腰に手を当て得意そうに高笑いした。
「だから途中式がないと意味が無いんだっつの! どんな勘だよ!? 野生動物でもこんな勘持ってねぇぞ!!」
「第七感だ」
「増やすな!! ……お前もしかしてこないだの数学のテスト全部途中式無しで書いたのか? ……そりゃ点もらえねぇわ……」
「なはははは、点をもらえないどころかカンニングの疑いまでかけられたぞ!」
「笑えない笑えない」
「リーダぁ、よくこの学校入れたね〜」
「……らん丸、おぬし俺さまを馬鹿にしておるのか!」
「いたたっ、そうじゃなくて! おれでも筆記試験結構滑り込みだったんだよ。リーダぁおれよりも期末テストの成績悪かったでしょ?」
「フッ。俺さまとて、入試では100位以内に入っていたのだぞ!!」
「ええ〜〜っ。うっそだぁ!!」
「事実だ!」
うたぐった視線を向けるらん丸の横で、悠馬は手の中に顔を沈み込ませながら深く息をついた。過去の事を思い出し頭痛でもしているかのようだ。
「……こいつな、マークシートのほぼ全部、勘で埋めやがったんだ……」
「……そ……それアリ!?」
「アリだ! あくひろ学園は、“運も実力のうち”をモットーとしている!」
セイジが豪語する。屁理屈のようだがこれはあくひろ学園の生徒手帳にもきちんと書かれている事項である。更には教室の正面上部にも、『知力、体力、時の運』と書かれた額がまるで学級目標の如く飾られている。
「リーダぁ、やっぱ人間じゃなかったんだ……!」
らん丸のキラキラした視線がセイジに降り注いだ。
「フッ……。褒めるな」
「……・嬉しいのか、それが……・」
悠馬がげんなりと呟く。悠馬はそれを知った時感心するより驚くより、むしろあきれ果てたものだ。
そんなこんなで三人がいつもの様にやかましく騒いでいた時、教室のドアがガラガラと音を立てた。
三人が目を向けた先で教室に入ってきたのは、涼しげな夏服に身を包んだ1年“は組”の学級委員、ゆかりだった。教室に電気がついていたため、誰かいるのかと気になったようだ。
「あらあなた達、まだ残ってたの?」
「あーっ! そうだ教科書持ってくるの忘れてた!」
以前女子寮で彼女と接触していたらん丸は、すかさずゆかりから離れ、窓際にある自分の机に教科書を取りに行くフリをした。ここのところらん丸は、ゆかりにずっと同じような対応をしている。先程まできちんと机に置いてあったはずの教科書はいつの間にかどこかへと消えていた。見事な手際である。
ゆかりの言葉に、セイジは不機嫌そうに呻いた。
「好きで居残っているわけではないわ! 悠馬の奴が人の答えにいちいち難癖をつけてくるのだ!」
それを聞くなりゆかりの眼鏡が優等生らしくきらりと光を反射した。
「悠馬君、あなたも学級委員ならちょっとは真面目に教えてあげなさいよ。どうせ数学も得意なんでしょ?」
揺れるおさげを肩の後ろに跳ねのけながら、つかつかと音高く歩み寄ってくる。近づくゆかりを慌てて片手で制し、悠馬は曖昧に笑った。
「はは……そういやオレ学級委員だったっけ? いやすっかり忘れてたぜ……」
「しっかりしてよね、全く。あなたそんな適当な性格なのに、頭は良いらしいじゃない」
つんとあごをナナメに向けて、ゆかりは少しだけ眉をひそめ、続ける。
「まるでインテリやくざみたいだわ」
「おっ……オレが、インテリやくざ!?」
悠馬が思わず素っ頓狂な声を挙げた時、
「ぷは―――――っっ!!」
「だひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
らん丸とセイジが同時に吹き出した。らん丸は机に手をかけ体をくの字に曲げてひ~ひ~言い、セイジは椅子の上でのけぞって大爆笑しているうちに椅子ごと後ろにひっくり返った。
「ゆ……悠馬がインテリやくざ……インテリ……やくざ……!」
目に涙をにじませて笑いを噛みしめるらん丸に渋い表情をする悠馬。ただでさえ余り物でなった学級委員だ。ここまで大笑いされて面白い訳が無い。
ふいとそっぽを向くと殊更大きな声でゆかりに喋りかけた。
「そ~いやこないだ女子寮に痴漢が出たらしいなぁ。犯人は見つかったのかぁ?」
ひくっ! ……と奇妙なしゃっくりを挙げて、らん丸の体が硬直した。全身にダラダラと嫌な汗が流れはじめる。しかし幸いなことにゆかりはそんな変化には気が付いていないようだ。
「よく知ってるわね?」
「結構噂になってたからな」
「あの後“戦闘科”の先輩方中心で草の根掻き分けて捜索したんだけど、どうしても捕まらなかったわ。どこかに潜んでたら絶対にミンチにされてたはずだから、とっくに逃げたのかしら」
「ほぉ~う、ミンチねぇ~」
悠馬は納得したように大きく頷く。
その時、顔を青くしているらん丸に、ゆかりが思い出したように話しかけた。
「そういえば、毛利君。あなた、この学園に兄弟でもいる?」
「へっ?」
「いえ、ちょうどその日にね、なんとなく毛利君に似てる女子生徒に会ったのよ。なにか関係があるのか聞こうと思ったら走ってどこかに行っちゃったんだけど」
「え……いや……その……えっと……」
焦ってどもり出す怪しさ抜群のらん丸に、仕方なく、セイジと悠馬は代わりに答えてやった。
「こいつには兄弟なんていないぜ」
「他人の空似ではないか?」
ゆかりがいぶかしげに眉をひそめる。
「そうなのかしら。でも……」
「そんな事より悠馬。のどが渇かんか」
すかさずセイジがそんな事を聞き、悠馬が渋い顔でセイジを睨み付ける。
「人の事散々笑うからだろ? まったく。下でジュースでも買って来たらどうだ?」
そうしていつまでも窓際でぼけっとしているらん丸に目配せをする悠馬。
「…………ああっ! はいはい、おれが行ってきま~す!」
二人の言わんとする事をやっと理解したらん丸は器用にゆかりに背を向けながら、ゆかりが入ってきた方とは逆のドアに移動していった。
「では、らん丸。いつものブツ、頼んだぞ」
セイジと悠馬がそれぞれ小銭を投げてよこし、それをらん丸が器用にキャッチした。
「あ~いあいさ~!」
適当な掛け声を放ってから、廊下に出ると共に駆け出すらん丸。
バタバタと逃げる様に遠ざかる足音は完全に無視して、悠馬は改めてゆかりに顔を向けた。
「なんだってまた、その女子生徒をらんの兄弟だと思ったんだ?」
まさか、あいつなんかどじ踏んだんじゃないだろーな、などと内心思いつつ聞く悠馬。うっかり顔を見られたり、何か口を滑らせていたりなど、らん丸ならばありえそうなことだ。
その質問に、ゆかりは少しだけ視線を泳がせながら考え込んだ。
「強いて言うなら……ああいう雰囲気というか……」
ゆかりの答えにセイジがフンと鼻を鳴らす。
「あの程度の天然物ならばそこらへんを掘り出せばいくらでも出てくるだろう」
「ははっ。あの性格で女の子だったら可愛いが、男だと情けねぇだけだよなぁ。今度その女の子探してみよっかな~、オレ」
「…………そう……ね、あれくらいどこにでも、……いるのかしら?」
二人にうまいことすかされて、何となくながらも納得するゆかり。泳がせていた視線をパッと落として腕時計を見るや、いつものきりりとした表情へと戻った。
「じゃあ私はもう行くけど……悠馬君、ちゃんと数学教えてあげなさいね!」
ビッ! と悠馬の鼻先に指を突きつけて、ゆかりは入ってきた時同様、姿勢良く教室を出て行った。
「はいはい、承りました……と」
ひらひらと投げやりに手を振ってゆかりがいなくなったのを確認してから、悠馬はほぅ、と、安堵のため息をついた。
「……おぬしでも、あのような女子は苦手なようだな」
セイジが冷やかすようにフフン、と鼻で笑う。
「苦手、とゆーか……自分のペースに乗せられないから、ちょっとやりづらいな……」
どこかウンザリと呟く悠馬。調子が崩れるといえば、あの浅葱に関してもそうだ。いまいち考えていることが分からない。
「そんなことよりほら、早く次の問題書き上げてくれよ」
悠馬がせかすと、セイジはしばし紙切れを眺め、
「う~むむむむむ……!」
ふりだしに戻るのであった。悠馬は諦めて椅子の背もたれに頬杖をつく。
すっかり忘れていたが、そういえばこのセイジもよく分からない人間の一人であった。中学校の頃から腰には常に青い十手を差してきて、しょっちゅう先生に怒られていたのを思い出す。言動も普通ではないし校内でもひときわ異彩を放っていた。そんなセイジが一体自分の何を気に入ったのか、たまたま同じだった中学校からずるずるとこの学園にまで引きずり込まれ、今に至る。
「なあセイジ、お前が中学ん時いっつも持ってきてた十手って、あの〈青十手〉か?」
悠馬が尋ねると、セイジはもともと動かしていなかった鉛筆を机に放り投げて胸の前で腕を組んだ。
「その通りだ。あれだけは使い慣れた所為か、肌身離さず持っていないと落ち着かなくてな。昔の修業は常に〈青十手〉の『
物騒な事をしみじみと呟くセイジ。
「けど〈赤十手〉は前は持ってなかったよな」
「うむ。俺さまの持っている〈十手〉は親父殿と爺上それぞれの十手の力を受け継いでいる。親父殿の力を受け継いだ〈青十手〉はともかく、爺上の力を受け継いだ〈赤十手〉は危険なので、学園に入るまでは外で扱わせてくれなかったからな。家で触れる事も少なかった」
〈赤十手〉は『
「へぇ、じゃあ二刀流は高校入ってからなのか」
いきなり戦い方を変えた割には、ヤマトは今までよく戦っていた。以前『鬼夜叉』の五人囃子・ネッカが指摘した通りまだまだ完成度は低いが、それでも周りの同じレベルの奴等と比べればその強さは群を抜いている。
そんな話をしている間に、またパタパタという足音が聞こえてきた。
どうやら、らん丸が帰ってきたようだ。
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