リメタイル その秘密を守り切れ③
ヴぉお〜〜ぉお〜……・
腹の底に響く重低音が辺りの木々をざわつかせる。
その余韻が林の奥に消えてわずかの後、林の奥から声が響いてきた。
『呼んだか、ジョウテキ〜!』
ザザザザザッ
現われたのは、四つの影だった。その大半が〈怪人〉のようである。それぞれが鎧の男の横に並ぶと、鎧の男が真っ先に声を張り上げた。
「我等こそ『鬼夜叉』が腹心、五人囃子のジョウテキ!」
「……ネッカ……」
「キヅツ!」
「オオコッ」
「ダイドン!!」
鎧の男……もとい、五人囃子のジョウテキがばさりと重そうな外套を翻し、腰の鞘から剣を取り出した。己の身長の三分の二程もある〈大剣〉だ。
突如ジョウテキはヤマトとの間合いを詰め〈大剣〉を横薙ぎに振り払う。余計な前振りは一切無しの突然の攻撃だった。
っぎぎぃぃん!
その一撃をすかさずヤマトの〈青十手〉が喰い止めた。
「――ほぅ……っ!?」
意外な手応えにジョウテキが驚嘆の声を挙げ、対してヤマトは〈十手〉の向こう側からそんなジョウテキを鋭く睨みつける。
「良いかちょんまげ。一つだけ言っておく。……俺さま、今とてつもなく虫の居所が悪いのだぁっ!!」
吼えて〈青十手〉で〈大剣〉を押し戻す。その勢いのまま更に踏み込み〈赤十手〉を振り上げるが、わずか掠っただけで避けられてしまう。
そこに、手が四本生えた〈怪人〉二体が飛びかかった。キヅツとオオコだ。外見で区別をするならば黒々とした長い尻尾の、有る方と無い方。四本の手全てに〈刀〉が握られており、文字通り八方からの攻撃がヤマトに繰り出される。
「でりゃあ!!」
しかしヤマトはその刃を跳び越えると空中で開脚して彼等の頭部に蹴りを入れた。
ジョウテキが嬉々として叫ぶ。
「中々やりおるわ! 聞いた事のない名ゆえどれほどの弱小組織かと思っていたが、貴様相当実践を積んでいるものと見た!」
実際、セイジの基礎戦闘レベルは他の生徒よりずば抜けて高い。体力、身のこなしだけ見ても他の生徒の一段階上を行く。家柄、小さい頃から修行を積んできていたのだろう。己の武器の使い方もよく心得ていた。
しかし敵の方も自ら腹心と名乗るだけあって、一度や二度の攻撃では効いていないも同然のようだ。二人はヤマトの攻撃と同時に力の流れのままに後ろに飛び退いた。もとよりただの様子見であったようだ。
「俺さまの〈十手〉に〈刀〉で挑もうとはいい度胸だ!」
ヤマトがニヤリと口の端を引き上げる。元々、十手とは江戸時代、対刀用として作られた道具なのだ。
するとその言葉に答え、相対していた〈怪人〉の一人が口を開いた。
「そちらこそ、刃物に布切れで対抗しようとは大した度胸よ」
どうやらヒュウガの事を言っているようである。
いきなり話題に引き出されたヒュウガは一度きょとんと目をしばたたかせ、手にしていた破れていない方の〈濡れ手拭い〉を持ち上げてひょいと肩をすくめてみせた。
「なんだかやたらと木に引っかかって破けてるけど、基本的に棒状のものには強いんで、心配御無用」
ジョウテキは最初の攻撃以降は後ろに引き、様子を窺っている。この五人の中でも格別偉い位置にいるようだ。ジョウテキが外套を翻しヒュウガを指し示した。
「かかれ! ダイドン! ネッカ!」
『おう!!』
背中に二本の〈長剣〉を背負った八頭身の細身な戦士と、抜き身の〈大刀〉を両手にぶら下げた2メートルは越そうかという大男が名乗り出る。
「二刀流……ネッカ……」
中々の渋い声でぽつりと言いつつ、ネッカは背中から交差させて背負っている二本の〈長剣〉を取り出した。その表情には何処か陰りがあり、不気味な程静かな空気を漂わせている。やたらとゴテゴテしたデザインの〈長剣〉は、刀身に当たる光を紫色に照り返していた。
「三刀流、ダイドン!!」
ダイドンも割れ鐘のような怒鳴り声を挙げる。僧兵のような身なりのその首元には、直径10センチはあろうかという程の茶色い玉が数珠繋ぎになっている。その手にある〈大剣〉もずいぶん奇抜なデザインだ。持ちづらそうな事この上ない。
「……三刀流?」
ヒュウガが疑問の声を挙げた時、ダイドンの首からずるりと数珠が滑り落ちた。数珠だと思っていたそれは、首の付け根から生えたサソリの尻尾のような触手だった。その触手の先がまるで刀のような形状となっている。
「………………………。」
ピクリと口の端を痙攣させて数歩後ろに身を引くヒュウガ。その目は口に変わって精一杯「趣味、悪ぅ〜!」と叫んでいる。
「ガハハハ、恐ろしいか!」
「気味悪がって……いるのでは……ないか?」
ネッカがぼそぼそと呟いた。声が低いだけに聞き取りづらいことこのうえない。
「なにぃぃ!!」
それをしっかりと聞き咎めたダイドンは顔を真っ赤にしてヒュウガに怒りの視線を向ける。
「ワレが気味悪いというのかぁぁ!!?」
「えっ?! ……い……いや……」
思ってはいたけど口にしたわけではないのだから自分が怒られるのは筋違いな気がする。しかしなんだかよく分からないが、相手を刺激してしまった事は確からしい。相手の殺気は先程よりも数段に膨れ上がっていた。
「むぅ……許せんぞ!! ネッカ! この男はワレが捻りつぶす! 手出しは無用なり!!」
そう言ってダイドンは尻尾モドキをぶんぶか振り回した。
「そうか……では」
ネッカは小さく頷くとつま先をヤマトの方に向け、くるりと体を方向転換させる。
「……拙者はこちらの相手をしよう」
「おいこらヒュウガ、何をしている! こっちに一人増えたではないか!!」
「悪ぃ! カズサが来たら手伝ってもらえ!」
ヤマトが抗議の声を挙げた時には既にヒュウガとダイドンは戦闘に突入している。どうやらこれ以上の会話は無理なようだ。仕方なしにヤマトは一人ぶちぶちと文句を垂れた。
「まったく! カズサはどこをほっつき歩いておるのだ……!」
そろそろUターンして戻ってきてもいい頃だが、それらしい姿はまだ何処にも見えない。
晴れ渡った空に青々と茂る木々の葉。風景的にはどうにも争い事に向かない平和そのものなのだが、辺りには鳥のさえずりさえ響かない。聞こえるのはヒュウガとダイドンの戦闘音くらいのものだ。小川の近くでやっているのか、バシャバシャと水を跳ねる音がする。
「いつまでもあんな奴待っていても仕方が無い。こちらから行くぞ!」
チィッ、と舌打ちをしてぼやいてから、ヤマトはネッカに飛び掛かった。連続で突きを繰り出すが全て防がれる。高い金属音が響き、切り結ぶたびに周囲に紫色の波紋が広がった。毒でも発生していそうな怪しい色をしているが、これは単に、戦闘における視覚的効果が施されているだけである。
「そなたも二刀流……か」
ネッカが細い目の奥をきらりと光らせた。
「……よく修行しているようだが、そなたの技は大雑把で無駄が大きく……単調だ……」
するすると身をかわしながらぼそぼそと指摘するネッカ。当然ヤマトは怒り出すかと思いきや、かまわず〈赤十手〉を振り上げる。再びネッカが体を捻りかわそうとしたその時、ヤマトの手が〈赤十手〉の柄(え)から離れた。
「何……っ!?」
勢い良く飛びだす〈赤十手〉の飾り紐をすかさず掴むとヤマトはそのまま袈裟懸(けさがけ)に振り下ろす。〈赤十手〉の攻撃範囲を広げたのだ。
範囲外へと逃げたつもりだったネッカにその一撃は避けきれず、まともに胸部に命中した。
「……ぐっ……!」
「―解禁―
ヤマトが叫ぶ。〈赤十手〉の棒先が地面すれすれを弧を描くように横切り、再びネッカ目掛けて振り上げられた。
バヂッ、バヂィッ!
攻撃の反動にネッカの体が大きく
どうでも良いが、一度や二度の攻撃で火花の出る戦闘服というものに危険性は無いのだろうか、甚だ疑問である。
「不意を付くとは…………卑怯な……っ!」
ネッカが慌てて大きく距離をとった。ヤマトは飾り紐を握ったまま〈赤十手〉を左手で回している。〈十手〉がひゅんひゅんと風を切る音が断続的に耳に届く。よく見ると、なぜか〈赤十手〉が二倍程大きくなっているように思えた。
ニヤリと笑みを浮かべるヤマト。
「不意打ちではない。おぬしがただ俺さまの武器の性能を見誤っていただけであろう」
「くっ……」
ネッカの視線が一瞬ヤマトの後ろへと泳ぐ。それを見てヤマトはすかさず後方に意識を向け、〈赤十手〉を持った左手を一閃させた。
ぎききききぃん!
後ろから忍び寄ったキヅツとオオコの攻撃を跳ね飛ばしてヤマトは左に跳んだ。それまでヤマトのいた周囲の土草が、振り下ろされた〈刀〉の衝撃に跳ね上がる。キヅツとオオコは逃げるヤマトに追いすがると横から行く手を阻み、ヤマトを挟んで対峙した。
「ギェィッ!」
掛け声一下、一気にヤマトとの距離を詰め、八方からの攻撃に転じる。
「その技は効かんわ!!」
ヤマトが再び跳び上がり攻撃を回避した、その時。
突如現われた黒い物体がヤマトの胴を薙ぎ払った。咄嗟に腕で顔を庇いながらも地面に叩きつけられるヤマト。
「クククク………………我が五刀流の恐ろしさ、思い知ったか」
四つある肩を揺らして笑いを漏らすオオコ。その長い尻尾の半分より先がカチコチに固まり、鋭く光っている。その形は確かに、刀に見えなくもない。
「今度こそ、貴様に逃げ場はないのだ!」
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