四番勝負
〜赤虎 VS 五人囃子〜
リメタイル その秘密を守り切れ①
「ぶわははは!! それでおぬし、パンツ一丁でいる姿を見られたのか!!」
セイジは腹を抱えながら畳をバシバシと叩きまくり転げ回った。そこには遠慮というものはまるでない。
帰って早々自分の服に着替えを済ませたらん丸が腕を振って反論する。
「だからパンツ一丁じゃないんだってば!」
「じゃあなんだ? トランクス一丁かあ? うひひひひ、腹いてぇ〜〜〜!!」
「悠馬わざと言ってるでしょ?! 人が苦労して作戦遂行してきたってのに!!」
「そ〜かそ〜か、じゃあしっかり任務を果たしてきたらん丸隊員に改めて聞くぞ」
ニヤニヤ笑いながら悠馬が言いだした。ゴホンと咳をひとつすると真面目ぶって聞いてくる。
「我等が宿敵ナディアのクラスは何組だったんだ?」
「う……っ!?」
「入っている組織は聞き出してこれたんだろ〜な? 規模は? 編成は?」
「うぅ……っ!?」
「部屋番号くらいは、もちろん覚えているんだよなぁ?」
「うああ〜〜〜!!? ごめんなさいぃ〜〜〜!! すっかり聞いてくるの忘れてたぁ!! えっ!? 部屋番号!? いくつだっけ??? なにせ適当に駆け込んだ先だったもんだから……」
セイジがうろたえだすらん丸の肩に腕をまわしてきた。
「フン。まあ、おぬしが奴等の部屋に潜りこめただけでも上出来だろう。偶然とはいえな」
「全く収穫がなかったわけじゃねぇしな」
悠馬も背中をぽんぽんと叩く。この二人、けしかけたくせにらん丸の事を全く信用していなかったらしい。
「……収穫?」
「そうだ」
ひとしきり笑い倒して気がすんだのか、改めてあぐらを掻き直すセイジ。
半分開けられた障子の隙間から虫の音が夕風と共に流れ込んでくる。今三人は、先程の部屋ではなく客間の一つにいた。頭上に『正義一徹』と書かれた額と立派な槍が飾られている部屋である。
「おぬしの話を聞いていると、幸い奴らはリメタイルの存在を知らないようだ」
「うん」
「これは情報としては大きいぜ。てっきり知ってて返そうとしないと思ってたんだが……」
「葵さん達、おれ達が〈
「フッ。まだまだだな、らん丸よ。……それが悪の美学というものなのだ……」
「あ……あくのびがく……!」
悪の美学、という言葉の響きに目を輝かせるらん丸。悠馬は二人のやり取りを完全無視して話を続ける。
「リメタイルの情報をあの三人が知らないとなると、こっちが無闇やたらと囃したてて勘付かれるのもまずいな。今は勝手にリメタイルのパワーが発動しているだけだが、このパワーを完全制御されて使われた日にゃあ、あれがオレ達の手に戻ってくるなんて事はまずなくなるだろ」
「そうはいうがな悠馬」
セイジが腕を組んで眉をひそめる。
「囃したてるも何も、わざわざ敵の前でリメタイルがどういうものなのか話したりする奴など、いるわけないだろう?」
「でもいつ向こうがリメタイルの存在を知るとも限らない。もしかしたら、オレ達があの三人とリメタイルの事で騒いでいるのを他の組織が聞き咎めるかもしれない。『リメタイル』なんて言葉自体を容易に口にするべきじゃないと思うんだよ」
「フム。つまり、これからは『リメタイル』という言葉を出さずに奴等と戦り合えばいいわけだな」
大いに納得するセイジに悠馬は信用のなさそうな視線を向けた。
「セイジ、お前そんな事ちゃんとできんのか〜?」
「フン。うっかり口を滑らせるなぞとたわけた事、この俺さまがするわけなかろう!」
セイジの言葉に、先程うっかりリメタイルの事で口を滑らせかけてしまったらん丸が人知れず顔を青くしている。
悠馬は立ち上がると、部屋の机から紙とペンを取り出して丸の中に『あかね』と書きわっかに貼り付けて頭に被った。腰に手を当てセイジに呆れた視線を送るとあかねの口調を真似て喋り出だす。
「まぁ〜た来たのか? ヤマトさんよぉ」
セイジもガバッと立ち上がり声を張り上げる。
「なぁ〜ははは! 今日こそ貴様を倒してやるぞ“一般”人め!」
「そ〜いやあんた最近あのバッジの事言わないな。なんだっけ、何とかタイル……『クロコダイル』だっけ?」
「『リメタイル』だ馬鹿者ぉ!!」
ビシィと指を突きつけて怒鳴ってから、セイジははたと動きを止める。
「の゛ぉぉぉぉぉ!! しまったあぁぁぁぁぁ!!!」
頭からわっかを外した悠馬がにやけながらやれやれと肩をすくめてみせた。
二人のおふざけを見ながら、首を捻るらん丸。
「そういえば、リメタイルってずっと昔から言い伝えられてる有名なアイテムだったんでしょ? それがどうして、今では葵さん達みたいな二年生にも知らない人が多いんだろ」
「なんかここ20年程、学園史上から姿を消してたみたいだぜ」
「消えてた? なんで??」
「…………それはだな」
首をかしげる悠馬に代わって、頭を抱えて落ち込んでいたセイジが早くも立ち直り、瞳の奥をきらりと光らせた。
「過去に親父殿もこのあくひろ学園に通い、騒乱の末リメタイルを手にしたのだが…………家に持ち帰ってそのまま忘れていたらしい。それをこの間見つけて俺さまにくれたのだ」
「おい!! まずいだろそれ! 正義の味方が悪者息子に気軽にあげていいもんじゃねーだろそれ!!」
その言葉にセイジは苦々しげに顔をしかめ、
「爺上が親父殿に同じ事を指摘し、じゃあ公平にジャンケンでいくか〜、ということで……」
「それ!? もしかしてそれがあの『集え悪者!連合組合』のジャンケン大会なの!!?」
「だからなんで〈
「親父殿の事だ。どうせまた、そのほうが楽しいからとかいう理由だろう」
「そんな事ないぞ」
突然、会話の中に新しい声が割り込んできた。全員がはっと息を呑み、視線を庭の方へと向けた。
開け放たれた障子の先に、いつの間にやってきたのか中庭から渡り廊下に身を持たせかけ、こちらを窺う一人の男の姿があった。群青色の着流しに身を包み、気の良さそうな顔立ちに今は真剣な表情を貼り付けている。
「親父殿!!」
思わず飛び退るセイジ。ってことは……と、らん丸は考えた。
――この人がリーダぁの父親っていうあの、おおらかで茶目っ気があって友好的で、ええっとあとなんだっけ??
確かに悠馬の言う通り、髪の色といい目の形といいいちいちセイジにそっくりだ。高校生の子を持つ親だとはとても思えないほど見た目が若い。
「強い者が更に力で力を呼び権威を振るい、弱者や新参者が中々入り込むことの出来ないこの近年のあくひろ事情に、あえてここはジャンケンという公平な手段で全員にチャンスを与えてやろうとだなぁ」
「親父さん……。だからどうしてそこでそれを《ギルティ》にあげちゃうんですか……」
呆れ気味に呟く悠馬の問いに、セイジの父・銭形数斗は頭をかきながらははは、と快活に笑ったのだった。
「いやあ、少しでも父親の威厳を守りたいなら聞かれた時そうとでも言っておけとマチコに言われてなあ」
言いながら、何かに気付きふと横に視線をずらす数斗。その時再び新しい声が飛んできた。
「わざわざそれを教えてどうする。だから君は馬鹿なんだ」
向こうから廊下を歩いてきたのは、1年“は組”の担任教師、小野マチコだった。
「今日はどうも騒がしいと思ったら、三馬鹿の二人も来ていたのか」
『小野先生!』
「マチコ!!」
ごんっ。
同時に声を上げた三馬鹿のうち、セイジに容赦ないゲンコツが振り下ろされた。
「〜〜〜うななな、なんでおぬしまで俺さまの家にいるのだマチコ……!」
ごんっ。
再びゲンコツを喰らい、畳に沈み込むセイジ。動かなくなったセイジの頭のてっぺんからはしゅうしゅうと熱そうな煙が上がっている。思わず数センチ身を引く悠馬とらん丸だったが、当の女教師はさほど気にしていない様子で数斗を振り返った。
「一体どういう教育をしてるんだ数斗。この馬鹿のせいで他の生徒にまでナメられたらどうしてくれる?」
「はっはっは。お前をなめるほど舌のイカレた奴なんざいねえや、安心しな」
数斗にはこの女教師の鋭いひと睨みも効かないようで、至って闊達としている。
「いやあ、久々にこっち戻ってきたもんだから、ちょいと家で一杯やろうと思ってな。しっかしセイジの奴、俺がただいまを言う前にノビちまいやがった」
実の息子が撃沈している前であっけらかんと言い放つ数斗。これは確かにただの人ではないと直感し、らん丸はごくりと唾を飲み込んだ。
女教師の方は数斗の性格を知り尽くしているのか、さして反応を示さずに残りの二人に向かって口を開いた。
「君達、今日はここに泊まっていくだろう?」
「えっ……」
「オレ達……?」
急に話を振られ、らん丸と悠馬は目を丸くする。女教師はすっかり暗くなった外へと目を向けた。
「この森の中を帰ることは難しいだろう、遭難するからな。明日、セイジのように遅刻するんじゃないぞ」
「先生も泊まってくんですか?」
「こんな変な家に泊まりこむのは御免だよ」
「じゃあ、あの裏の森通って帰るんですか」
「あんなケモノ道を通らなくても、正面玄関側の安全な道から今日中に帰るさ」
言ってから、まだ何か言いたそうな二人が口を開く前に手を振り上げて制止する。
「おっと、君達は駄目だ。生徒は外出届を出した者以外、学園の敷地の外には出てはいけないことになっているからね。といってもこの馬鹿の場合は特別なんだが。……数斗。君も昔、ここから通っていたな」
「ははは、多分俺の親父もそうだったぜ。うち代々あくひろ出身だし」
「そういうことだ。ここへ来るのまでは許してやるが、それ以外の場所へ行くことは許可しないからな。全校内雑巾掛けの刑が待っていると思いなさい」
あくひろ学園は超巨大校だ。その全てを雑巾掛けするとしたら半年やそこらではとても終わらない。悠馬とらん丸はぶるりと身を震わせた。
「そんじゃまあ、行くとするか。俺達は奥で飲んでっから、おまえら、楽しんでいけよ。台所にカレーが残ってるみたいだったから食べるといいぜ」
部屋の中のらん丸達ににっこり笑ってひらひらと手を振ると、廊下を渡っていく数斗。女教師もその後ろをついて行ってしまう。
数斗が消えていった先をしばらくぼーっと眺めてから、らん丸はポツリとつぶやいた。
「さ、さわやかだ……カッコいい〜〜〜」
目の中に憧れの星が溜まっている。とても影響されやすい性格のらん丸だ。
実際見るまでは性格のいいリーダぁってどんなだ、とか思っていたが、予想以上に……いや、予想を裏切った抜群のカッコよさだ。
「小野先生とリーダぁのお父さんって、どういう関係なんだろ」
「大方かつての同級生とかなんとかじゃねぇの? ……さすがに未来のお嫁さん候補って事はないだろ」
「ないね。あのやり取りの中で恋愛感情が芽生えてたら脅威だよ」
「まあでも、並んで立ってたらいい絵にはなるな」
「うん。二人とも存在感が違うよね」
数斗には何か、人を惹きつけるカリスマ性というものがある。セイジでは決して見ることの出来ない清々しい笑顔にらん丸がすっかり陶酔しきってはぅ、とため息をついた。
「まったく、親子でどうしてこうも性格が違うんだか」
あんな人柄も印象もいい人物の息子がギルティでヒーロー滅殺を豪語しているのだ。
「誰に似たんだ? 誰に」
悠馬はしきりと首を捻った。セイジとは中学の時からの縁だが、その時からすでにあれに近い性格である。始終しかめっ面のせいか女子が近づくことはあまりなかったが、なぜか男子からは面白い奴と慕われていた。
これも、一種のカリスマ性なのだろうか。
悠馬にしては、お前もそのカリスマに惹きつけられてついて来たんじゃないのかと聞かれるとどうも無理矢理引っ張り込まれた気がしてならないのだが、今ではあまり悪い気がしないのは確かだ。
「……やっぱ、似てんのかもな、この親子」
独り言のようにつぶやいたその後ろから小さい舌打ちの音が聞こえてきた。
振り向くと、いつの間にか気が付いたセイジが丁度畳から身を起こした所だった。
「……あの馬鹿親父め、帰って来るなら知らせを寄越せば良いものを……」
起きて早々そんな事を漏らす。その顔はいつにも増して不機嫌そうだ。
「バカオヤジ? リーダぁのお父さんが?」
「小野先生曰くセイジも合わせて二代馬鹿らしいぞ」
「黙れぃ! 親父殿は俺さまの宿敵だ!」
「なんで?! 親が!?」
「ぬぅ〜、思い出すだけで腹立たしい……いや、思い出したくもない!!」
肩を震わせて息巻くセイジに、顔を見合わせる悠馬とらん丸。
「何かあったの……?」
「さあ? なんか前から『親父殿はいつか俺さまが倒す!!』とか言ってたぜ、確か」
「親を!?」
「あの人、めちゃくちゃ強いんだよ。なんせ現役〈
「へぇぇぇ!!」
悪のたまごにもかかわらずらん丸が改めて尊敬に瞳を輝かせた時、セイジが天井に向かって吼えた。
「許せん! なんであんなバカ親父が、正義の味方なのだぁぁぁぁぁ!!」
「うわああ、リーダぁ! ちょっ、それ、絶対今の聞こえてるってちょっと!」
慌てるらん丸達をよそにセイジは拳を強く握り締め二人を振り返る。その瞳の奥にはごうごうと激しく燃えたぎる炎。
「良いかお前達! 全ては親父殿を倒すため! リメタイルを取り戻し、親父殿に必ずぎゃふんと言わせてやるぞ!!」
有無を言わせぬ迫力に、らん丸が圧倒される。
「よ……よく分かんないけど、お〜!」
なんだかんだで決意も新たに固まったようだ。
「……なんか目的すり替わってないかおい」
いつもの事だが悠馬の呟きなんて誰も聞いちゃいなかった。
◇◇◇
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