宇宙に笑えば

@dateyuuki

第1話 卵

鼻唄が宇宙に響く。


もちろん音声や音波ではなく電波になって、だが。


一人、狭く、圧迫され、閉鎖された宇宙作業用のポッドでの活動だ。


慣れたこととはいえそれなりに神経をすり減らしてしまう。


「ちょっとミツキ、それやめてよ。こっちの調子が悪くなるわ」


通信。


「悪かったね、癖なんだ」


相棒の抗議もどこ吹く風とミツキは流す。


「これをこうすれば…よし、終わった。ローザ戻ろう、腹ペコだ」


「まったく、あんたは…」


ローザはぶつぶつとなにか言いたげだったがはっきりとは口にしなかった。


しても無駄なことはよく知っているからだ。


作業用ポッドが短くエアをスラスターから噴射すると、六面ダイスに似たポッドが器用に方向を変える。


「ちよ、ちょっと待ってよ!」


ローザは置いていかれるものかと残業ポッドのスラスターを吹かせるが、操作を誤ったのかポッドはくるくると回転を始めてしまった。


「なにやってるんだよ、飯の時間時間に遅れるぜ?」


「あんたみたいなポッド馬鹿と一緒にしないでよ!そんなに早く操作できないって!」


「まったく、それでもハルトマン教室の生徒かよ?」


「うるさいわね、あんたが異常なのよ!」


「人を変態みたいにいうなよ」


ミツキはローザの言葉に反感を覚える。


「俺はただじいさんの膝の上でポッドの操縦を見てただけだって」


ミツキはもう一度スラスターを吹かせてローザ機に接近。


「ちよ、近い近い!」


「感覚で覚えるんだよ。スラスターの出力は一定なんだから吹かした分と同じだけ吹かせればちゃんと止まるよ。ローザはビビって動き始めに短く吹かせて止まるときに長く吹かせるからバランスを崩しやすいのさ」


ミツキ機の作業用アームがローザ機を掴む。


アームの動きは滑らかで、一瞬の停滞さえなかった。


ミツキ機が細かく多方向にスラスターを吹かせるとたちまちにローザ機はバランスを取り戻す。


「な?外で焦って動くと死んじまうぜ」


「…うるさいわね」


ローザはバツが悪そうに言う。


同期の二人は共に主席を争っていた。


総合的な評価は二人ともほぼ互角。


ミツキは実家がコロニー技師。


それこそ物心ついたときには回りに専門分野のエキスパート達がいたのだ。


彼らは幼いミツキに寝物語を聞かせるようにコロニー開発のノウハウを伝授した。


そしてミツキはそれらを余すことなく知識として身に付けていったのだ。


その点ローザはコロニー設計士の父を持ち、ミツキと同じように父から知識を与えられていた。


二人の違いは知識と経験を持つミツキと、知識だけを持つローザの違いだ。


「ついててやるからスラスター最大で吹かして、ゆっくり二秒数えて反対のスラスターをふかしてみなよ」


「………」


ミツキ機がローザ機からアームを解放して後退する。


「ちゃんとそこにいてよ?」


「はいはい」


ローザのスラスターから圧縮酸素が噴射されると機体はゆっくりと方向を変え始めた。


そのスピードは徐々にあがり、ミツキがローザの視界から消える。


「…1、…2!」


ミツキの言うとおりにエアを噴射し続けるとローザ機は相当な速さで回転していた。


「大丈夫、またゆっくり二秒数えて」


ローザはこれまで出したこともないようなスピードで回転する残業ポッドに恐怖を感じた。


もう何度もミツキが一瞬視界に入っては通りすぎただろう。


「1、…2!」


「な、ちゃんと大丈夫だったろ?」


ミツキをほぼ視界の中央に捉えて停止していた。


「慣れだよ、慣れ。お前は頭でっかちだからな。データ閲覧だけじゃわからないこともあるのさ」


「ふん、すぐに追い抜いてやるから覚悟しときなさいよ」


「やってみなよ、ぼやぼやしてると俺も学科で追い抜いてやるから」


『二人とも』


「はい教授」


ローザはすぐさま通信に反応した。


教授、と呼ばれた男性は音声のみの通信で二人にある指示を出した。


曰く、調べてほしいことがあるので指示したポイントを捜索せよ、と。







「てことは昼飯当分食べれないじゃないか!」


「うるさい、スピーカー開いてるんだから大声で怒鳴らないでよ!」


「だってさぁ…」


『すまんが可及的速やかに状況を確認してもらいたい。磁気嵐の予兆も確認された。磁気嵐が起きれば半年単位でこの宙域への侵入が不可能になる』


「わかってますよぉ。教授にはお世話になってるし、幸い大して離れてもいませんからね」


「そうよ、それにまだエアも推進剤も十分余裕あるもの」


『リトルトーキヨーがそこまで侵入できるのならよいのだが…』


リトルトーキヨー。


今回の調査に選ばれた航宙船、つまりは母艦である。


比較的小型な船ではあるが増設されたセンサー群はおおよそ考えうる最高の物だし、同じく増設された貨物ベイは艦内に1つ、艦外の固定アンカーを使えば通常のコンテナで四つ。


大型のものでも二つも輸送できるのだ。


「ポイントに到着。ここまでくればポッドのセンサーでも見つけられます」


作業ポッドのセンサーは巨大な金属反応を捉えていた。


通常の小惑星鉱脈は確かにこの宇宙開拓時代を支える貴重な資源ではあるがこの反応は明らかに異常だった。


「すごい、ほとんど純粋な金属みたいですよ」


『ふむ、スキャン結果を受信した。………、確かに異常だな。もっと詳細なスキャンが可能な位置まで接近してくれ』


「了解。ローザはそこにいてよ、俺が行ってくる。」


「わかったわ。私は教授との通信の中継をやってるわ」


目的の小惑星、最大直径二キロほどの比較的大きな『小』惑星。


「教授、これ小惑星じゃないですよ………」


「ちょっと、なによこのデータ。これじゃ小惑星に偽装した………一体なに?」


ミツキの作業ポッドがスキャンしたものは間違いなく偽装した小惑星のような『なにか』だったのだ。


「動力反応、構造物だって明らかに通常のコロニー構造とはかけ離れてます。やばいよローザ。『これ』、要塞か軍事基地だ」


ミツキには見覚えがあった。


祖父が秘蔵していた軍事基地の青写真。


それも一枚や二枚ではない。


それこそ宇宙にあるローマ軍の軍事基地のすべてかと思うほど大量青写真だ。


当然立地や規模で構造は千差万別ではあったがどの基地にも共通の構造や設計者の癖など、その手の道のものが見ればすぐに直感する構造群。


この小惑星にはそれと同じことをミツキは感じるのだ。


『馬鹿な。こんな辺境に軍事基地など………。まさか、ミツキ、ローザ、すぐに帰艦するのだ!』


「賛成、教授。ローザ、行くぞ!」


教授の声を聞いた直後、ミツキは即座にポッドのエア吹かせてその場を離れ始めた。


「教授、ミツキ!?」


「ローザ、ぼさっとするな!」


ミツキはすぐさまローザの作業ポッドにとりつき、ローザ機の旋回を強行する。


「危ないものには近づかない!近づいてしまったときはすぐに離れる、これが宇宙の鉄則だ!」


ミツキはアームでローザ機と簡易的にドッキングした。


推進剤の節約にコロニー技師達がよく使う方法だ。


「説明してったら、ねぇ!」


「辺境、地図にない軍事基地、磁気嵐の予兆!やばい状況の数役満だ!」


『なにをしている、二人とも急げ!それに悪い報せだ。所属不明艦を確認した。それも別方向から2隻だ。悪い予感しかしない、とにかく急いでくれ!』


「嘘でしょ!?」


リトルトーキヨーからのデータリンクを受信した作業ポッドのモニターがリトルトーキヨーと所属不明艦の位置を表示する。


「嘘でしょ、リトルトーキヨーより不明艦の方が近い!」


「距離は!?」


「距離?そんなの自分で見れば………」


「操縦で手一杯だ!ポッド二機分の重量振り回してるんだぞ!」


「距離は二万!」


「二万!?もう軍艦のレーダー範囲じゃないか!」


「どうするの?」


「………このままリトルトーキヨーに戻ればリトルトーキヨーまで不明艦を連れて帰ることになる」


「どうするのよ!?」


「うるさい、今考えてる!」


このままではヤバい。


どう考えたって艦籍不明の軍艦なんて特大の厄ネタだ。


これが秘密行動中の軍艦ならよくて拘束、悪ければ口封じに撃沈さえありうる。


この宙域ならデブリか小惑星帯にリトルトーキヨーを置いておくだけで誰だってただの『事故』としか思わない。


ミツキはこれ以上ないほど眉間に皺をいれ、ローザにいった。


「あの要塞に取り付こう」


「貴女バッカじやないの!?」


即座にそうローザは言った。


「あの要塞だか基地だか知らないけど、状況から考えてあの不明艦はあそこを目指しているに決まってるじゃない!」


「いや、きっとあの不明艦はあの要塞のことを知らない。それにあの要塞は多分無人だ。」


「え?」


「おかしいと思わないか?あれだけ不用意に要塞へ近づいたのになんのアクションもないんだぜ?あれだけ近づいて、しかも内部スキャンまでかけたのに」


「………普通、気付かれるわよね」


「そうだ、それにあの不明艦の航路は要塞からかなりずれてる。あの要塞が目的地じゃないんだ」


「………確証はあるの?」


ローザが問いかける。


それに、ミツキは短く答えた。


「ない」

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