第395話

「やっぱ旦那が直接こないと駄目か……。旦那、かなり不安がってましたけど……、来ますよね?」

 尋ねるガドーにグラスが言う。

「いくら肝の小さいあの人でも、この状況だ。トーリやシドさんが無理に引っ張ってでも連れてくるさ」

 グラスの言う通り、間もなくしてシド達に連れられてロブエルがやってくる。

 そして彼は炎を纏うベルティーナの姿に完全に臆しながらも呼びかけ、説得を試みる。

「ベルティーナ。こ、この通り無事だから、あれは、もういいぞ……」

 ロブエルの言う『あれ』とは古き神イファートの事だ。

 暴れるイファートの炎が城へと向けられれば、彼とてその巻き添えとなる。

 怯えながら命じるロブエル。

 対してベルティーナの方はというと、死んだと思っていた主の登場にあからさまな動揺を見せた。

「ウ、ウソ……」

 塔上の娘が纏う炎は瞋恚の炎に他ならない。

 その怒りの根源となっていたのは、大切な主を失ったというその喪失感である。

 それがまやかしとなり崩れ去れば、瞋恚の力もまた失われよう。

 目を見開き、唖然とロブエルを見つめるベルティーナ。

 彼女の脳が主の無事を認識すると同時に、纏う炎が消えた。

 瞳に宿す炎も、燃えるように揺らめく髪も、脈打つ熱血も失われ、人のあるべき姿へとベルティーナは戻る。

「おい、まずいぞ!!」

 人々はどよめいた。

 瞋恚の力を失った娘が意識をも失い、そのまま塔上より落下したのだ。

 人の身にある者が地面へと落ちて助かるような高さではない。

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