第380話

「トーリ様、だけどあれは伝説の話。御伽話だったのでは」

「そう思っておったよ。今まさに、この瞬間まではの。だが、伝説はどうやら真だったようじゃ」

 信じ難き事態に動揺していたのはトーリとて同じ。

 それでも老魔術師には知識に基づく確かな予感があった。

 何かとてつもない事が起ころうとしているという予感が……。

「この娘には確かに流れておった、クガニアを滅ぼした古き炎の民の血が……。行くぞ、これから何が起こるのか、私とて想像尽かん」

「でも……」

 ベルティーナを心配し、なおも動こうとしないミルカ。

 そんな彼女にグラスが言う。

「トーリの指示に従おう。ここにいたら危ない、そんな予感がする」

 それはミルカも同じであったが、それでも姉を一人このような場所に置いていくのは気が引けた。

「いいから、さっさと消えて頂戴……」

 心優しい妹の背をベルティーナが押す。

「邪魔なのよ……、あんた達……」

 そこまで言われてようやくミルカは決断する。

「ごめんね……」

 詫びながら彼女はグラス達と共にその場から離れた。

 去りゆく三人の足音を耳にしながら、ベルティーナが呟く。

「それでいい……。これでようやく……、私の中に見える炎に身を任せられる……」

 その呟きと共に、美しき魔術師の娘の意識は己の内に燃ゆる炎の中へと呑まれていった。

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