第238話『ルルとクルク』
飛来する大岩がもたらした門街の混乱。
その最中、壁の民の戦士の女ルルはいち早く、友であるクルクと共に、フリアと灰の地を隔てる巨壁の方へと向かい駆けていた。
「ちくしょう!! なんて有り様だ!! 当番の奴らは警報の鐘を鳴らしもせず、いったい何してやがんだ!!」
凄惨な街の光景を横目に走り続けながら、クルクが今日壁の守衛の任についている者達の失態を罵った。
「鳴らさないんじゃない、鳴らせなかったんだ!!」
「馬鹿な、これだけの規模の攻撃だぞ!! このあいだ、トカゲ共の侵入を許したのとは訳が違う。いくらゴブリンの詐術を用いたとしても、巨大な攻城兵器の姿まで隠せるものではない!!」
高さ五十フィートルある巨壁を超えて、大岩は飛んできている。
それを可能とするだけの投石機を用意したとなると、その大きさも相応の物となろう。
ゴブリンのちゃちな魔法でどうこう出来るはずもない。
遠目からでも守衛の任についている者達は、その巨大な兵器の存在に気付けたはずだ。
「だが、事実鐘は鳴らなかった!! 何かが起きているのだ!! いや、起きようとしている!! 我々の予想よりもずっと悪い何かが!!」
ルルの言葉に、クルクは怒りを強く込めた口調で言う。
「何かだって!? この惨状がその悪い事だ!! これ以上の惨事がどこにあると言うのだ!!」
クルクはまさに今起こっている出来事、飛来する大岩が街を押し潰していく惨状を見て、それ以上の事が起こりようがないと考えていた。
だが、ルルは違った。
今までとは何かが違う。彼女にはすべてが奇妙に思えるのだ。
あれだけの大岩を、壁を越えて街の中まで飛ばす兵器。そんな物を、果たしてあの不器用で鈍いオークやトロル共に用意出来るのだろうか。
たとえゴブリンの奴らの協力があったとしても、所詮は浅知恵止まり、大型の兵器を設計できるとは思えない。
いや、奴らがどうやって数多くの大岩を飛ばしているかという問題よりも、そもそもこれだけの規模の攻撃ならば、壁の守衛どころか、灰の地で魔物達の侵攻の警戒にあたっている前哨地から、とうの昔にその知らせが届いていなければおかしい。
警戒網を掻い潜りこの街へと近付き、壁の守衛が鐘を鳴らす間もなく、攻撃を仕掛ける。
そんな事が、灰の地のあの愚鈍な魔物達に可能なのだろうか。
ルルの内で、悪い胸騒ぎが止まない。
何かもっと悪い事がこれより起ころうとしているとしか彼女には思えなかった。
「それは……」
けれども、具体的にそれが何であるかを想像する事は出来ず、ルルは続く言葉を失う。
言いよどむ友を見て、クルクが言う。
「とにかくだ、こんな事を仕出かした屑共を必ず全てこの手で葬ってやる!!」
「ああ、もちろんだ」
この時、ルルは不穏な兆しを感じながらも、心の片隅ではどこかまだ事態を楽観していた部分があった。
千を越す年月の間、どのような危機も困難も壁の民は撥ね退けてきた。
この試練もまたそれらと同じだと。
自分達には、どのような苦難が待っていてもそれを乗り切るだけの力がある、最強の民であるとの楽観があったのだ。
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