第225話


 ローガ開拓団の者達が険しい表情で見守る中、倒れ伏す東黄人の闘士の意識は今だ朦朧とし、霞の内にあった。

 思考が定まらない。

 押し潰されそうな圧迫感が全身を覆っている。

 息苦しい、耳鳴りが止まない。

 そんなレグスの虚ろな瞳に映るのは、人々が懸命に何やら叫んでいる姿である。

――何だ。何が起きた。何が……。

 漠然とした思考。

――俺はたしか……、そうか、俺は……。

 鈍った脳を必死で働かせ、彼は自分の置かれた状況を理解する。

 この危機的状況を……。

 視線を観衆達から外し、反対方向へと向ける。

 そこには大男の姿があった。

 ブノーブだ。

 対戦相手の男は大剣を拾い上げると、悠々とした歩みでこちらへと向かってくる。

 あの大男は自分を殺しにやってくるのだ。

 ゆっくりと、ゆっくりと、そして堂々と。

 それをただ虚ろに眺めていたレグス。

 しかし、その途中、彼の全身に激しい痛みが走った。そしてそれと同時に耳鳴りが止み、彼の世界に音が帰ってくる。

 嗚呼、観衆達が叫んでいる。

 彼らの言語で、ただ一つ、同胞に願う言葉を繰り返し叫んでいる。

「死を!! 死を!! 死を!!」

 それは同胞の勝利を確信したゆえの無慈悲なる歓声。

 その歓声にレグスは己の過去を見た。

 まるであの時と同じだ。

 再び、世界が己の死を望んでいる。

 そうだ。

 人々は死を望んでいるのだ。

 だというのに、何をあれほど必死に足掻いていたのだろう。

 足掻けば足掻くほど、不幸を撒き続けるだけなのに。

 最初から望まれぬ命だった、生まれてくるべきではなかったのだ。

――そうか。ならば、いっそこのまま……。

 死は、この激しい痛みと息苦しさを消し去ってくれるに違いない。

 もしかすれば……、呪わしき己の過去からすらも救ってくれるのだろうか。

 死の甘い誘惑が、レグスを惑わしていた。

「ふざけんじゃねぇぞ!! なに呑気に寝てやがる!! 立てよ!! 立てよ、糞野郎!!」

 誘惑を引き裂く声がした。

「散々えらそうな事言っておいて、なんだこの様は!! 俺は認めねぇぞ、こんなだっせぇ終わり方、俺は認めねぇぞ!!」

 聞き覚えのある少年の声がした。

「約束しただろうが、俺に剣を教えるって、約束しただろうが!!」

 生意気な少年の声に反応するように、レグスの意識が覚醒する。

 痛みが増す。苦痛が増す。

 息をする事すら困難な激痛の中で、彼は自然と笑みを漏らしていた。

――本当に、ずいぶん好き勝手言ってくれる。

 嗚呼、そうだ。

 たしかに、かつて世界が彼の死を願い、生を憎んだ。

 だがそれでも決めたのだ、抗ってみせると。

 どれほどの苦難を伴おうと、呪われた宿命に抗おうと決めたではないか。

 ならば、足掻こう。

 指先一つ、動く限り。

 血肉を削り、魂が悲鳴を上げようと、抗ってみせよう。


 闘争を決意した男の指先に冷たい何かが触れた……。

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