第224話『陰る太陽』

「馬鹿野郎、最後の最後でしくじりやがった……」

 興奮する壁の民達とは対照的に、ガドーの顔は苦虫を噛み潰したように歪んでいた。

「ほんと、屑ね……」

 吐き捨てるように言うベルティーナ。

 彼女の瞳は倒れ伏すレグスの姿を冷酷に見つめている。

「こうなったら仕方がないわ。……トーリ、やるわよ」

 何をやるか、……決まっている。

 囚われの主ロブエル・ローガを壁の民より力ずくで奪還するのだ。

 確かな勝算があるわけではない。しかれど、ベルティーナにとって成功の確率は問題とはならなかった。

 どれほどの犠牲を払う事になろうと、やるしかない。

 彼女にとって主無き世は何の意味も持たぬからだ。

「……是非もなし」

 ベルティーナのような狂信的なまでの依存とは異なれど、魔術師トーリも主に長らく忠誠を誓い続けた男である。

 事ここに至り、ロブエル救出の為に命を張る覚悟は出来ている。

「あんた達も死ぬ気でやりなさいよ。運良く生き残れても、ロブエル様に何かあれば、代わりに私が殺してあげるから」

 ガドー達雇われ組に向けて辛辣な言葉を吐くベルティーナ。彼女の言葉にガドーは顔を青くする。

 そんな不穏な空気が漂う中。

 シドが落ち着いていながらも強い口調で、ベルティーナ達の動きに待ったをかける。

「待て、ベルティーナ。勝負はまだついていない」

「……何を馬鹿な。耄碌するには少し早いんじゃなくて、シド。見てたでしょ、あれじゃあ、骨どころか内臓までもってかれてるわよ」

「だが、息はある」

 息がある。

 確かにそうであろう。

 しかしそれだけだ。

 どう考えても、この状態で東黄人の闘士に何か出来るとベルティーナには思えない。

「……まさか、臆病風に吹かれたんじゃないでしょうね」

「黙って見ていろ」

 シドは大真面目に言っている。

 赤ん坊の頃からの付き合いだ、彼がどういう人間かをベルティーナはよく知っている。

 決してその場しのぎの事を言うような人間ではない。

 溜め息をついて、魔術師の娘は視線を闘士達の方へと戻す。

 彼女は見てみる事にしたのだ。

 死にかけのあの闘士に、いったい何が出来るというのかを……。

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