第211話
よく通る男の声が場内に響き渡ると、四隅に置かれた篝火台に炎が点される。
無論、昼間の屋外で明かりが必要となるわけはない。これは儀式としての手順の一つにすぎない。
「咎人を前へ」
祭服の男が叫ぶと、鎖に繋がれた男が観衆の前へと引きずり出される。
マルフスだ。
壁の民としては子供ほどの背丈しか持たぬこの罪人に観衆達が向けるのは敵意の視線と罵倒であった。
「静粛に!!」
再び手をかざし観衆の言動を制止する祭服の男。彼は場が静まるのを確認してから言葉を続ける。
「この者マルフスは、壁の地の守護者として戦いの責務を負いながら、それを放棄し、戦場より逃亡を図ったものとして、その罪を問われている」
そこで一区切りして祭服の男は声量をさらに上げる。
「しかし!! この者は主張している!! 自分の行いは星の意に導かれ、それに従ったまでの事であると!!」
観衆が三度騒ぎ、罵声を飛ばす。それを次は無言で手をかざし制止する祭服の男。
彼は言う。
「それが真であるや否や、我ら人の智が及ぶところにあらず!! されど、この男の言も、神々を欺く事はかなわぬ。ならば我らは、神聖なる決闘を以って神々の審判を乞う事にしよう!! ……二人の闘士をここへ!!」
観衆が皆立ち上がり沸き立つ。
彼らの歓声と後押しするような視線を浴びながら壁の民の戦士ブノーブが堂々と祭服の男の隣りへと並び立つ。その顔は勇ましき戦士の顔付き。
「ブノーブ!! ブノーブ!! ブノーブ!!」
この場に集った人々は皆、正義が為されるのを望んでいる。彼らを代表し、闘士としてこの場にたった自分にはそれを為す責務がある。
観衆が彼の名を叫ぶ度に、戦士の内なる心は震えていた。
彼らの声に応えるようにして、三方へとそれぞれ手を掲げて見せるブノーブ。
「ブノーブ!! ブノーブ!! ブノーブ!!」
戦士の名を叫ぶ彼らは期待しているのだ、正義が為される事を。
「ブノーブ!! ブノーブ!! ブノーブ!!」
戦士の名を叫ぶ彼らは誇っているのだ、この冬一番の戦士となった男を。
「ブノーブ!! ブノーブ!! ブノーブ!!」
そして戦士の名を叫ぶ彼らは怒っている、誇りを汚した咎人に対して、その者を庇おうとする愚かな異人に対して。
彼らの思いをのせた声は天に届かんとするほどに轟いていた。
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