第176話

「女よ、やめておけ」

 そんな彼女を制止したのは、開拓団のまとめ役であるシドでも無ければ、血を分けた兄弟でもなかった。

「この男の身は既に我らの王のものである。勝手な真似は許されん」

 レグスの監視役として傍らで話を聞いていた壁の民の二人、ブロブとドンドであった。

 言語の異なる彼らはレグス達の会話、それ自体を理解していたわけではない。ただ、ベルティーナの殺気を感じ、レグスの身の危険を察したのである。

 二人の任は王の裁定が下るまで、レグスの身を監視下に置きながら、その身の安全を確保する事だ。このまま黙ってベルティーナに焼き殺されるのを見ているわけにはいかない。

 立ちはだかる二人の大男を見て、女魔術師に宿る狂気がわずかに和らぐ。

 彼らの警告に、少しは頭が冷えたのか、ふっと魔法を止め、顔を覆うベルティーナ。

 その体勢のまま彼女は言った。

「……だったら、今すぐこの男との契約は打ち切るわ。これならこの男の咎が私達に及ぶ事はない。そうでしょ?」

 流暢な壁の民の言語だった。いくら智に富む魔術師とはいっても、並の者ではこうはいかない。それだけ彼女の言語能力が優れている証である。

「契約など好きにすれば良い。だがこの男の行動の咎を決めるのは我らの王だ。そしてその咎がお前達にも及ぶかどうかも王がお決めになる事だ」

 壁の民の言葉を聞き、その場に座り込むベルティーナ。

 そして力無く笑った後、彼女は言う。

「絶対に許さない……。ロブエル様にもしもの事があったら、あんた達全員焼き殺してやる……」

 視点の定まらぬ彼女の瞳が紫色に輝いていた。

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