第131話『壁の民』

 新年を祝う旗月が終わり、天秤月が訪れたフリアの東端『壁の地』では、連日、グレイランドから押し寄せる魔物の群れと壁の民との戦いが繰り広げられていた。

 毎年、冬の時期はグレイランドに巣くう魔物共の活動が活発になる。

 温かく豊かなフリアの地を目指そうと、彼の魔物達は壁の地へと押し寄せてくるのだ。

 人間の蛮人達と違い、魔物のやっかいなところはその多くが非常に野蛮な上に、恐怖心が薄く、また極端に学習能力に欠ける種が存在する点であろう。

 数百年、いや千の年を過ぎても、決して破られる事のないこの鉄壁の地を越えようと、灰の地に冬が来る度彼らはやって来て、多くの穢れた骸を大地に転がしていく。

 そう冬の度に何度も、何度もである。

 特に今年の冬は例年まれに見る厳冬で、グレイランドの魔物達による壁の地への侵攻は量だけでなく回数も増していた。

 灰色の肌を持つ戦士達は感じていた、年々この地の冬が長くなっている事を。


「ドゥドゥ!! 矢だ、矢をもってこい!! もっとだ!! もっと!!」

 壁の民の戦士が、彼ら独自の言葉で仲間に命令する。彼らの言葉は五大言語の流れの中には属していない。それは未開の地グレイランドを除けば非常に珍しい事であった。

「ブゥブ!! 北のズズが増援を求めてる!! 何人か向かわせなくては!!」

 北の方角に上がる狼煙を見ながら別の壁の民の戦士が言った。

 彼らの名は独特だった。ドゥドゥ、ブゥブ、ズズ、ガガ、ドノド、同じ音を入れる事を好み、男には必ず濁りを加える。

「ルル!!」

 逆に女の名は濁らない。

「何人か連れて、救援にいってやれ!!」

「あいよ」

 壁の民は男も女も、子供も老人も戦う。勇敢に戦う者だけが壁の民であり、肢体の欠損者や重度の病人、赤ん坊などの例外を除き、武器を握らぬ者は死罪となる。

 灰色の肌を持ち生まれた者は、戦士として育ち、戦士として死んでいく。

 数千年と続いてきた彼らの生き方はこれから先も変わる事はないのだろう。

「クルク、バルバ、バルボバ、ついてきな。ズズの奴が助けを求めてる」

「ちっ、ズズにゲルゲ、口だけ野郎共が自分の持ち場一つ守れぬとは!! 生き残ってたら皆の前で笑い者にしてくれる!!」

「そりゃ楽しみだ」

「ふざけてる場合か!! あそこにはギギド達もいたはず、好かない野郎達だが腕は確か。プライドの高いあいつらが助けを求めるなどよっぽどの事だ!! 急ぐぞ!!」

 四人の戦士が壁上を北へと走る。

 壁の上といっても、そこらの城や街が持つ外壁などとは比べものにはならない幅がある。身長三フィートルを越える大男、大女達が十人、二十人並んでも余裕があるほどだ。

 巨大な壁上を北に向かうその途中、倒れている仲間を彼らは発見する。

「ズズ!!」

 それは血に塗れ、深い傷を負って倒れた戦士ズズの姿だった。

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