第78話『黒剣の力』

 まるで生きているかのようだった。

 己の血の脈動に呼応するように、剣の中に眠る何かが胎動していた。

 彼は知っている、その胎動が何であるか。

 そして古き言葉で唄うレグスにそれは応える。

 時が来たのだ。

 黒々とした剣の刃から、漆黒に染まった力が爆発する。

 矢で刺すようなするどい波動が、レグスを包み込む。

 身が千切れるような激動。痛みを伴うほどの脈動。

 レグスの中を血ではなく、異質な何かが巡っていた。

 影の手はレグスの剣から生まれる力によって、その全てが消滅させられる。

 ただ一体、魔法陣の結界に守られた悪霊だけが、レグスの変貌をその空虚な瞳に映していた。

「狩りの時間だ」

 影の手を消し飛ばした嵐が収まると、その中心には体格の変貌した男が一人そこにいた。

 それは肌は醜く爛れ、膨張した筋肉によってまるで別人と化したレグスの姿であった。

 一瞬だった。

 レグスが動いた、その次の瞬間には魔法陣の結界は破られ、悪霊の目の前に彼はいた。

 閃光ような一撃が悪霊を真っ二つにする。そして前回と違い、切り離された悪霊の霊体がまるで剣に吸われるかのように歪み、縮み、消えていった。

 自身の霊体を傷付けられた悪霊が鳴き、不快な絶叫が周囲に木霊する。 

 だが、レグスの剣は鈍らない。

 塵一つ分すらも残さぬ勢いで、レグスの剣は悪霊を喰らい続けた。

「おいおい、これで終わりじゃねぇだろ!!」

 悪霊を滅した男は吠えた。

 魔法陣から生まれ神殿内に放たれた邪悪な力はまだ生きている。床に描かれた魔法陣すらもその機能を停止してはいない。

「はやくしろ、こっちは限界なんだ」

 魔法陣に語りかけるレグスの瞳は暗く澱み、肉体からは魔法陣のそれとはまた違う邪気が漏れ出ていた。

 彼の望みに応えるかのように、魔法陣が黒い光りを放つ。そして、レグスの変貌時と同じにように、いやそれよりもずっと強力な嵐が魔法陣から生まれる。

 本来、この魔法陣の役目は外敵から神殿を守る事にあったはずだ。だが、魔法陣が生み出した嵐はそれを放棄しているようで、外敵であるレグスに傷を負わせるどころか、守るべきはずの神殿を破壊する。

 嵐は竜巻に姿を変え、神殿を呑みこみ、吹き飛ばす。そして竜巻によって生じた砂塵の中に巨大な影が浮かびあがる。

「いいぞ!! 上出来だ!!」

 レグスは歓喜する、神殿を覆った邪気と魔法陣に込められた魔力、その全てが集い、生まれた怪物の姿を目にして。

 ドラゴン、翼と巨大な牙と尾を持つ四足の怪物がそこにいた。いや正確に言うのならドラゴンの姿をした悪霊がそこにいた。

「喜べ!! 全部お前の物だ!!」

 レグスが誰に話しかけているのか、常人にはわからない。傍から見れば、気狂いのそれにしか見えないだろう。

 しかし、彼にはわかっているのだ。自身が握る剣が巨大な怪物を前に、喜びに震えているのが。

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