第54話

 傍らに置いたパピーと矢入れ用の皮袋を慌てて手に取り立ち上がるファバ。パピーに矢はもともと込めてある。いつでも射てる状態だが肝心の標的の姿がファバには見えない。

「どこだよ」

 月明かりも焚き火の明かりもカラロス山の森を照らしきるには不十分である。繁みが敵の姿を闇に隠している。

 だが、敵の存在を知るのに必要となるのは光りだけではない。レグスは森の闇から自分達に向けられる殺意を敏感に感じ取り、そのおおよその数までも把握していた。

「近いぞ、それも一匹や二匹じゃない、この気配、かなりの数がいる」

 気配には色がある、臭いがある。知識と経験が気配の正体をおぼろげながらも暴いていく。

「この感じ、獣に似ているな。オークや亜人の類いではなさそうだ」

「全然見えねぇ、あんた見えてるのか? この暗さの中で」

「そういうわけじゃない。殺気、気配の殺し方、息遣い、臭い、足音、目で見なくともわかる」

「そいつぁすげぇが、見えてないって大丈夫かよ。こんな暗闇じゃ弓でなんて狙いようがねぇぜ。どうやって戦う」

 ただでさえ未熟なファバ、この暗闇では余計に戦力として期待できない。

 レグスは悩んだ。夜目を利かす魔法の目薬、貴重な星光露を使用すべきかどうか。

 今までの一人旅ならばここは間違いなく温存する場面だった。星光露の入手機会は限られており、安易な使用は避けねばならない。気配からは強敵の臭いは感じられない。

 彼がこれまで戦ってきた魔物の中でも手強い部類に入るとは思えない気配。

 だがあくまでそれはレグスの知識や経験から導かれた予想にすぎない。予想の外の事態はありえるのだ。

 それでも、彼一人ならば、この闇夜の中であっても森を駆けて窮地を脱する自信はある。それぐらい出来ねば生き残れない旅をしてきた。

 しかし今は一人ではない。ファバがいる。未熟な少年では結果が見えている。

――仕方がない。

 ファバの身の安全を考えれば星光露を使用せざるを得なかった。

「ファバ、俺のそばから離れるな。下手に動けば奴らの餌食となるだけだ」

 魔法薬を使いながらレグスはファバに指示を与える。

「下手に動くなつったって、あっちがきたら動くしかないだろ」

「俺が全部斬る。だが、お前が間合いの外に出たら助けようもない。半径二フィートル以内にはいろ」

 星光露の効力によって視界を確保したレグスは素早く敵の位置を確認する。

 夜目が利くようになったといっても、草木の繁みが透けるわけではない。丸裸とはいかないが、それでも敵の正体に察しがついた。

――ブラディウルフか。これなら……。

 よく知る魔物の一種だった。

「へぇ、今度は俺を助けてくれるのか、優しいね」

 ダナの街での一件があったせいか、助けると言うレグスに皮肉を込めた言い方で返すファバ。

「死にたいのなら好きにしろ。そうでないなら俺の指示に従え」

 焼べられた焚き木をレグスはいくつか手に取る。

「いいか、はじめるぞ」

 そしてレグスの確認にファバが頷くと、彼は火のついたそれを周囲に投げた。

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