第45話

「それは……知るかよ。それも気まぐれだろ」

「気まぐれで一緒に旅をして、気まぐれで助けてくれるの? 私なんかより、よっぽど変わり者なのね、彼」

「なんだよ、何が言いたいんだよ」

「私はね、きっと彼はあなたの事を好きだと思うの」

「はぁ!? まじであんた頭おかしいんじゃねぇか!?」 

「……聞いて、ファバ」

 じっとファバの目を見て真剣な口調で彼女は言う。

「私はね、人を好きになるのに理由なんていらないと思うの。嫌いになる時だけ理由があればいい。……あなたは彼の事、嫌い?」

「嫌いって、別にそんなんじゃ……」

 むつかく奴だと思う、ひどい奴だと思う、強い奴だと思う。それだけならかつて自分を面白半分に手下にしていたダーナンと同じだ。

 なのに何故、あんなにも嫌っていたダーナンと違い、レグスの事は嫌いだと思えないのか。

「あなたも彼の事を好きなのよ」

「そんなわけ」

「そうじゃないなら、あんなに悲しい顔する必要ないじゃない」

 彼女の言葉に、ようやくファバは自分の思いを知る。

――ああ、そうか。

 何故、レグスを失望させた事をこんなにも苦しいと思わねばならないのか、彼は知る。自覚する。

 嬉しかったのだ。村の奴らと違い、盗賊達とも違い、自分を忌み嫌わず、面白がらず、ただ一人の人間として接してくれた事が。

 名を与え、自分という存在を認識してくれる人がいるという事が、嬉しかったのだ。

 彼が怒鳴ったのは自分が呪われた子だからではない、彼が蹴り飛ばしたのは自分が奇妙な東黄人だからではない、ファバという人間の見て、その愚かさに彼は失望したのだ。

 だからこんなにも悲しいのだと、少年は知った。

――ちくしょう。

 自然と目に涙が溢れてくる。

「ごめんなさい、大丈夫?」

 自分が追い詰めてしまったと勘違いしたのか、ロゼッタは謝罪の言葉を口にする。

――違う、違う、そうじゃない。

 そう言葉にする事も出来ず、少年は泣いた。悲しくて、悔しくて、泣いた。

「もういいよ。もう平気だから」

 しばらく泣いて吹っ切れたのか、すっきりしたような顔つきでファバが言った。

 その顔を見て安心したのだろう、ロゼッタも笑みを作る。

「そう、よかったわ」

 そんな彼女に。

「なぁ」

 言いにくそうにしながらファバは彼女にたずねた。

「あんたは……、あんたは俺のこんな顔を見てもなんとも思わないのか?」

 少し困ったような表情を浮かべるロゼッタ。

「どうしてそんな事を聞くの?」

「どうしてって……」

 ファバはロゼッタにこれまでこの顔にせいでどんな事を言われてきたか、どんな事をされてきたのか簡単に話をした。

「ひどい、ひどすぎるわ」

 憤りと同情、ロゼッタのそんなありきたりな感情すらも、少年にはほとんど与えられてこなかったものだ。

 だから彼には正しくそれを理解する事が出来ない。

「ひどいって、あんたも気持ち悪いって思うだろ」

「そんな事はないわ」

「嘘つけ」

「嘘じゃないわよ、けど……」

「けど、何だよ」

「うぅん、怒らないでね」

「別に顔の事で今さら怒ったりしねぇよ、慣れたもんさ」

「なら嘘をつくのも嫌だし、はっきり言うけど、……不細工だとは思う」

「ほんとはっきり言ったな……」

「だって……、やっぱり嘘でもカッコイイって言った方がよかったかしら」

「いらねぇよ!! そんな世辞嬉しくもねぇ!!」

「あはは、でも不細工だとは思うけど、私はあなたの事好きよ」

「意味がわからねぇ」

「一応フォローしとこうと思って」

「いらねぇよ」

「ふふ、でも本心よ。人間顔じゃないわ。あなたと友達になれたら素敵だと思う」

「俺はなりたくねぇよ、あんたみたいな変人と友達になんて」

 そう言って内心少し後悔するファバ。

「あら、残念。ふられちゃったわ。……でも、もう大丈夫そうね。いい加減仕事に戻らないと」

 これ以上の慰めは必要ないと判断したロゼッタは部屋を出よう立ち上がる。

「あっ、そうだ忘れてたわ」

 そして部屋を出る扉の前で、彼女は何を思ったか振り返り、ファバの方を見て言った。

「お姉さんからのアドバイスよ。人に親切されたらちゃんとお礼をするものよ。それがあなたの為にもなるわ」

「礼って、悪いが金なんてねぇよ」

「何言ってるの、感謝の言葉でいいのよ」

「めんどくせぇ……」

「めんどくさくてもするの」

「……あ、ありがとう」

「はい、どういたしまして」

 そう言って笑うロゼッタ。

 ファバが生まれて初めて『人』を見て綺麗だと感じた瞬間だった。

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