第46話『パピー』

 街の家々のランプに火が灯される頃になってようやく、用件を済ませたレグスがファバのいる二百八号室へとやって来た。

 彼は部屋に入ってくるなり早々に。

「ファバ、お前のだ」

 見慣れぬ物体を少年に手渡す。

「何だよ、いきなり」

 それは金属で出来ていた。

「クロスボウ?」

 そしてクロスボウ、または石弓と呼ばれる武器にその姿は似ている。

 だが、彼の知る物と比べてあまりに複雑そうな作りである。

「間違ってはいないが、それは機械弓と呼ばれる物だ」

「機械弓?」

「見た通り、金属製の機械仕掛けの弓だ」

「これが弓? なんか小さくねぇか」

 手渡された弓はファバの知るクロスボウよりも小型で、金属で出来ているわりには子供である彼にすら易々と持てるほどの重さだった。

「機械弓と言ってもいろいろある。それは女、子供でも扱えるのを目的に作られた物でパピーと呼ばれている」

「パピーね、なんかだっせぇ名前の武器だな」

「かわいらしい名だが、存外、凶悪な代物だ。クロスボウは素人にも弓が扱えるようにと作られた物だが欠点も多い。特に射出までにかかる時間は大人の男でも限度がある。一分間に三発も射てれば上出来。そして女、子供の力じゃそれすらも到底不可能となる。……この武器はその欠点を解消している」

 通常の弓を十分に扱えるようになるにはそれなりの訓練を詰まねばならず、戦時において徴兵された農民達でもすぐに扱えるようになるクロスボウは特に軍に重宝された。

 クロスボウは構造上、矢の射出までの時間がどうしてもかかってしまうという欠点があるが軍では『数』を活かす事によってその欠点を補っている。

 だが数を用意出来ない者達ではそうはいかない。

 そこで作られたのが機械弓である。

「そいつはすげぇがなんでわざわざ女、子供の為にこんな複雑なもんまで、……俺には理解できないね」

 女の兵士や冒険者というのは存在しないわけではないが多いとも言えない。そして子供がこれを必要とする機会はさらに少ないだろう。

 そんな少数の為にこれだけ複雑な作りの弓を開発したのか、その動機がファバにはわからなかった。

「パピーは解放戦争の時に発明された物だ」

「解放戦争ってあの?」

「そうだ。フリア解放戦争では、国家の枠を超え、性別、年齢、問わずフリアの人々は武器を手にしアンヘイの脅威に立ち向かった」

「俺達、東黄人は立ち向かわれる側だろ」

 ファバの皮肉めいた口調。

「表面だけを見ればそう見えるだろう。だが実際はアンヘイの軍勢と戦う東黄人も多くいた。フリアに暮らす東黄人の全てがアンヘイ人ではなかったし、狂王の統治に不満を抱えるアンヘイ人も大勢いたからな。そして、人種どころか、種族を超えた共闘でもあった」

「種族を超えた?」

「そのパピーを考案し作り上げたのも人間ではない。パネピアのドワーフがそれを作ったのだ」

「ドワーフ?」

「お前は亜人を見た事がないのか?」

「ねぇよ、そんなもの」

「そうか、ザナールの辺境では見る機会もないか」

「どうせ俺は田舎者さ。で、なんだよそのドワーフって奴は」

「亜人は人間と似ており、人間とは異なる種族だ。特にドワーフは亜人の中でも人間とよく似た方だろう。言葉を話すし、家も建てる。商売はするし、武器を持って戦う事もある。結婚もする、女は子供も生むし、皆年をとる」

「それじゃあまるっきり人間じゃねぇか」

「だが決定的に違うところもある。まず成人したドワーフでも背丈は子供ほどにしかならない。お前と同じぐらいだ」

「なんかそりゃあえらく弱そうな奴らなんだな、ドワーフって」

「話は最後まで聞け。背丈は子供ほどだが筋力は人間よりもはるかに大きい。多少鍛えた程度の人間じゃとても歯が立たない」

「チビの癖にムキムキってわけだ」

「そのうえ武器の扱いにも長けた戦士でもある。ドワーフ一人で人間の兵士百人に値すると言われるほどにな」

「で、そんな強い戦士様達がなんで女、子供の武器なんかを?」

「さきほど言ったはずだ、解放戦争では種族すらも超えてアンヘイと戦ったのだと。ドワーフ達は個体として見れば確かに強力な戦士だが、数は決して多くない。フリアの地にはいくつか彼らの村があるが、自身の国を持ってはいない。皆どこかしら人間社会に混じり込み生活しているのだ。だから彼らはドワーフというより、それぞれがそれぞれの国民としてあの戦争を戦った」

「この武器を作ったていうドワーフも」

「そうだ。ドワーフは戦士でもあるが、鍛冶仕事や大工、兵器、城造りまで、何かを作るというのが好きな職人気質でも有名でな。パピーも鍛冶職人の男が考案した機械弓だ。……ここパネピアは解放戦争でも最も戦いの激しかった地でもある。多くの男は死に、女、子供すらも武器を手に戦わねばならなかった。そんな彼女らの為に同じパネピア人として一人のドワーフがこの武器を生み出したというわけだ」

「なるほどね。そりゃあご立派な話だが」

 パピーを自分の横にほうるように置きファバは言う。

「悪いが俺はこんな物が欲しいんじゃない。あんたに剣を教えてもらいてぇんだ」

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