第42話

「死ね!!」

 剣がロゼッタに向けて振り下ろされたその瞬間。

 何者かの黒い剣が ジャコモの剣を撥ね上げる。

「なに!!」

 この場にいる全ての者にとって予想外の展開だった。

「てめぇ、いつのまに」

 ジャコモの前に立っていたのは奥の部屋に消えたはずのレグスだった。

 この騒ぎに話を中断して戻ってきていたらしい。

 彼の姿を見て、ファバは安堵の表情を浮かべている。

「悪いな旦那方、どうやら私の連れが迷惑をかけたらしいが、何せまだ子供だ。しっかりと言いきかせおくので許してやってはくれまいか」

「ふざけんな!!」

 レグスの頼みをジャコモが聞く様子はない。それどころか邪魔された事で余計に腹を立てたらしい。

「てめぇもそいつを抜いちまってんだ。覚悟してもらおうじゃねぇか、えぇっ!!」

 鼻息荒く怒鳴るジャコモ、それを見てファバが動く。隠れていた女の背後から飛び出しレグスのもとへ近付くと彼は言った。

「レグス!! つまらねぇ遠慮してんじゃねぇ!! こんな屑共殺っちまえ!!」

 ファバの罵倒にクレイグとジャコモの我慢も限界を超える。

 だが、彼らが怒りにまかせ斬りかからんとするその前に、ファバの体が飛んだ。

 この場の多くの者がその光景に戸惑う。さきほどまで斬りかかる勢いであったクレイグとジャコモまでも唖然としている。

 レグスがファバを思いっきり蹴り飛ばしたのである。

「ちょっと何考えて……」

 そう言いかけたロゼッタをするどく睨みつけるレグス。

 その迫力に彼女は続く言葉を失った。

 蹴り飛ばされ壁に叩きつけられたファバは激痛と衝撃にのたうちまわる。

 そんな彼にゆっくりと近寄るレグス。対立していたはずの二人の冒険者の方を気にする様子など微塵もない。

「な、なんで……」

 声をしぼり出し、涙目でレグスを見るファバ。

 彼の髪をわし掴みして頭を持ち上げ、レグスは言う。

「お前はいったいなんだ。どれだけ阿呆になれば、ヒトの忠告をそこまで簡単に無視出来るようになる。教えてくれないか、少年」

 レグスの瞳には激しい怒りが宿っていた。

「ち、ちがう。あいつらの方から俺に絡んできたんだ。俺が悪いんじゃない」

 ファバの言葉にレグスがクレイグ達の方を見る。

 その瞳に宿る怒り、その迫力に、さきほどの光景で怒りの熱が一度冷めてしまった二人の冒険者は押されてしまう。

「な、なに言ってやがる。先に得物を抜いたのはてめぇだろうが糞ガキ!!」

 クレイグの咄嗟の反論。

「それはお前達が喧嘩を売るから」

 ファバもさらに反論しようとするがレグスはそれを許さない。

「よく聞けファバ。お前がその短剣を抜くって事は理由はどうあれ、それはもう単なる揉め事じゃすまない。殺し合いをするって事だ。今のお前にその覚悟があるのか?」

「そ、それは……」

 口ごもるファバ。

「お前にその覚悟があるというなら好きにすればいい。だがな、私を当てにするな。私はお前の母親でもなければ父親でもない。阿呆一人を助ける義理など持ち合わせておらんのだ」

「別に当てにしてるわけじゃあ」

「だったら私の姿を見つけた時の、あの安堵した顔はなんだ? 女の背中に隠れて震えていたお前のどこに命を賭す覚悟があったというのだ。お前は言ったな、屑共を殺してしまえと。……私が今一番殺してやりたい屑はお前だ、ファバ」

 ぞっとするほどの怒りの込められたレグスの口調に、ファバは唇を噛み黙るしかなかった。

「ちょっとあなた言いすぎよ!! 何もそこまで言わなくたって!!」

 さすがに聞いていられないとばかりにロゼッタがレグスを注意する。

 が、レグスには何の効果もない。

「部外者は黙っててもらえないか」

「なっ」

 体を張ってファバを守ろうとしたロゼッタを部外者呼ばわりするレグス。

「旦那方も剣を収めてくれ」

 クレイグとジャコモにも納剣を促し彼は事態の収束を図る。

「ちっ、仕方ねぇな」

「ふん、糞ガキ、その男に感謝しとけよ」

 レグスとファバのやりとりもあってかもうこの場に殺るか殺られるかの空気は漂っていない。二人の殺気は完全に冷めていた。

 それに彼らも修羅場をくぐってきた男達である。冒険者としての本能がレグスが危険な男だと告げていた。

「ご老体、悪いが先に部屋を用意してもらえないか」

 もはやクレイグ達に戦う気がない事を確認したレグスは、この騒動に同じく奥の部屋から戻っていたヤーコブに、自分達が泊まる為、そしてファバをこの場から移動させる為、部屋を用意するよう頼む。

「あ、ああ。ロゼッタ、二百八号室だ。連れてってやれ」

 老人に言われてロゼッタはファバにやさしく声をかける。

「大丈夫? ほら立って、部屋に案内するわ」

 彼女に連れられて暗い顔をしたままファバは二階へと向かう。

 その途中、同僚の女達や一部の冒険者は勇敢なロゼッタにわあわあと称える言葉をかけていたが、ギルドの古株は違う。

「ったく、あの馬鹿も無茶をする」

 二人の姿を見送ったヤーコブは呆れながらそう言って頭を掻いた。

 その後、クレイグ達にはヤーコブからギルドとしていくつか注意が与えられたが、それ以上の処分は今回は見送られる事となった。

 先に武器を手にしたのがファバであった事、死人がでていない事、そして何より、職員であるロゼッタに対する逆恨みをヤーコブは警戒せざるを得なかったのだ。

 柄の悪い人間を多く抱える冒険者ギルドならではの苦労が見える配慮だった。

 そして。

「さて、それじゃあ話の続きといこうか」

 一応の解決を済ました老人は中断していた話を再開させる為、レグスと共に再び奥の部屋へと消えるのであった。

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