第34話

「待ってくれ!!」

 手足を広げ、行く手を遮るように立つ少年。

「何のつもりだ」

 男の冷めた口調、冷めた目、ついさきほど幾人もの盗賊を、人を殺したばかりだというのに、男には何の昂りも見られない。

「あ、あんたに頼みがある!!」

 男とは対照的に少年の声には感情があった。焦り、興奮、恐れ、喜び、男にのされて死人のような顔をしていた人間と同一人物とは思えぬほどに真逆の生きた声。

「俺を、俺をあんたの弟子にしてくれ!! 剣を教えてくれ!! なんだってする!! 雑用だってなんだって!! あんたみてぇに強くなりてぇ!! 強くならなくちゃならねぇんだ!!」

 少年は捲し立てる、彼の思いを全て吐き出すように。

 望む物を手にする為に。

「駄目だ」

 残酷なまでに冷めた一言。

 それでも少年は諦めるわけにはいかない。

「わかってる、迷惑だってんだろ!! そんな事はわかってんだ!! だけどあんたしかいねぇ、わかるんだよ!! これが、この瞬間が俺にとっての全てなんだ!! この機会を逃せば、俺はくたばるその時まで、このままだ!! あんたにとって俺なんてどうでもいいかもしれんけどよぉ!! 俺にとっちゃあんたが全てだ!! 強くなりてぇ、あんたみたいに!! 頼む、このとおりだ!!」

 少年が地に頭を付け土下座する。

「お前が望むのは私ではなく、私の持つ剣の力のみであろう」

「そうだよ、違ぇねぇよ!! あのダーナンを殺ったんだ!! 世辞は抜きで、あんたが最強だ!! 俺はあんたみたいになりてぇんだ!!」

 まるで見えていない。盲目の羊。さらには羊は自分が狼だという勘違いまでしているというおまけつき。

 それが男の少年に対するこの時の見立てであった。

「それが呪われているのだと言うのだ」

「何て言ってくれたってかまわねぇ!! 馬鹿にしたいなら好きなだけ馬鹿にしてくれていい!! そのかわり頼む!! 剣を教えてくれ!!」

「剣を学びたいのならそれ相応の場所がある。そこで好きなだけ剣について学べばいい」

「違う!! 俺はあんたに教わりてぇんだ!!」

 顔を上げ少年は言い切る。

「私がお前に教えてやれる事などありはしない。この世界、私より剣に長けた者などごまんといる。街の修行場でも、私よりよほど上手く教えてくれるだろう」

 男に土下座が通用しないとみるや、少年は立ち上がり身振り手振りを加え訴えだす。

「つまらねぇ謙遜なんか聞きたかねぇ!! 金もない汚ねぇ東黄人のガキをどこの街の修行場が拾ってくれるってんだ!!」

「お前に覚悟があるのならば容易い事だ。どれだけ惨めな思いをしようと頭を下げ、学ぶだけの覚悟があるのならばな。それが出来ぬというのなら、孤児院にでも入るといい。そこで普通の生き方というものを学んでみろ。今のお前は知らぬのだ、まともな生き方というものを。このまま外道の生き方をしたとして、その末路は決まっているようなもんだぞ」

「外道? 言ってくれるじゃねぇか。てめぇも人殺しの外道だろうが!!」

「その外道と同じ道を行く事はないと言っている」

「あんたはわかっちゃいねぇ、何も持たないガキ一人が『普通』に生きるってのがどれだけ難しい事なのか。……この忌々しい顔を持つ人間が、『生きる』って事がどれだけ難しいか!! 何も知らねぇ癖にわかったような口きいてんじゃねぇ!!」

「本当に、ずいぶん好き勝手言ってくれる。……何も知らないだと?」

 男の声色が変わる。

「では逆に聞こう。お前は何を知っている?」

 冷めた声ではない。男の声には怒りが込められている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る