サラリーマンだった俺は異世界へ行きました。

夢木 彼方

物語は現代から


取引先のビルから出てきた俺を容赦ない日差しが照りつける。

あまりの眩しさに俺は右手を日除けのように顔に翳して空を見上げた。


空を覆い隠すように伸びるビルの隙間から鬱陶しいほどの雲ひとつない青空が見える。


今さっき行われた取引先から俺は物凄く怒鳴られていた。

特にこちらに不手際があったわけではない。むしろ向こう側に落ち度はあった。けれども、こういうときはいつも俺が頭を下げることになる。


俺が向こう側の問題を指摘しても、「そういう不測の事態を予測して対処するものだろ!」と怒鳴り返された。


…………ふざけんな!


俺はつい怒りに身を任せて歩道に落ちていた空き缶を蹴飛ばした。

蹴飛ばされた空き缶はカランと軽やかな音を立てて、排水溝の溝にはまった。


昔はこんな風になるとは思わなかった。

中学生や高校生の頃は大人という生き物は輝いて見えた。自由に見えた。


だけれども、そんなことはなかった。

昔の俺はそんな大人たちの輝かしい表面しか見てなかった。


残業というサービスで何も手当てを出さない会社。

理不尽なことを言っては自分は椅子にふんぞり返っている上司。

無理難題を要求してくる取引先。

学歴が低いことをバカにする大卒の同僚たち。



俺は気分を落ち着けるため、近くの自販機で缶コーヒーを購入した。

プルタブを開けると立ち上るコーヒー独特の香り。

その香りを楽しむこともせずに一気に飲み干す。



「ああ、疲れたな。……もう仕事辞めようかな」


俺が近くのビルに寄りかかりながらふと道路を見ると小さな散歩中の幼稚園の子供たちが楽しそうに保育士の人たちと手を繋ぎながら歩いている。

その一行の目の前を黒猫が横切っていく。突然現れた黒猫に幼稚園児たちは大興奮して手を叩いていた。

その黒猫はそのまま道路を横断して向こう側に行ってしまった。



その中の一人が保育士の手を振り払い道路に駆け出していった。

「馬鹿野郎っ!」

俺は気がつくと体が動いていた。

ただでさえこの道路は車通りが激しい。

このままでは危ないことは誰の目にも分かりきってたことだった。

保育士の人たちが「戻ってきなさい!」と追いかけるが園児は黒猫に夢中で気が付かないようだ。


そうして、小さな園児に気がつかなかったトラックがスピードを維持したままやって来た。


…………ヤバイっ。


俺は目の前にまで近づいた園児を突き飛ばすと。




俺は、鋼鉄の箱に吹き飛ばされた。



周りから聞こえる悲鳴と、遠くから聞こえる五月蝿いサイレンの音と、憎たらしいくらいに青い空が俺の最期の記憶だった。

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