トロイカ 兄妹は推理の夢(童話)に微睡む

UMA

第1話 お菓子の家密室殺人事件

 私の妹は頭が宜しくない。

 それは試験で零を取るほどの成績だとか、教えた事をすぐに忘れてしまう鳥頭だとか、事あるごとに転んでしまうドジな子供だとか、そういう意味ではない。妹の頭はもっと不健全で、もっと歪むように狂っている。幼少の頃はこうではなかったのだが、彼女が女性と呼べる程度には成熟した頃からか、或いは私と部屋が離れたその頃からなのか、明らかに常軌を逸した発言ばかりするようになった。

 やれ、妖精が蜜柑を潰しただの。やれ、箪笥なる悪魔がロックンロールだの。

 そんな幻覚ばかり見て、妄言ばかり吐く様になった。

 何が原因か、誰も知らない、分からない。私だって知らないし、私の両親だってもちろん知らない。そもそも実妹の為に雇われた精神専門の先生だって知らなかったのだし、分からなかったのだ。恐らく、もう永遠に謎のままなのだろう。

 けれど、それでも実妹がある種真っ当なのは、その幻覚に納得できていないという点だった。自分でも少しは不可解に思っているらしい。そして、その不可解さが実妹を本当の意味で苦しめる。全て狂気に囚われれば、きっと幸せなのに、妹は今でも抗っている。

 だから私も、それに付き合わねば。

 そんな妹が「お兄様、お菓子の家でグレーテルがお亡くなりになりました」と私に話しかけてきたので、私は先ほどの決心を投げ捨てて、話を綺麗に初めから無視することにした。

 理由は意味が分からなかったからだ。

 それでも実妹はまるで諦めず―――

「お兄様、聞いておりますかお兄様、グレーテルが死んでしまったのです。頭部へのアイスバットでの強打、それが死因でしょう。ホームランバーだったのかもしれません。見事に逆転されてしまった訳です。ああ、痛ましい。ヘンゼルもこれには膝で崩れ落ちる始末。魔女に至ってはガッツポーズでございますわ!魔女は甘いものが嫌いですからこの反応はやはりと言った所ですわね。絶対に口に入れたくないほどに嫌い!何故お菓子の家に住んでいるのだと突っ込まれること間違いなし!そしてヘンゼルはまあ、甘党ですので、この二名はかくもいがみ合っているわけです。きっとここにお菓子以外の甘いもの、つまり酢昆布さえあれば―――」

―――口がちっとも止まらない。

「あー、あー、ちょっと黙っておくれよ。今、混乱以上の何かを感じていて戸惑っているんだ。混乱じゃなくて胡乱っていうのかな?何だか頭が溶けてしまいそうだ」

「いいから、お兄様。グレーテルが可愛い、ではございません。可愛そうではないのですか!犯人を見つけなければ………痛ましすぎます!」

 妹は腰をひねらせながら言った。身悶えているらしい。可愛さになのか、その他の要因なのかは判別できなかったので、私はその行動もやはり無視することにした。しかし、話について、無視はもう出来ないだろう。もう応じてしまったから、無理なのだ。一度でも反応したら決して離れないというのは狂人に良くある特性だ。

「いや………別に可愛そうではないけれど、あれだよね?魔女が犯人だよね?多分そうだよね?」

「いいえ―――魔女にはある理由から犯行不可能なのでございます」

 追加条件が出始めた。こうなると、先に条件を先に喋らせた方がいい。

「えっと、取り敢えず登場人物は魔女とグレーテルとヘンゼルでいいのかい?」

「パーフェクトですわお兄様」

 実妹はそう言ってさらさらっと机の上に置いていた紙に小さな家を描いた。その下には男の子と女の子と魔女の絵が。

「それでですね………ここが大事なのですが、実はグレーテル、密室で死んでいました」

「お菓子の家の中で?密室なの?」

「はいはい、密室。読者の皆様も大好きですよね、密室。森博嗣などは密室に取り憑かれている気さえしますよね。密室。ああ、密室私大好きですお兄様」

「何処に何を話しているんだ、お前は」

 時々私の妄想を超える発言を妹は当然の様に行う。狂人の極みの様なそういう言動の時は、私はなるべく無視する様にしている。妹にしか見えない世界など、ないも同じだ。

 さて、そもそもセキュリティに問題しか感じないお菓子の家に密室も何もあったものではないだろうに、妹はどうやら確固とした理由で完全な密室だと思っているらしい。こういうのは現実的にお菓子の家に入れるかではなく、実妹の中で『お菓子の家は完全な密室だった』という前提条件があるという事が大事なのだ。これは他者がいくら「蟻に食われて穴だらけだろ」「土台はどうなっている。押せば転がるのか?」「主にビスケットとチョコレートとクッキーを壁にしているの?」等の質問をしたところで、この『殺人時のお菓子の家は密室』という前提は崩れない。

「それで………ヘンゼルと魔女のアリバイとかはある?」

「どちらもありませんわお兄様」

 どうやら本当に密室だけに実妹は引っかかっているらしい。

 先ほど言った、『幻覚に違和感を覚える』というのはこういう事だ。妹はおとぎ話の狂った事態に意味不明な現実を求めてくる。全てが狂っているよりこれは本当に厄介なのだ。今回の場合だと、魔法だってなんだってある世界なのに、妹は『密室で人が死んでいる幻覚』に違和感を覚えている。矛盾しているようで矛盾してない妹の意識は複雑極まりない。

「まあでも、多分君って永遠にこの違和感に答え出さないと、本当に壊れちゃうんだろうな。今だって、ギリギリって感じだしさ」

「んー?何を言っているのですか?」

 妹は本当に分からないといった表情で私を見た。ある一定の会話すら、妹とは行うことができない。今だってこれなのだ。ここで答えを出さず、狂気度がレベルアップした実妹に更に振り回されるのはごめんなので、少し話に付き合うことに私はした。

「前提条件の確認行くぞ妹。まず『魔法は関係してこない』のか?」

「魔法は絶対無理です!それがお菓子の家の力なのですから」

「解釈が斬新すぎる………次だ『お菓子の家はどういう密室だった?』つまり鍵が掛かっているとか、ドアがひしゃげて開かなかったとか、いろいろあるだろ」

「『お菓子の家にはドアに鍵が掛かっておりました』もちろん、窓にもしっかりと」

「鍵はどこに行ったんだ?」

「鍵は消息不明です。ですが、魔女もヘンゼルも持っておりません。はて、どこに行ってしまったのでしょう」

「登場人物が限られてなければ絶対に外の人間が犯人だな………『鍵の複製は作れるか?』」

「『絶対に無理です』」

 これだけ条件が揃えば行けるだろうか―――基本この前提は決して崩れることのないので、妹の幻覚と対抗する術にはなる。

1・『お菓子の家の中でグレーテルは死んだ。そこは密室だった』

2・『登場人物は魔女・グレーテル・ヘンゼルの三名』

3・『魔法は使えない』

4・『お菓子の家には鍵が掛かっていた。鍵は消息不明。二人は持っていない』

5・『鍵は複製不可能』

 問題は鍵の行方にかかっているだろう。密室と言っても基本は鍵があれば開く。これは当然だ。つまり誰がどこにどうやって鍵を隠しているのかその具体的な納得のいく方法について考えなければ………。

「四つの条件、鍵の在り処、そして実妹の幻覚の質、これらから考えると………あー分かった」

 相変わらずわが妹はくだらない。

 









クダラナイ回答アリ〼 ゴチュウイクダサイ ゴチュウイクダサイ







「お菓子の家は、鍵もお菓子だ」

 

 妹は私の言葉を聞いて

「………おいしそうですわ!」

 と相も変わらず意味の解らない事を言った。

自身で幻覚しといて勝手な反応だが、取り敢えず、この部分には納得してもらえたらしい。反論が来ないということは、つまりそういう事なのだ。これなら後はなし崩し的に何とかなるだろう。妹の違和感を解くのも大事だけれど、妹に納得して貰うというのも同じくらい大事なのだ。

「鍵がお菓子って事は食べられるということだ。鍵は二名どちらかが食べてしまったんだろうよ………そして食べてしまったのは多分、ヘンゼルの方だろう。魔女には、いや、魔女だけにはこの犯行は不可能なんだ」

「それはどうしてお兄様?」

「………」

 なんだか最初から答えを知っていそうな妹の反応に興が削がれながらも、私は仕方がないので言葉を続けた。

「それは魔女が甘いものが嫌いだからだ………絶対に口に入れたくないほどに。君がそういったんだろ」

 妹は私の言葉を聞いて驚いたように目を丸くした。本当に自分で言って気づいてなかったのだろうか。そう思っていると実妹はしかし私の予想から相も変わらず外れて。

「味が詰まっていたでしょうからね………密室と、密度の字面的が似通ってる的な意味で!」

 私は今度こそ妹を完璧に無視した。

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