ヒカリミレン

秋風

不思議と落ち着いていた。

 落下していく中、有終の後に見る夢は滄溟のように広かったし、また尖岩のように鮮烈でもあった。

 命が消されてしまうまで時間は少ない、残り僅かながらを、彼は夢を見る事に費やした。


***


 ――光に焦がれたのは、太陽を直視出来ないと知った時だった。

 見上げるといつもそこにそれは輝いていた、眩しくて、暖かくて、綺麗だと思って見ていると、数秒もしない内に目が痛み始める。ギンギンとした光が眼球を刺激する、瞼がぶるぶると震え、視界を開こうとする意思と反対に視界を閉じようと必死になった。

 まだ見ていたいのに、この眩い光を、空に輝く白光を。それなのに体は痛い痛い、堪えきれないと瞼を閉ざしてしまう。

 彼は不本意ながらも太陽から目を背けた。光にやられた眼球を指先で揉みほぐす、痛みはいくらかましになった。

 痛みが引いた後、妙な事が起こり始めた。瞼の裏に白光が住み着き離れない。それは追おうとすると上に下に、右に追い詰めれば更に右に、左に追い詰めれば更に左に逃げ回る。図ったように数センチ先を逃げるのがどうにももどかしい。

 こいつは一体何者なのだ――。

 丸いそいつは目を開けると外にも居た。景色の中を逃げ回る。もしかしたらこれも太陽なのか? と、空の上の本物を確かめたくて首を上げるとその瞬間――強い光が眼球に刺さり思わず声を漏らした。

「ッ……」

 不思議と許せなかった、何故だかわからない、ただそれは慕情なのではないかと思った。

 太陽が眩しくて、見つめていられない。慕情を抱える、見られぬのに見たいという欲求が、体の先まで震えで満たす。

 手を翳してみた、閉じた指の下に顔を隠し、そっと空を伺う。指の間に光が集う、今ならいけるかと指を徐々に開いていく。瞼に落ちる影は五本の指になり、薄くなり、やがて光が拡散して痛みに髄を焼かれた。

 腕を下ろす、光は直接裸眼に吸い込まれた。

 網膜が傷付き眼球が焼けても構わなかったのだ、失明という観念も視野にあったし、それでもいいから、眺めている自分が愚かだという事も気付いていた。

 美しかった、狂しくておかしくなるくらい、綺麗な痛みだった。


 そして、彼は失明した――。

 

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