お夜食にいただかれないわたしとお兄ちゃん
白日朝日
お夜食とお兄ちゃんとわたし。
「……ねむい」
あかりをつけっぱなしにした部屋で昼白色の目覚めをむかえたわたしは、ほほと枕の間に挟まれたスマホを手にとって時間を確認した。
「うえ〜、二時半とか」
二時半という半端な時間に起床したこともうえ〜だし、ほほに押しつけまくったせいでなんか曇っているスマホのディスプレイもうえ〜だ。
考えてみれば、部活を終えて帰宅してからこっちご飯もまだなら水さえ飲んでない。たった今気づいたけどかけっぱなしの暖房のおかげで喉の調子もうえ〜だ。
「シャワーも浴びて部屋着に着替えてご飯食べて――」みたいなことを考えている間に意識が落ちてしまったんだろう。部屋着越しに体臭を確認する。
洗濯しておろしたてということもあり洗剤の香りがふわって鼻に届くし、わたし界隈の基準でいえばギリギリセーフといえなくもない。これについては輸入洗剤を使ってるお母さんに感謝しなくちゃいけないな。
部屋着の袖でディスプレイを拭きながら起き上がって、ベッドの端に座る。
「くうぅ」
とお腹がなった。わたしの腹の虫は子犬のようなやつで、かわいいやつだが甘えすぎるところが玉にキズだ。
帰りがけに肉まん買い食いしたんだから、そんな深夜の太りそうな時間に鳴かずともよかろうに、そうは思いながら喉はかわいているので、冷蔵庫のある一階まで降りていかなければならない。
うーん、なんか食べるかな、食べるんだろうなあ。
立ち上がったわたしは半分ゾンビ(残り半分も人間かどうかあやしい)の歩調で、一階へと降りていった。
電気をつけずに降りたせいかリビングのあかりがドアから漏れ出ているのを確認できた。
家のなかは静かだ。
どうせお兄ちゃんかお父さんがつけっぱなしで寝ちゃったんだろう。わたしは家人に夜食がばれないよう細心の注意をはらって扉をひらいた。
明るい部屋の中ではテレビがついたままで、思ったとおりそこには誰もいなかった。深夜の映画番組なんだろうか、ちょっとだけ色調の古めかしい映像にはカフェでなにか口論する男女の姿。
内容に興味もないのでわたしはテレビを消しリビングからつながるキッチンに向かおうとしたのだけど、耳を澄ますとなにか物音がする。
テレビも消したし、そもそもテレビ自体も消音だったよなあとか訝しがったものの、ちょっと結論が出ない。
もう一度、周囲を見回すと音の出た方向には黒いイヤホンが転がっていた。
「あれ、でもテレビ消してるもんね……?」
疑問を口にしたそのとき、
「あ、起きてたん」
すぐ後ろからお兄ちゃんの声が聞こえてきて軽度の心停止を発症した。
存在オーラないな、我が兄貴。
「こっちのせりふだけど」
不満げ―顔全開でわたしは言ってやる。
「あー、寝れなくて映画見てた。レンタルのやつ」
ああ、イヤホンの音声出力別のアンプから取ってたんだね。
やけにオーディオに詳しいのは兄のせいだが、文化祭で役に立ったりあまり問題はないので、意外と重宝している。
「おもしろいのそれ?」
「寝れないで困ってるのに、おもしろそうなやつなんて観ないよ」
「なんでリビングにいなかったの?」
おかげさまで心臓あたりの細胞を担当してるひとたちが何人かショック死した。
「ホットミルクつくってた」
「それにしてはキッチンからレンチンの音もコンロ使ってる感じの音もなかったけど」
「よくぞ聞いてくれました」
眠い目で質問を連打するわたしにお兄ちゃんがテンションをあげて応えた。
「は」
兄のハイテンションな笑顔にうっかり口から素のリアクションが出てしまう。
「実は牛乳にグラニュー混ぜていたところで、バニラエッセンスをちょっと垂らそうとか色気出してたら、なんか無性にフレンチトーストがつくりたくなって、トーストを割り下に漬けこむにいたりました」
「割り下てあんた」
「そんなこんなで、明日の朝はフレンチトーストを食べていってください」
「そういうところ、妙に丁寧だよね、お兄ちゃんは」
「よく言われます」
なんで敬語なんだろうこのひと。深夜テンションか?
「ところで、ホットミルクはもうつくったの?」
質問に二、三秒の間を置いて、
「……まだです」
「そういうところ、妙に抜けてるよね、お兄ちゃんは」
「よく言われます」
「じゃあ、わたしの分もつくってよ。映画のエンディングまでは付きあうよ」
「あ、ごめん。残りの牛乳全部使ったから」
「じゃあ、お兄ちゃんのぶん半分もらうよ」
「分かった」
そうして『兄が丁寧に半分ずつ分けたカップ』からのぼる湯気越しに、映画をぼうっと見ている横顔を見つめる。わたしの不満気な表情にお兄ちゃんは気づかない。
そういうところ、妙に抜けてるよね、お兄ちゃんは。
お夜食にいただかれないわたしとお兄ちゃん 白日朝日 @halciondaze
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