身支度
「ちゃんと綺麗に作ってよ?」
「は、はい……」
清掃の翌日、元通り綺麗になった寝室で、ティエラはフクシアの髪の毛を整えていた。下着姿で椅子に座ったフクシアの髪に手を添え、櫛で梳いていく。その手はやはり、少しだけ震えているようにも見えた。
「あんた、初めてにしては手慣れてない? やった事あるの?」
フクシアはその手の震えには気付いていないようだった。
「いえ、昨日教わったので、それだけで……」
「ふーん、あんた髪なんて手入れした事ないでしょ? だから下手かと思ってた……あ、痛った!」
「あっ、す、すみません……」
櫛でフクシアの髪の毛を思い切り引っ張ってしまったティエラは内心冷や汗だらだらになりながら慌てて謝った。
「あたしの髪の毛柔らかくてすぐ癖が付いちゃうんだから、早く覚えてよね!」
「はい、すみません……」
ティエラは謝りながら恐る恐るフクシアの銀髪を梳かし、花の形をした飾りの付いたピンでツインテールを形作っていく。
「フクシア様、この前も服を着られてませんでしたし、あまり服が好きでは、ござらないのですか?」
「なに、突然質問?」
「あ、いやその……」
「別にいいけど。あたし、服好きじゃないの。着せられてる気分になるし、コルセットなんてあたしを縛り付けてるみたいで」
ティエラはフクシアの声が少しだけ弱くなったのを感じた。
「けれどあたしはこんな服しか知らないし、人前じゃ服を着ないとおかしな目で見られるし」
当たり前なはずの事に違和感を覚えるフクシアに、ティエラは違和感を覚える。
「で、でも……フクシア様はあの服が、本当に似合ってると、私は思います……。私には、到底着れませんし」
「服はいいの!」
フクシアは立ち上がり、付けかけのピンがティエラの手から飛んでいき、新調したてのカーペットに転がる。フクシアはばさりと銀色の髪を振り、朝日の差し込む寝室を背中から浴びながら振り返る。
「だってあたし、服なんてなくたって、何も付けなくたって、誰よりも綺麗だもん」
にこりと笑う口からはぞろりと揃った鋭い歯と、誰よりも光る赤い瞳。上質な布のような白い肌。
人間離れしてる。ティエラは感じた。恐ろしくないのに、恐怖してしまう。辻褄は合わないが、そう感じるしかなかった。ティエラは、フクシアに目を奪われていた。そして同時に、蛇に睨まれた蛙だった。
フクシアが両腕を伸ばしながらあくびをし、ティエラはようやく我に返った。
「けどあたしが身支度しないと何も動かないもんね。じっとしてあげるから、早く髪の毛整えてよ?」
「は、はい……。あ、あのフクシア様、今日は何の、ご予定が……?」
その言葉を聞いたフクシアはティエラに背を向けて椅子に座りながら振り返り、意地悪そうな上目遣いでティエラの顔を捉え、こう答えた。
「ええ、これからあんたと2人きりで外出よ」
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