4−8

 また真っ暗になってしまった。一体どういう事なのだろうか。せっかく自由にスパナ

を回していたというのに、また考えるだけの空間に戻ってしまったのか。これを繰り返すのだろうか。スパナを回して暗黒、スパナを回して、暗黒。空しい。そんなのは、イヤだ。

 次の瞬間、あらゆるものがハッキリ見え、そして物凄く激しい何かが自分の中を取り巻くのを感じた。激しい何かが少し治まり、やがて、見覚えのある男が口を開いた。するとさっき取り巻いていた何かが揺れ動きだす。 「・・・・・・・・!・・・・・。・・・・・・・・・・・!」

 俺は男は何をしているのか理解できなかった。男もそれを察知したのか、首を傾け、 紙に文字を書き始めた。

『耳の感度大きすぎて申し訳ない。音量を下げた。』

『君は耳の機能を持たない植人であったから、もしかしたら音声言語を思い出すのに時 間が掛かるかもしれない。』

『覚えているか。ジョー。ジョーは君の名前だ。僕はケーリー・プラーシックバウエ。』


 ジョー。その文字列に、自分の中の何かしっくり来るものがあった。するとケーリーと名乗るその男は微笑んだ。どうやら俺の気持ちがすぐ分かる細工をしているらしいな。


『よかった。名前を完全に忘れていなかった。これで復帰は簡単になる。』

一応説明しておくと、君はもともとジョーという人間で僕の弟だ。”植人”と言う手術 を受け、植人工場で調教されていた。君は放置していればボルトを締めるだけの人形に成り果てていたに違いない。』

『今の感触はどうだい。超高性能で小型かつ大容量のテラミカ石板だからきっと前より も自由な筈だ。』


 確かに、色々なものが取り巻き、見えるものはハッキリする。何しろ気分がイイ。その様子を見てケーリーという男はニコリとうなづいた。


『これからリハビリを行いたいと思う。しかし植人工場のように指令を与えるようなやり方はしない。ジョー自身が何を望むか、それを考えて、実現させるんだ。指令を受けた時に君は何かを感じたはずだ。そしてその為に動けたはずだ。まずはそこから考えるといい。』

 それは中々大変な作業であった。まずこれから何をすればいいのかわからず、そのために必死に過去を思い出す必要があった。ジョーが人間だったころ、何を願って動いたのか、何を願って生きていたのか、それを照らし合わせていく作業が必要であった。

 こうしてリハビリを受けるうちに、ジョーは徐々に自分の事を思い出していった。自分がこのように3頭身の人形になる前は、王兵に麻酔を受けていたのだ。あの時は右足が無かっ たのだな、とジョーは不思議な気分でいた。今は両足ともパタパタ動かせるようになっていた。そして、『アー』とか『ウー』とか声も出せる。麻酔を受けて、それから、テラミカ光線を受けたのか。はは、まるでシャーレに入ったオオプルネンゲのようだ。あの授業・・・ ウーラム先生の授業を思い出すな。ウーラム先生。植人になってしまった先生は今復帰手術を受けているのだろうか。そして、シャーレに入ったオオプルネンゲという記憶からジョーはもう一つの記憶を思い出した。テラミカ光線銃の撮影。処刑人の、あの顔も自分を撮影しようとしていた。ジョーに口づけしようとしたメラマの顔。死んだメラマの顔。処刑人の顔。死んでしまったのだなあ。メラマもベルーイも。悲しいと思うかわりに徐々にエネルギーが落ちていった。まったく、悲しみを表現する、涙を流す機能を忘れるあたり、兄さんらしいわ、とジョーは同時におかしくなった。メラマもベルーイも死んだ。 フルネスとタルヒとゲルマはどうなったのか分からない。ジョーは気を取り直して発声練習をする。

『アー』

『リャー』

 自分の声のトーンに近づけているものの、ちょっとどこか違う気が、ジョーにはした。鏡を見ると、ジョーの人間の頃の顔が無表情にくっついている。ああ、自分は憎んでいた植人になっていたんだな、という漠然とした理解と、このような性能のいい植人が生まれたら、みんな植人になることに何の違和感も抱かなくなるんだな、とも予感していた。


 そして、この違和感の消滅がこの今起きているアルゲバ王国を漠然とした衰退へと誘うのである。

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