5章:そして伝説になるかもしんない
第27話:くつろげ! 馴染みの白い部屋
……
…………
………………
…………いつまで。
――……。
いつまでそうやってる気なんですか、アクア様。
――……わかんない。
分かるまで、そうやって湖の底に引きこもってるつもりなんですか?
――……いいじゃない別に。皆、これを望んでるんだもの。
――綺麗な水さえあれば、私なんかどうでも良いじゃないの。
……本気で、そう思ってるんですか。
あの人たちが……敬虔な、「本物の」アクシズ教徒が、それを望んでると?
――……じゃあ、カズマが「いい加減にしろ」って声をかけてくれたら出る。
……ッ! 本気で、言ってるんですかッ!
父が、母が! 帰ってくると、本気で信じてるんですか!? まだ!?
――カズマ、帰ってくるって言ったもん!
もういい! 勝手にしろヒキニート!
あんたなんか好きなだけ水の底でトラックが突っ込んでくるのを待ってればいいんだ!
そして誰もいない椅子の前で、好きなだけ途方に暮れていろッ!
――荒れているなぁ、紅魔の娘よ。
……なにか御用ですか、悪魔さん。
にっくき女神と決着を付けるなら、お手洗いはあちらですよ。
――嘘をつけ、どうせ今日も水の中であろうが。
――というかこの状況でトイレを磨いてるなら、流石の我輩も少々尊敬するぞ。
――まあちょうどいい。今日、用事があるのはお前の方だからな。
私に?
――うむ、うむ。なあ、かつて世界を救った両親の娘にして最後の紅魔族、めありすよ。
――……ちょいとばかり、我輩と組んでみないかね――?
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「佐藤和真さん……ようこそ死後の世界へ。私はあなたに新たな道を案内する女神、エリスです。」
めぐみんの放った爆裂魔法の閃光で、白く焼き付いた目もようやく慣れてくる。
シパシパする目を開けると、俺は神殿のような場所の中で女神様に出迎えられていた。
ゆったりとした羽衣に、長い白銀の髪。儚げだが意外と茶目っ気もある、この世界のメインヒロイン。
「あ、どうもエリス様、その姿では久しぶりで……えっ、俺、死んだんですか? あの流れで」
「はい……お気の毒ですが」
「その……正直あの流れだと俺、めぐみんの爆裂魔法に巻き込まれたとしか思えないんですけど……」
怪しげな薬品に手を染めて、その結果が普段の威力の数倍にもなった大爆裂だ。
幾ら慣れてると言ったって、万が一が無いとは言い切れない。
可哀想なのは、もし自分のせいで俺が死んだとなったらめぐみんが非常にショックを受けそうな所だ。
なんだかんだ、あいつらが俺を大事にしてくれるのは分かってるからな。
俺が死んだせいで爆裂魔法を封印するとかなったら居心地悪いよ。どうしよう。
「あ、それは大丈夫です。カズマさんの直接の死因は、後ずさった際に氷の破片を踏んづけての転倒死ですので」
「転倒死」
「ええ、それはもうスッテーンと。その……まあ、あまり気を落とさずに……」
「素転倒」
おかしいなあ、俺って幸運だけは取り柄な男だったよね?
その割にはなんかこう、事故死多くない? ステータス詐欺じゃない?
同じ事故なら転んだ拍子に女の子のおっぱいを下敷きにする感じがいい。
くそっ、どうして俺は正当な理由で美少女とトゥラブったり出来ないんだ。同棲までしてるんだぞ?
「エリス様、幸運って何でしょうね」
「さ、さぁ。でも、私からするとちょっとラッキーでしたよ?」
「えっ?」
照れくさそうに頬を掻くエリス様の仕草は大変可愛い。
可愛いが……ラッキーって、俺が死んだらエリス様にとってラッキーってこと?
「あっあっ、引かないで下さい違うんです! 今のはちょっと、言葉のあやです」
「そんな……確かにちょっと死にすぎて『あーまたかー』で済ませてる所はありますが、まさかエリス様にまで死んで欲しいと思われてたなんて……」
「ちーがーうーんーでーすー! その、私どうしてもカズマさんにお会いしたくって! こうやって直接お話ができるからラッキーだと!」
「ほほう、お話ですと?」
エリス様みたいな美少女に、赤らんだ表情で言われるとちょっとドキっとしちゃうんだけど。
なんだろう。アクアの手前自分を抑えてたが、ついに俺の魅力に我慢しきれなくなったとかだろうか……あり得るな。
お頭の分も合わせたら今まで滅茶苦茶フラグ立ってたもんな。
むしろ遅すぎるくらいだ。
「分かりました。俺も男です、エリス様の気持ちに真面目に向き合おうじゃないですか。ただし期待させといて下らないことだったら詫びちゅーな」
「ありがとうございま……えぇっ!?」
「当たり前でしょう! 男の純情は重いんですよ!? いや、なんならスティール一発でも良いですけど? 今にして思うと本当に家宝にしておけば良かったなーと後悔してたところなんで」
「ダ、ダメです! それはダメです! というかそんな、家宝にするような特殊効果無いですから!」
バカだなぁ、レアは性能じゃないんだよ?
可愛い女神様のパンティというだけでコレクターズアイテムとしての価値は充分だろう。
何なら数百万エリスで売りさばいてみせる自信だってある。
まぁ、それを告げたらエリス様が本気で泣きそうな気がしたのでほどほどにしておくけどさ。
エリス様は"まだ"泣かせると罪悪感を感じるからね。流石に。
「はぁ……あ、私がこれを言ったことは内密にしておいて下さいね。ルール的にちょっとグレーなんで」
そんな風に俺が考えていることを知る由もなく。エリス様は口に手を当てて俺の耳元へと近づく。
女神の吐息はちょっと甘い匂いがして幸せな気分になると学会で発表したい。
アクア? あいつは無臭だけど、成分的には酒とかニンニクとかにまみれてると思う。
高揚した気分に合わせるように胸が高鳴り、エリス様は可愛らしい唇を尖らせ――
「めありすと名乗る少女には、どうか気をつけて下さい」
――そんな、ある意味じゃ分かりきってることを告げた。
「はぁ……がっかりだ。がっかりですよエリス様。今更そんなこと言われたって、もう色々解決した後ですよ」
「本当に?」
「ホントにってそりゃあ……だからこそ俺も少しは向き合わなきゃなって、ニートらしからぬ責任感感じてるわけですし?」
「それ自体は、立派な志だとは思いますが」
肩を竦める俺を、エリス様の硬い声が遮った。
その目はどこか苛立ちに満ちていて、俺もついつい声を荒げてしまう。
気を付けろと言われてもな。俺だって、最近やっと自分の娘だと飲み込めてきたとこなのに。
「なんつーかエリス様、今日はヤケにトゲトゲしくないっすか? あいつにそんな怪しい点が有りましたっけ?」
「あの娘は
「……ああ、それはまぁ……」
そういや確かに、その辺の詳しいことは知らないけど。
それにしたって、いささか厳しすぎるように思えてしまうのだ。
エリス様はパッドのことを除けば非の打ち所のない美少女女神なのだが、不死者や悪魔に関してだけはアクアをも凌ぐガチ強硬派である。
流石にウィズは見逃してるようだけど、バニルまでは見逃す理由がないだろうなぁ。
「まー、大丈夫ですよ。なんせ今回、そのバニルも着いてきてるワケですし」
「そうですか。それで、彼はいま何処に?」
「それは……」
ええと、アルカレンティアに入る前に分かれただろ?
その後、里の中でお面売ってたのは見かけて、それから……?
「里の中、イベントの起こっている局面のすぐ近くで。ほぼフリーハンドで好きに動かさせている。そうなんでしょう?」
ツンと伸ばした人差し指で俺の鼻をつつきながら、エリス様は唇を尖らせる。
こりゃどうにも、マジでおこなようだ。バニル相手だからだろうか。
碧色の眼差しが、半笑いで後頭部を掻く俺につきささる。
「ハリボテの巨人を無理矢理覚醒させたのが、その悪魔バニルだったとしたら」
「……は、はい?」
「王女アイリスに、アクア先輩とあなたを引き離すようそそのかしたのが悪魔バニルだったとしたら? 真面目な話なんです、カズマさん。真面目に向き合うって言ったじゃないですか」
「い、言いましたけど」
なんだ、今日のエリス様はやけに迫力がちげぇぞ。
そんなにバニルが嫌いなのか? いやまぁ、嫌いなんだろうけどさ、悪魔だし。
「……先輩、最近結構頑張って仕事してるんですよ」
「そ、そうなんすか……アイツが?」
「カズマさんの前では、普段通りに振る舞ってると思いますけど……天界だと凄いんですよ。昔は絶対頭なんて下げなかったのに、今はちゃんと偉い人にはペコペコしたりして」
「そうかぁ? ……いや、そう言われると本当に最初の頃は頭下げさせるだけで一苦労だった気も……」
冬将軍の頃には、もう自分から進んで土下座するようになってたから意識して無かったけど。
まあ、カエルに食われて馬のクソと同衾してりゃあプライドの一つも折れるか。
「昔、干されてたのはお察しの通りなんですけど。今は皆からの評価も上がってきて……だから、こんな所で変に躓いて欲しく無いんです。あの腐れ悪魔のせいで」
「いま腐れ悪魔って言った?」
「あのド腐れ共のせいで、先輩がまた腐り始めるところなんか見たく無いんです」
……天界と地獄の確執は思ったよりも根深いらしい。
あまり気にしないようにしよう。エリス様を見る目が変わってしまいそうだし。
「どうかお願いします、カズマさん。あなただけが頼りなんです」
「それはいいんですけど、それなら『バニルに気を付けろ』で良いじゃないですか。なんでわざわざ遠回りする必要が」
「あれに関してはどう気を付けても無駄です」
「……即答っすか」
いや、そうじゃ無いかなーとは思うけどね?
アイツは警戒されることも見越して何重にも保険を張り巡らせるタイプだ。
むしろ正面切って向かい会うだけ、こっちのやれる事が減って損かもしれない。
「それでもあの腐れ外道の性格を考えるに、きっと最後の引き金だけは人間に引かせるでしょう」
「それが、めありすだと?」
「契約者ですから。己の魂すら餌にして叶えたい願いのある悲しい人々……もっとも、それすら覚悟していなかった愚かしい連中も中には居るでしょうが」
そういう者の魂は、死んでも天界にまで上がってくることが少ないのだという。
地獄のどこかに囚われて、感情を啜られ続けるのだとか。
めありすがそんな風になれば、きっとアクアは傷つくだろう。俺だって嫌だ。
だから、俺が気をつけなければならないと。後で上司に怒られる危険まで加味して、エリス様は忠告くださった訳だ。
《よしっ、繋がった……! カズマー、聞こえるー!? 聞こえるなら早く戻ってきなさーい!》
そして、荘厳な神殿に響くアクアの声。
『リザレクション』される時間がやってきたのだろう。
ここに居られるのも、もうそう長くないということでもある。
「……まあ、やれるだけやってみますよ。俺だって仮にも人の親みたいですしね。童貞なのに何言ってんだって感じですけど」
「どうか、ご武運を。……カズマさん。きっと、まだ何も終わってません。むしろこれからが本番とすら思えます。これは女神としてというより、一介の神器ハンターとしての勘ですが」
「へいお頭。肝に命じときます。……それで、ぶっちゃけあのイヤリングは回収しとかなくて良いんですかね」
「……一応、正式な所有者が生きてますので……まだ……」
なるほど。やっぱり神様の世界も大変なんだなぁ。
一応危険性は認識されてるみたいなんで、これ以上俺から話すことは無いが。
「それでは、門を開けますけど。他に何か有りますか?」
「んじゃ、最後に一つ。エリス様って、どんくらいアクアのこと好きなんですか?」
向こうからは上げ底エリス呼ばわりなのに、甲斐甲斐しいというかなんというか。
俺がそう尋ねると、エリス様はいつものように頬を掻き。
「きっと、カズマさんと同じくらいだと思いますよ?」
イタズラっぽく片目をつむり、微笑んだ。
そんな彼女を横目に、俺はゆっくりと門を押し開けて――
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