第18話:受けろ! 男女の大告白



「大事な話が、あるんだ」


 水の都アルカレンティアの高級旅館における温泉の中。

ミツルギによる悪戯で、俺とダクネスは素っ裸の状態で向かい合う羽目になっていた。

そして何やら覚悟を決めたらしいダクネスが、真っ赤になりながらも俺の隣で腕を絡ませ、話を切り出す。

以上三行。全く余裕のないサトウカズマからお送りします。


「大事な話ぃ? なんだよ、そりゃ」

「大事な話は……大事な話だ。私やお前の今後とか……ええと、ぶっちゃけて聞くが」


 荒く息を吸っては吐き、早くなった心臓の鼓動が俺にまで伝わってくる。

ダクネスは何度か言いにくそうに口をもごもごとさせ、遂に意を決して口に出した。


「お前は、その……もうめぐみんとは、ヤったのか?」

「は?」


 かぽーん。ああ、お空きれい。


「はぁー――!? ななな何言ってんだよお前、馬鹿じゃねえのか!」

「馬鹿じゃない! 真面目な話なんだ! 良いから、ヤったのか! どうなんだ!?」

「うるせードスケベ! 痴女! セクハラで訴えるぞ法廷で会おう!」


 何を聞くのかと思えば、このエロセイダーめ。

まあ、何をやるやらないかは言うまでもあるまい。

童貞とか処女とか最初に言い出したのはだあれ?

俺が答えを濁していると、ダクネスは勝手に一人で納得したような顔で頷く。


「そうか、もう既に……言えないようなことを、したのか」

「は? いや」

「めめめめぐみんの小さな体に! 張り裂けんばかりの剛直を打ち込んだんだな! 痛い痛いと喚かれても構わずに……お前という男は! そうなんだな!?」

「おいふざけんな! お前がドMなのはとっくに分かってるから、ちょっと妄想と現実の区別付けてくれませんかねえ!?」


 いやまあもちろん、英雄カズマさんだからヤりまくりですけどね?(夢の中で)

めぐみんだってもう、何回も自分から求めてくるけどね?(夢の中で)


「そ、そうか、まだなのか……。それなら良かった」

「なにが良いってんだよ、全然良くねーよクソッ。何が悲しゅうて俺はこんなタイミングで童貞をカミングアウトせにゃならないんだ」


 良いんです。サキュバスのお店があるから。

正直下手に実戦経験積んで夢にまで思い出すようになったら最悪なんです。

もっとこう、ボクには相応しいタイミングが有ると思うんです。


 ぶちぶちと言い訳しながらソッポを向く俺の肩を、ダクネスが掴む。

眼と眼を合わせ、翡翠のような輝きが俺を吸い込んで行く。


「……なあ、カズマ……貴族に、なるつもりは無いか?」

「あ、あン?」


 顔は赤い。息は荒い。心臓は、今にも張り裂けそうだ。

けれどダクネスは……一切、ふざけてなくて。

どこか懇願するように、俺のことを見ていた。


「いや、こんな言い方は卑怯だな……どうか、この国の貴族になってくれないか。私と、アイリス様のために」

「はあ? 貴族って……ああそういや、金で買える爵位もあるとか言ってたな。そういう話?」


 その場合、男爵とかになるのかね。カズマ男爵。悪い響きじゃねーけど。


「そうだ。カズマが貴族になって私と婚約してくれるならば、すぐに小さくとも領地持ちの貴族になれるだろう。アクセルの街の町長なんかどうだ? お前にも馴染みが有るだろうし、街の住人からの覚えもめでたい」

「いやいや、ちょっと待ってくれよ。いきなりそんな具体的な……」

「お前が! それは嫌だと言うのなら!」


 俺が苦笑いしながらやんわりと拒むのを遮るように、ダクネスが声を張り上げる。

そして顔を俯けて、掴まれた肩に指が食い込んで少し痛い。


「……私は、他の男と結婚しなくてはならない。ダスティネス家は代々王の右腕として重用され、私はそこの一人娘なんだ。私はもう20代で――子供と言うのは、そうそうすぐに産み育つものではない」

「ダクネス……」

「数年前、父と仲直り出来たのはお前たちのおかげだったな。アルダープの行方はまだ分かってないが……まあ、それはもういいだろう。とにかく私は父の後を継ぎ、そして子に私の後を継がせなければならない。それが、貴族の責務だ」


 まだ、俺たちが魔王を討伐する前。お前はあんなに見合いを嫌がって居たのに。

恐らくだが、冒険者になる前だって散々揉めたに違いない。

そのダクネスが、こんな風に言うなんて。


「めありすが、お前とめぐみんの子供だと分かった時。凄くショックだったが……同時に、納得もしたんだ。アクアは女神としての活動を再開し、私もまた、少しずつ『ダクネス』で居られる時間が減っていった。お前と、めぐみんだけが……あの屋敷に、変わらず残り続けられる」


 これが、大人になるということなんだろうか。

これが、年を取るということなんだろうか。

……だとしたら、俺たちが『俺たち』で居られる時間は、案外短い。




「カズマ。私は……重いか?」




 顔を、上げないまま。


「誤魔化す必要はない。……分かっているんだ、『爵位を買え』と言うのはギリギリ家の入婿にできるのに必要な格で、結婚ともなればその位置はすぐに跳ね上がる。社会的地位も、責任の重さも……それが、お前の最も嫌う類のものだというのは、よく分かっているつもりだ」


 俺の肩に、ダクネスの濡れた髪が張り付いた。

そのまま耳元で囁くように、けれど色気の一つも無い声色で語りかけてくる。

温泉の湯を浴びて、湿った胸同士が擦り合わされる。

互いの心音が、より近くなる。


「アイリス殿下は、お前にダスティネス家の入婿として入城してもらいたいと考えている。お前の商才、そして問題解決能力を見込んで神器関係のトラブルや異世界の来訪者を担当する大臣にしようと目論んでいるんだ」

「商才って……買いかぶり過ぎだろ。俺は別にそんな」

「謙遜するな。お前は既に貴族相手のコンサルタントすら始めたと言うじゃないか。少なくとも、私にはまだそんなことはとても出来ない……一つの街を管理するだけで精一杯なんだからな」


 しっとりとはりつくおっぱいが柔らかい。

いやしかし、そんなことを考えてる場合じゃ無いんだ俺。

でもすげーいい匂いする。やばい。ダクネス超エロい。


「なあ、カズマ。分かってるんだよ。私は家を捨てれない……いや、家族と、彼らが守り抜いてきた誇りを捨てたくはない。その上でこんなことを言うのは我が儘だと分かっているんだ」




「だけど、お前が良いんだッ……!」




 下唇を噛んで堪える俺の前で、ダクネスは泣きながら笑った。


「お前が別に英雄になることを望んじゃいないのは分かってる! 人として、そこそこの幸せをそれなりに享受できれば良いんだというのも分かってる! その上で言うが、貴族なんてものは茨の道だ。もしお前が私の入婿になるなら、あの山の木の数よりも多い嫌味を受けなければならないだろう!」


 ぴちょん、ぴちょんと水滴が温泉の水面に落ちる音がする。

もう何年もの……いや、たった数年でしかなくても、あれだけ濃い付き合いだ。

お互いのことはよく分かっている。お互いに。




「――それでも、お前が良いんだ、カズマぁっ……!」




 こいつは、俺のことが好きなんだ。

わかってるよ。だって俺別に鈍感でも難聴でもねーもん。

むしろ女性の好意に過敏に反応して「あいつ俺のこと好きなのかな」ってドギマギする方だもん。

本当はもっとその気にさせること言いたいのに、考えれば考えるほど不利になることしか浮かばなくて、それでも言うしかなくて涙目になってるバカ正直なクルセイダーのことだって、良く分かってるっつーの。


「……お前、俺に付いてきてほしいのか付いてきてほしくないのかどっちなんだよ。このド不器用め」

「う……どうせ私は不器用だ。攻撃一つ当てられないし、皿も洗えない女だよ」

「いやまて、後者はともかく前者はお前の性癖じゃねーか! 『攻撃を当てれたら負けられないじゃないか!』とか言ってたの、忘れたわけじゃねーかんな!」


 それはそれとして、こいつは屈指のドMだ。

いくら現実と折り合いを付けても性癖が変わるわけでは無いし、むしろ抑圧される分大変だろう。

理解者に心当たりが無いわけでも無いが、どうなるかは開けてみないと分からない。


「……とりあえずさ、結婚とか抜きにしてお前の助けになる手段は無いわけ?」

「いや……もちろん有るとも。私達は、永遠に、素晴らしい『仲間』たちだ。そうだろう?」


 仲間。ああ、仲間か。

便利な言葉だよな、仲間って。


「私がしているのは……俗にハニートラップとか呼ばれる類の、アレだな?」

「……自分からそういうこと言っちまうのが、最高に不器用で卑怯だよ」


 そんな風に言われちまったら、もうこっちからは責められない。

そういう企みをバカ正直に喋るしかないこのバカが、愛おしくて仕方ない。


「なんなら、この時間だけは、夢でも良いんだ」


 ……だが、本当に良いのだろうか?

今ここで流されてしまって、後悔はしないか?

何より、俺にはまだ……俺のことを好いてくれる女性が、居るんじゃないか?




「今、私をめちゃくちゃに……してくれる、だけでもいい」




 そういうむつかしいことは、ぼくはながされきってからかんがえることにしました。


 力加減も考えず、俺はダクネスの双弓を乱暴に掴む。

痛みと期待に潤んだ瞳がこちらを見上げる。

ああ、俺は仲間に夢をあげるんだ。何の問題も有るはずもない。

首を振るフリをするダクネスの顎を掴み、唇を合わせ――






『ピガーッ! ピガーッ! ピガーッ! ピガーッ!』


 ――ようとした所で鳴り響く警音にビビり上がり、俺はダクネスに岩陰へ突き飛ばされました。






『CAUTION! CAUTION! A-4地点にてのぞきが発生しました。担当スタッフは至急現地へ向かって下さい。繰り返します、担当スタッフは至急現地へ――』

「ああっ、お客様申し訳ありません! この浴場に向かって、外部から『千里眼』スキルによるのぞきが行われました! すぐに優秀で最高峰な当旅館のスタッフが対応に当たりますので、お客様は一旦館内の浴場へ……!」

「あ、ああ分かった。すぐにそうさせてもらう」


 ええいなんなんだ驚かせやがって。

さっきとは違う意味で心臓がバクバクいってるぞ。

ああくそ、呪われてるかのようなタイミングの悪さだな。

だからといって、俺の気持ちはもう収まらないんだが。


「び、ビックリした……おいどうするダクネス、どうせ内浴場も貸し切りなんだし、そこで続きを……」

「……いや、離れてしまった、な」


 しかしダクネスは声に答えず、俺を突き飛ばした手をじっと見ていた。


「もう二度と、離さないくらいのつもりだったのに……『タイミングが悪かった』くらいで、お互い飛びのいてしまった。……そういうことなんだ。そういうことだったんだよ」


 そして、口角を歪ませ。



「――やっぱり、後ろめたいのは良くないな」




 そのままザブザブと湯をかき分けながら上がっていき、後には俺一人が残される。


「え? ちょっと待てよおい。放置なの? 俺このまま放置?」


 もう完全にやる気だったよ?

息子もこのままじゃ収まらねえって言ってるよ?

え? マジで放置なの? せめてこんなにした責任は取るべきなんじゃないの?

しかしダクネスの足は止まらない。結局、そのまま出て行ってしまった。


 ――ちくしょう。お望み通りめちゃくちゃな目に合わせてやるよ。妄想の中でな!






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「ぬかったッ……!」


 慌ててテレポ・アウトした私を、母とアクアが驚きの視線で迎えました。


「まさか山一つ先にも警戒網を敷いているとは……変態相手に研ぎ澄まされた相手を、甘く見すぎてましたか」

「ちょ、ちょっとどうしたんですかめありす。そんなに慌てて」

「撤収します。いえ、すぐに『テレポート』を使ったのでバレてないとは思いますが、念のため」


 そう、『千里眼』を使用すれば流石に対応できまいと考えた私が甘かったのです。

ここはアルカレンティア、温泉と変態の街。

ならば変態を相手する住人もまた変態的な警戒網を敷いていてしかるべきだと、もっと早く気づくべきでした。


「はー? ちょっと待ってよ、私ようやく体が温まってきた所なんですけど」

「『クリエイト・ウォーター』!」

「ぎゃーッ!」

「『フリーズ』! ……すみませんアクア様、そのドラム缶は中々手に入らない物のため回収しますね」

「ご、ごめんなさいってほんとに思ってる!? 思ってないでしょ!」


 五右衛門風呂と化していたアーティファクトに自分ごと水をぶっかけられ、あまつさえ凍結魔法で冷却されたアクアが震えながら飛び出す。

すまないとは思ってますよ、ええ。この程度じゃへこたれないとも信用してますが。

とにかく、湯を沸かしていたということは、ここは今まで煙が伸びていたわけです。

なので早急に立ち去らなくては。目ざとい追手ならば、その内気付くかもしれない。



「見ぃ~つけたぁ」



 ぞわりと、背筋を蛇が這うような感覚がしました。


「ほほう、覗き犯というからにはむくつけき男を想像してましたが、ロリっ子とは」

「んんんー! これはいけません、いけませんぞ兄弟。目には目を、歯には歯を、視姦には視姦を。きっちりすっきり灸を据えなくては!」

「……馬鹿な、早すぎる」


 そしてキャラが濃すぎる。

なんかこう、全貌を直視したくない感じの人たちですが、舐めるようにこちらを見ていることだけは分かります。

感覚的に分かってしまう視線の痕に、ぞわぞわと鳥肌が立つ。


「あのう……めありす? なんだか強く貞操の危機を感じるこちらの方々はいったい……」

「アクア、オリジナル。相手をしたくありません、全速力で離脱しますよ」

「こらー! 待ちなさいホットパンツロリータ! そいつをずり下げてお尻ぺんぺんしてやります!」

「んんんー、合法行為! お仕置きだから合法的にロリをハッスル!」

「わー! ちょっと待って、私まだ回収してない荷物が、神器がー!」


 山の中に、女神の叫声が響く。

そうして、アクアとオリジナルを抱えた鬼ごっこは朝まで続いた上、女神はまた一つ自身の聖地に立ち入れない理由が増えたのでありました。

ええ、もう変態の街アルカレンティアはこりごりです。ぎゃふん。

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