第10話:背負え! 明日の大勝利


「この子、未成年でしょ? こんなになるまでお酒を飲ませたのは誰?」

「私です……」

「ダメだよねえ、そういうの。分かってるよね? そりゃ一杯や二杯くらいでこっちもうるさくしたく無いけどさぁ。超えちゃいけないラインっての、分かるよねえ? もう大人なんだから」

「はい……はい、ごめんなさい……」


 以上。未成年相手に大人気なく飲み比べ勝負を仕掛けた結果、憲兵に強くお叱りを受けている神様の図である。


 一応、彼女の名誉の為に弁明しておけば、めありすは良く戦った。

アクアが水のように……というか実際に酒を水にして飲み干していくなか、十数杯のジョッキを空にしたんだから大したものだろう。

しかし宴もたけなわ、勝負の行方は明らかとなった瞬間に兵士さんたちがご登場。

アクアはまたたく間にお縄となったのであった。


「ふぅぇ~……しょうぶはまだ、ついてませんよぉ~……」

「勝負?」

「あ、いやその……ちょっと賭けで熱くなって、その……」

「賭け? あんたら、賭博までしてたの?」

「いえいえそんな、ちょっとしたゲームですよ、ゲーム! 神に誓ってお金は賭けてませんって!」


 誓う相手がお前自身じゃねえか。


「なんれすかぁ……もう、のめないなら、わたしのかちれす……」

「ああ、確かにアクアはもう飲めないな。社会的に」


 ダクネスの奴が領主代行になって、酒や賭博に関しちゃ厳しくなったんだよなぁ。

まあ、子供相手に飲ませすぎるなとか、トラブルになる量の金を賭けるなとかの話だから治安的にはむしろ向上しているんだが。


「んふー……わたしのかちぃ……」


 ここで真っ赤になってぶっ倒れてるめありすの、冒険者カードに記載されている年齢は13歳。立派に酔い潰したら問題となる年齢である。

アクアも酒を水にしちまえば負けはしない、って発想は良かったんだけどなぁ。

それ以前に、誰かに通報されないようにする必要が有ったな。


「つーわけでTKO、勝者めありす」

「はぁー!? ちょっと待ちなさいよカズマ、あんたどっちの味方なの!? というか、何勝手に決めてんのよ!」

「あのー、アクアさん? 困るんですよねぇ、話はちゃんと聞いてくれないと」

「はい……ごめんなさい……」


 賭けでイカサマをした上、警察に絞られて小さくなってる水の女神がそこには居た。

年配の兵士にネチネチとつめられているアクアをかばうように、後輩っぽい方が手刀を切る。


「まあまあ、その辺で良いじゃないですか。まだ店の中なんですし、留置所で一晩過ごせばちゃんと頭も冷えますって。ね?」

「兵士さん……! 優しい兵士さん……!」

「それじゃあアクアさん、ちょっと署まで同行お願いできますかね」

「はい……ッ! その、わたし、本当にごめんなざい……!」


 うむ。見事な良い警官悪い警官メソッドである。そしてウチの女神は本当に残念だ。

詰めが甘いというか見通しがぬるいと言うか、あれだけ格好付けたんだからもう少し頑張って欲しかった。

水の女神だろうが宴会の神だろうが、所詮アクアはアクアと言うことか……。


「さぁ、大人しくしてて下さいね」

「兵士さん……あの、カツ丼は出ますか……?」


 出る訳ねーだろ。そもそも丼ものという概念自体がねえよ。

手錠をかけられたアクアは、そのまま粛々と連行されていく。

もう、言葉も出ません。本当に泣きたいのは故郷の後輩達なんじゃないだろうか。


「それで? こいつはいったいどうすりゃ良いんだよ……」

「くぴ~……」


 そして残されるのは、完全に酔い潰れためありすと俺というわけだ。

……いっそ置いてっちまおうかなぁ。でもなぁ、未来のとはいえ自分の子供と言われると、流石にそれはどうだろうという気も湧いてくる。

これが全く縁もゆかりもない相手なら放置一択なんだが。おまけに未成年だし。


「仕方ない……背負って行くか。家で寝かして良いもんなのか分かんねーけど」


 ま、いっつもめぐみんを背負ってるわけだしな。

装備の差か、魔法使いのめぐみんよりは少し重いが、持てないことはない。

だがこの体勢、酒臭い息がもろにかかる。

アクアの作戦で、蒸留した酒をしこたま呑んでたからな……。


「あ、ちょっとお客さん! お連れ様が頼んだ分の勘定……」

「……悪い、ツケにしてくれ」


 そりゃ、飲み比べとかしてぱかぱか瓶を空けてたら相応の値段になるよな。

今度、あの女神からは出汁を取ってでも金稼がせよう。






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「ん~……む……」

「……はぁ、寒」


 店の外に出ると、深夜の寒風が俺の肌を撫でた。

おお、寒い寒い。流石に子連れのままサキュバスの店には行けないし、とっとと帰るとするか。

酔いつぶれためありすは、なんだか安らいでいるようだ。

まどろみの中で、時折意味の分からないうわ言を口にしている。


「おとー……さん」

「はいはい、お父さんだぞー」

「おとーさん」


 俺の前側に回っていためありすの腕に、更に力が込められる。

抱きしめる腕は意外と力強く、がっちりと俺の上半身を抱え込んでいた。

俺さ、正直親子間のコミュニケーションを欠かさなければ問題が起きなかった作品って、結構あると思ってたよ。

世界を救うより先に、まずやることがあるだろって。

ごめんな、創作内の父親の皆さん。何話せばいいか全然分かんねえわ、こんなん。


「……あ」


 それからしばらく、歩いて歩いて。

もう少しすれば屋敷に着くかなってくらいになって、やっと、めありすの腕が緩んだ。


「あの……すみません、もう大丈夫ですから、おろしてくれませんか」

「うん? なんだ、もう酔いが覚めたのか」

「状態異常には強いんです。一人旅では特に致命的になりますし」


 状態異常耐性っつーと、クルセイダースキルか。ダクネスに教えてもらったのか?

その割には、酒で真っ赤になるまで酔っ払ってたけどな。

とはいえ呂律はちゃんとしてるし、多少酔いが覚めたのは本当らしい。

めありすは、寄りかかっていた俺の背中から離れ。


「というわけで、いい加減おろして下さい。もう一人で歩けますから」

「え? やだ」

「……な、なぜ」

「なんでって、そりゃあ……」


 特に理由は無いけど。

しいて言うならこいつが逃げるから捕まえておきたい的な?


「まぁ、良いじゃねぇか。もう夜も遅いんだし、このまま俺の屋敷に泊まってけよ」

「良くないです。離して下さい、最低限は精神力も回復しましたし、街の近辺で野宿するのに問題は有りませんから」

「『ドレインタッチ』」

「ちょ、あぁぁ……」


 再び力を失い、ぐったりと倒れこむめありすを俺の背中が支える。

どうやら、疲れと酔いからか身体を保持する筋肉すらもまともに働いてないらしい。

こりゃあ一大事だ。つーことで、しっかり休ませないとな。


「ほら、体に疲労が溜まってるじゃねえか。宿は貸してやるから一晩くらいゆっくり回復したらどうだ」

「この人はどの口でのうのうと……」


 うるせーな、この口だよ。

だいたいなんでこいつ、こんなに屋敷に連れて行かれることに抵抗するんだ。

さっきまでおとーさんとか言って甘えてきたくせに。

年頃の娘が考えることはほんとよく分からん。


「なあ、めありすって俺の娘なんだろ? 全部納得してるわけじゃないけどさ、それならそれで少しは親を頼れってんだよ」

「……しかし……」

「俺を見ろ、16になるまでずーっとバイトもせずに親のスネかじり続けてた訳だが、こうして立派な大人になるのに問題は無かったぞ? 親を頼るのは悪いことじゃない、むしろ成功への近道だ」

「馬鹿言わないで下さい、いくらなんでもそれは嘘だと私でも分かります。まず父さんは立派な大人なんかじゃありません、立派な人間のクズです」


 ほぉーう、言うじゃねえかこいつ。

ついさっきまで俺の背中でうじうじしてた態度はどこ行ったんだ。

というか、実の娘に即答されるほど未来の俺はクズなのか。

どうしよう、怒りを通り越してちょっとヘコんできたぞ。


「……それに、父親だからこそ、巻き込めないものもあります」

「ああん?」

「お願いします。どうか私のことは敵だと思って下さい。正体不明の、黄昏の襲撃者とでも。あなたたちに正体を教えたのは私の間違いだった。……甘えでした。だからどうか」

「『ドレインタッチ』」

「ひぁぁぁ……」


 おっと、あまりに背中でグチグチとうるさいので、つい本気で気絶させるレベルで吸ってしまった。


「何をする!」

「何って、敵なんだろ? だったら弱り切ったところに追撃して何が悪い。お前俺が真正面からやあやあ我こそはサトウカズマなりとか言って突っ込んでくるとか思ってんの? バカなの?」

「バ、バカじゃないやい! いやそりゃそう言いましたけど、もう少しシチュエーションってものを大事にしても良いんじゃないですか!? ……あの、というか本当にちょっとおろして下さいませんか。これとはまた別件なんですけど」

「嫌だって言ってんだろ。なんだよ、別件って。それ要件変わってないじゃん?」

「いや、その……今の『ドレインタッチ』で下半身の力が緩んだので……えっと……」


 ……ああ、そういえば飲み比べとかでたらふくアルコールを摂取してたな。

そりゃもよおしもするか。うんうん、分かる分かる。


「ところでめありす、お前の母ちゃんが言ってたことなんだけどな、紅魔族はトイレ行かないんだってさ」

「馬鹿じゃないですか!? それを言った方も、今その言葉を持ってくる方も馬鹿じゃないですか!?」

「まあ俺だって、本当に背中で漏らされたいわけじゃ無いよ? だけどさ、それはそれとして人がトイレに行こうとしてる時って無性にギリギリまで邪魔したくならない?」

「『ドレインタッチ』ッ!!」

「ぐわああああああ!」


 なんだよ畜生、精神力不足で使えなかったわけじゃねーのかよ!

こうして本気でドレイン合戦をされるととてもじゃないが叶わない。

下手したら、ウィズ以上にこのスキルを使いこなしてるんじゃないかと思いつつ、俺は生命力を失い地に倒れ伏した。

近くの草むらにめありすが走りこんでいく音が聞こえる。

くそっ、体力を吸われきったせいかマジで身体が上がらん。そして寒い。

今この体が動けばあいつの身体を前後に揺さぶってやるくらいはできたのに。


「『クリエイト・ウォーター』」


 最後にパシャパシャと水が落ちる音を聞くに、一人できちんと手を洗えるらしい。

顔を真っ赤に染めためありすが、頬をむくませて俺の背中を踏む。


「敢えてもう一度言いますけど、父さんは人間のクズです。思春期の娘に対して、もう少し思う所とか無いんですか」

「お前その『敢えて言う』のって何なの? 癖なの? 格好良いと思ってんの?」

「この弾丸が私の答えだ」


 プシュ、と空気が爆ぜるような音がして、俺の耳たぶと地面に弾痕が刻まれた。

……あの、耳がジンジンと痛いんですけど。これマジな奴なんですけど。こいつマジで撃ちやがったんですけど!


「痛えぇぇぇ……マジ痛えよ……身体の末端って痛みがやべえよ……」

「安心して下さい、ただの空気弾です。まあ、柔らかい皮膚くらいならこの通り貫通しますけど」


 のたうち回る俺を無視して、めありすは魔銃オルトロスの片割れを再びマントの奥へしまい込んだ。

……どうなってんだろう、あのスペース。長物が収まってるようには見えないし。


「ちくしょう、人を撃ったってのに表情一つ変えやしないってどういう事だよ。親の顔が見てみたいぜ」

「ジョークだとは思いますけど、ただのスキルですよ。『ポーカーフェイス』という賭博スキルです」


 なにそれ。スキルったらそんなんも有るの?

後に聞いた所によるとこの辺りには賭博スキル、手品スキル、大道芸スキルのスキルツリーがあり、それらを一定以上マスターして初めて宴会芸スキルのツリーが解放されるらしい。

どうりでアクアの他に宴会芸スキルを使ってる奴が居ないはずだ。まさかの上位スキルかよ、宴会芸。

この世界は宴会芸にいったい何を求めているんだ?


「……はあ。分かっては居ましたけど私の父は本当に酷いですね。オリジナルの苦労が忍ばれます」

「お前、忘れて下さいとか言った割に父さん父さん言うよな。ツンデレか何か?」

「ちがわい! ……これは、その。……そうですね、酔って気が緩んでたんです」


 耳の痛みが、めありすの『ヒール』によって優しく和らぐ。

背中を押さえつけられているので、こいつがどんな表情をしているのか俺には分からないが。


「きっと、これが最後の機会ですから。ほんの少しでもまた会えたことを、後悔したくなかったから。――でも、今日だけ、今だけだ。我が名はめありす。世界の命運を託されしものにして、世界の現在いまを変えるもの」


 たった13歳の小娘にこんな覚悟を決めさせるこの世界は、きっと素晴らしくなんかない。


「私が助けを求めてしまったら、それはもう『私』の運命になってしまう。だから、過去のあなた達を必要以上に巻き込む訳にはいかない。時空を歪めた罰はきっと訪れる……私一人で、やるしか無いんだ」


 不意に、俺を踏みつけていた足が離れた。

まだ顔を上げて追いかけることはできないが、めありすの足音がだんだん夜霞の中に遠のいていく。

彼女は行くのだろう。

こうと決めたら一直線なのは、母親譲りというか何というか。






「さよなら、サトウカズマ。女神への手出しが遅くなった以上、私は何としても件の転生者を見つけ出し、その神器を封じねばなりません。……正直、それでも未来が変わるかは半々ですが……せめて、今のあなたたちの世界に祝福を。悲惨な未来は、全て私が持っていきますから」






「……それで」


 やっとのことで屋敷まで戻った俺を、待ち構えていたのはめぐみんだった。

真っ暗なロビーの中で深く椅子に腰掛け、テーブルの上に小さなろうそく1つが揺れている。


「そこまで言われて、カズマはのこのこと帰ってきたんですか?」

「……だって、しょうがないじゃん」


 助けてくれ、って言われたわけでも無いしさ。

未来が滅ぶ、とか正直まだ実感湧かないしさ?

だいたい、アクアならともかく俺に何が出来るって言うんだよ。

転生者を探すって言ったって、どうやって探せばいい?


「しょうがない、ですか」

「しょうがないだろ?」


 お尋ねものとして国中に手配して貰うか?

だが、どうやったらこんな情況証拠しかない話で国を動かせる?

ギルドに頼んで依頼を出してもらうか?

報酬のための金は、いったいどこから出すってんだ?


 そんな金も、コネも――俺には有るじゃないか。たっぷりと!



「しょうがねぇよなぁ! ったくよぉ!」



 あんな風に言われちまったら、助けてやるしか無いだろうが。クソッ!

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