第9話:いくぜ! 朝まで大宴会
「はーっ、はーっ……撒いた? 撒いたわよね」
「ちくしょ……ほんとに、頭カチ割られるかと思った……」
冷たい夜の空気の中、俺たちはぜーぜーと息を乱して膝に手をついた。
空気が乾いてるせいか、喉がからからだ。あの主婦、魔王より怖かった気がする。
「呑みましょう。呑んで忘れましょう。嫌な事は呑んで忘れるに限るって、偉い人は皆そう言ってるわ」
「いや、間違いなくそいつは大勢しないタイプの奴だよ。……ま、むやみに疲れたのは確かだ。少し休もうぜ」
一応、目的地だけは決まっていたからはぐれずに済んだしな。
俺たちのような冒険者が集う、夜中までやっているタイプの店だ。
ちなみに、ダクネスやめぐみんはここを知らない。朝まで飲む面子ってのは大抵がダメ人間である。
「こんばんはーっ! ねえマスター、よく冷えたエールと、フライを適当に!」
「俺は……夕飯食っちまったしなあ。ナッツと、あとなんか暖かい酒でも」
別に奢る訳じゃないんだが、この女神はがっつり飲み食いする気満々らしい。
俺は俺のペースで合わせるとして、さて、普段ならここで何人か絡んでくる奴が居るんだが。
「……では皆様、万雷の拍手とともに、こころばかりのお代をこのカップにお願いします」
ふと一番盛り上がってる所に目をやれば、よく通る声に合わせて喝采の声が上がる。
どうやら、今日の人目はほとんどそっちに行っちまってるらしい。
俺たちが入ってきたことにすら気付かず、芸に夢中になってる奴らの方が多いようだ。
「なあに、大道芸? 私のシマで結構なことじゃないの。どれ、このアクア様が見定めてやるわ」
「やめてやれよ。彼らだって彼らの生活があるんだから。タダで素晴らしい芸をするのは結構なことだが、それで食ってる人たちのことも考えてやれ」
深々と礼をする大道芸人のカップには、結構な量のおひねりが投げ込まれていた。
若干一名のせいで、基本的に目が肥えているこの街にしちゃ珍しい。
人混みに紛れて姿は見えないが、それなりに腕の有る芸人なんだろう。
「ふーん……まぁ、芸なんてお金を貰ってるうちはまだまだだけどねー」
「そうか、なら一流のアクアさんは皿洗いでもして代金を稼げよ」
必死にすがりつこうとするアクアを手で制しながら、俺はグラスを傾けた。
酔客たちから、またわっと歓声があがる。場は随分と盛り上がっているようだ。
「おーい! 私も混ぜなさいよ!」
「あ、おい、ちょっと……!」
となれば、この騒がしいのが大好きな女神が乗り込まない訳もなく。
俺の静止の声も虚しく、空にしたジョッキを手に人混みをかき分けていき、
「お、アクアさんじゃ無いっすか!」
「久々だなぁ、どこ行ってたんスか?」
「んー、ちょっとねー。それにしても、私抜きで随分盛り上がってたじゃない」
「いやー凄いッスよこの子! でも俺、久々にアクアさんの花鳥風月も見たいなあ」
「あらーそう? んーでもどうしよっかなー、乞われてやるのもちょっと違うしなー」
流石、酒と宴会の女神。途中参加なのにこの馴染みっぷりだ。
引きずり戻すのは簡単だが、そうするとまたこいつがスネるんだよな。
どうなるかは分からんが、少しの間見守っとくか。
少なくとも、すぐさま何かしようと言う風には見えないし。
「……それでしたら、そこのお姉さん。私と簡単な賭けでもしませんか?」
「賭け?」
「ええ、ちょっとした余興に。どうです?」
席に戻った大道芸人は、もらったおひねりをテーブルの上に広げると、にこやかにアクアへ笑顔を向けた。
ノリノリだったアクアも、そこで少し鼻白んだかも知れない。
どっかで見たことある仮面が、顔の上半分を覆い隠しているからだ。
「そうね。別にいいけど……その仮面が気に入らないわね。なんかどっかのカビ悪魔に似ているの。剥いでいい?」
「ゲームの後なら構いませんよ」
「じゃあやるわ。何のゲームにするの?」
「そうですね。時間をかけすぎるのもなんですし……石取りゲームならぬ、コイン取りゲームにしましょうか。テーブルの上のコインを1から3枚ずつ取って行って、最後の1枚を取った方の勝ち。勝ったら取り分の硬貨は全て差し上げますよ。どうです?」
「へえ……? 良いわ、それでやりましょ」
あ、それ知ってるぞ。必勝法があるやつだ。
1から3枚までしか取れないということは、自分の手番で4の倍数になるように取り続ければ良いだけの話である。
テーブル上の硬貨は23枚。大丈夫かアクア。九九はできてるだろうか。
「それで? あなたのゲームに乗るんだから、当然私が先行よね? 先行じゃなかったらやらないわよ? 先行でいいわよね?」
「はい、別に構いませんよ。もちろん、ゲームが始まったら手番以外でコインに触れるのは禁止。よろしいですね?」
「いいわ! ふふん、何のつもりか知らないけど、かっぱがせてもらおうじゃないの!」
あいつがどういうつもりなのかは俺にも分からんが、まあゲームとしてはアクアの勝利は決まったようなもんだ。
野次馬たちも同じ考えなのだろう。どうにも退屈な、弛緩した空気が漂いはじめ、
――ジャラララララッ!
先程しこたま硬貨が入ったカップを逆さにひっくり返したのを見て、アクアの表情が固まった。
「では、今からゲーム開始ということで。先行、どうぞ?」
………………
…………
……
数分後。
「ズルい! 卑怯よ! イカサマだわこんなもの! ノーカン! このゲームはノーカウントです!」
返しで4の倍数に揃えられ、ストレート負けしたアクアが抗議の声を上げる。
なんでも良いから机を蹴飛ばすな、チンパンジーかお前は。
「何故ですか? 誓ってゲーム中は自分が取った以外のコインに触れてませんし、イカサマもしてません。普通にこのゲームの必勝法を用いて勝っただけでは?」
「始まる前に勝手にコイン増やしたじゃない!」
「ゲームが始まったら手番以外でコインに触れてはならない。ほら、ちゃんと守ってます」
「詭弁よおおお!」
わっと涙を流して突っ伏す女神を、群衆は呆れ半分、同情半分といった様子で見つめていた。
今のアクアが無様なのは確かだが、この酩酊した時間帯、わりと多くの人間が同じように引っ掛けられていただろう。
「いい加減にしろよ、アクア。ウン万エリスの勝負ならともかく、賭けたのは小銭程度だろ? それ以上ごねても見苦しいだけだぞ」「違うのよカズマ! 私は小銭を巻き上げられなかったのが残念なんじゃないの。神として、こんなチンケなトリックにしてやられたのが我慢ならないの! 汚名をそそぐの!」
「ああもう、聞き分けできない女神だなー……お前もいったい、どういうつもりなんだよ。なあ、めありす」
どっか行ったと思ったら、まさかこんなところで宴会芸をやっているとは。
俺が名前を呼ぶと、めありすは自前のバニル仮面を外し懐へしまいこんだ。
中からめぐみんとよく似た顔が露わになり、ざわめきの声が上がる。
あいつってこの街じゃそこそこ顔が売れてるからな。主に要注意人物として。
「え? あの顔って、頭のおかしいのの?」
「あの頭のおかしいの、爆裂魔法以外もできたのか?」
「まさか。あの頭がおかしい紅魔族だぞ?」
「……おい、我がオリジナルに文句があるなら聞こうじゃないか。ちゃんと私から伝えておくぞ」
「「あ、いやなんでもないっす」」
しかし野次馬の声もめありすが目を細めて睨みつけると、自然と収まった。
めぐみんと違って怒ると低めにキレるんだな。わりと堂に入っているぞ。
「あー、あれが例の? うっわ、怒り方がカズマにそっくりね~……」
「人を指差してあれとか言うな。え、俺ってあんな感じなのか?」
「そうそう。すーぐ半目になって、声を低くして、んで一見親切のような顔で酷いことするの。そっくりじゃない?」
そうか? ……そうかもなぁ。
自分のキレ方なんぞ一々気にしちゃ居なかったが、そう言われるとそんな気もする。
妙な実感を感じていると、めありすが再びアクアに視線を合わせた。
いつの間にか、その手には一組のカードが収められている。なんだありゃ?
「へぇ? まさかそのカードで次の勝負をしようっていうのかしら。この女神に対して!」
「リベンジがしたいのでしょう? 吝かではありませんよ。その代わり、次も何かを賭けてもらいますが」
「上等よ! 今度こそ私の真の実力、たっぷり教えてやろうじゃないの!」
こいつはこいつで相変わらず馬鹿だ。少しは考えてから勝負を受けろ。
「おい大丈夫かアクア、お前あのゲームのルール知ってんのか」
「あまり私をなめないでくれる? あれは巷の子供たちの間で大ブレイク中のカードゲームよ。私はあれで何人もの子供からオヤツを巻きあげてきたんだから」
「サイテーだなこいつ!」
いくら俺でも、流石に子供にタカるのは中々やらないよ?
まあ、勝負に慣れてるっていうなら任せてやるか。賭ける物もまた他愛のないものだ。
めありすの目的はまだ分からないが、あいつも今は精神力が枯渇しているはずだし。
この町中じゃそうそう大したことは出来ないはずだ。
「ではダイスロール。10です」
「……2」
「私の方が出目が大きいので先行もらいます」
「はい……」
いきなりピンゾロをかます女神の背中を見ながら、俺は呆れ気味にグラスをあおった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「バトル! 機動要塞デストロイヤー・ツヴァイでダイレクトアタック!」
「きゃああーッ!」
その後。
同じゲームで何戦しようが、アクアがめありすに勝つことは無かった。
まあそうだよな。子供狩りで何勝してようが、所詮は子供相手だ。普通にやっても強いって理由にはならないだろう。
ていうか俺、始める前のダイスロールですら一回もアクアが勝った所見てないんだけど。
アイツ、どんだけ不運なんだよ……。
「さあ、またあなたの負けですよ、女神アクア。次は何を賭けますか? 靴下? 手袋? それともそろそろ、上着くらいいっちゃいます?」
「もういい加減やめとけよ、アクア。俺たちだってこれ以上、お前の露出で気まずい思いをしたくないんだ」
「なんで!? なんでよ! ゲームに勝てないのもそうだけど、どうして脱衣シーンをそんな渋い顔で見られなきゃいけないの!? 女神よ私! 本来もっと、盛り上がるべきものなんじゃないかしら男にとって!」
「そう言われてもなぁ……」
「ああ、アクアさんじゃなぁ」
「わあああー――!」
確かに、アクアのプロポーションは整っている。
が、同じ裸なら正直ギリシャ彫刻の方が興奮するんじゃなかろうか。
綺麗は綺麗なんだが、股間に響くものが一切無い。そりゃあ脱がれても対応に困る。
泣いて突っ伏したアクアを尻目に、俺は対面のめありすへ目をやった。
まさか、めありすも女神のケツの毛を引っぺがすのが目的ではあるまい。
賭けにに熱くさせた所で、そろそろ本命の話を通そうとしてくるだろう。
「負け分が溜まりすぎて、1度や2度の勝ちじゃどうにもならなくなりましたね。どうです? 次の勝負では、これまでの負け分全てを賭けるというのは」
「……え? いいの?」
「いいですよ。次の勝負は負けたら相手の願いを可能な限り聞くことにしましょうか。……勿論、次も負けたら私の願い事を一つ叶えてもらいます」
そら来た。
「乗るんじゃねーぞ、アクア。お前はここぞって時には絶対負けるんだ。本当に何させられるか分かったもんじゃない」
「何よその信頼! ……うう、でも確かにそうね、今日はどうもついてないみたいだし……」
そうやってツキや流れのせいにし続けている限り、こいつは永遠のカモだろう。
だがまあ、これで良い。アクアさえ連れて帰れば、明日の対応は明日決められるんだ。
今夜は色々ありすぎて疲れた。せめてもうちょい、日を開けて整理したい。
「拒否するなら勝ち分の権利を行使して、冒険者登録名をアクアからダブルダガー・聖天使☆癒し姫・ダブルダガーとじ子に変えてもらいますが」
「いやー! それだけはいーやーッ!」
「おい暴れんなよとじ子! いいから帰るぞダブルダガー! 悪魔の囁きに耳を貸すんじゃない!」
「悪魔はあんたよ! そんな名前にされたら、もう二度と人前で名乗れないじゃない! 嫌よ、私は水の女神様なのー!」
「気軽に名前なんぞ賭けるからだろうが! この‡自業自得☆女神‡!」
「括るのやーめーてー!?」
くそっ、往生際の悪い女だ!
俺は無理矢理にでも引き摺って帰ろうとするが、とじ子がテーブルの足にしがみついてはなれない。
めありすの奴め、名前を奪うとはなんてえぐるような嫌がらせをしやがる。
これは今度参考にするとして、とじ子にどうやって諦めさせるべきか?
「……宣言しておきますが、これに勝ったら私はあなたに『とある神器の封印』をお願いします」
その方法を俺が思いつく前に、完全に場の空気が入れ替わった。
「授けられた本人が持っていると言うのなら、殺して奪う。蘇生もさせない。あなたは粛々と、封印処理さえ行ってくれれば良い」
酔っぱらいどもの騒ぎが止まる。
誰も彼もが、特段声が大きい訳でもないめありすを恐る恐るといった形で見ている。
そうさせて居るのは、あいつの凍りつくような決意のオーラだ。
アクアの眉が吊り上がる。
「話は、分かっていますね?」
「……賭けの願いってのは、『あの娘に手を出さないで』ってのでもいいの?」
「別に構いませんよ。賭けです、これは」
何で知ってるのかとか、アクアを殺すんじゃなかったのかとか、そういう事を聞くのは……まあ、野暮なんだろう。
そもそもが未来人だ。「ちょっと遅かったか」みたいなことも言ってたし、薄々とこうなることは覚悟していたのかも知れない。
あるいは、これも歴史の修正力って奴なのか。
「……賭けの内容は、私が決めるわよ?」
「む……それは、流石に」
「嫌だっていうのならこの話は無し。ダブルダガー太郎とでもなんとでも呼べばいいわ」
対するアクアも、なんか普段とは違う。
心なしかキリっとしてるというか……こうしてるとマジの
なんで普段からこうできないんだろうな。それがアクアなんだろうけど。
「ていうかおい、良いのか? そんなこと言って変態里芋仮面とか呼ばれたらどうすんだ」
「大丈夫よ。私の揺るぎなきギャンブラーの勘がそう言ってる。……あの娘はね、いま私の心を折りに来てるの。口約束のような賭けも脅しも、その為の手段でしかないわ。こっちが多少強気に出たって乗るしかないの。……だからカズマさんは黙ってて。そしてこれ以上私の一生呼ばれたくないアダ名リストを増やさないで」
おいおい、なんだ急に知性上がったようなこと言いやがって。
こいつ本当にアクアか? 実はエリス様の遠隔操縦だったりしないだろうか。
「……良いでしょう。流石に条件を丸呑みする訳には行きませんが、まずはあなたに勝負方法を考えてもらいましょうか。あからさまに不公平であれば、あなたはこれからペディアクアリーチャムと名乗ってもらいます」
「ええ、それは私だって弁えてるわ。神々しさで勝負だとか、そういう一方的で賭けにもならない勝負にはしないと誓いましょう。だから私の名前はペットフードでも猫まっしぐらでもないの! 二度と変ないじり方しないで!」
「ああ、確かにそりゃ勝負にならねえな。十中八九アクアが負ける」
「なんでよー!」
頬を膨らませて抗議しつつも、アクアはちょいちょいと俺の袖を引いた。
察した俺は二人してめありすに背を向け、アクアの口元に耳を近づける。
どうやら何か、相談でも有るらしい。
「ねえねえ、カズマさん」
「なんだよ。まさかこの期に及んで俺に考えてくれとか言い出すんじゃないだろうな」
「違うわよ。……勝負方法は、もう決めてるの。これなら一見いい勝負になって、しかも絶対に負けない」
「なに?」
そんな勝負方法があるなら、なんでこんな儚そうな顔をしてるんだ、この女神。
その表情をしていると、まるで本当に女神みたいだぞ?
しっかりしろ! ダメな自分を取り戻せ!
「私、イカサマする。……なんか、カズマにはあらかじめ言っておきたくて」
だから、そんな申し訳なさそうな顔してんじゃねえよ。
分かるよ。お前は馬鹿だし、すぐサボるし、間違っても綺麗な奴じゃあない。
でも、宴会の場でだけは正直だった。妙なこだわりで、おひねりすら貰おうとはしなかったよな。
プライドめいたもんが有るんだろ? 俺にはよく理解できん形だが。
そして、イカサマするってのはきっとそこから一歩踏み外す行為なんだ。
「……なんで転生者一人にそこまでするんだ? お前、絶対そんな奴じゃなかったじゃないか」
「んー……まあ、何だかんだでカズマと色んなことしてきたから。それにほら、一生懸命『ありがとう』って言われて、信じて貰っちゃったら、それはもう私の信徒じゃない?」
ああ、そうか。
やっぱりお前は宴会の神様で有る前に、水の女神なんだな。
「それで……勝負方法は、決まりましたか?」
「ええ、決めたわ――いざ、飲み比べで勝負よ!」
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