フィクション
哲学徒
第1話 蝉時雨
「暑い...」
蒸し暑いだけでも不快なのに、そんなことお構いなしにアブラゼミはどんどん音量を上げるし、汗は吹き出し畳に染み込むし、冷房はつくはずもない。電気は止められたのだ。小島次郎は畳に大の字になったまま、缶にわずかに残ったぬるいビールとカラフルな錠剤を手探りで探し息を止め、錠剤をビールで流し込んだ。錠剤はもちろんMDMAだ。
「...」
次郎はやがてくるだろう恍惚のトリップを息をひそめて待った。それとも今回はバッドトリップだろうか?いずれにせよ、暑さがマシになる夜までの暇つぶしになればいいのだ。
しかし、そうした静かなひと時も無神経なチャイムが台無しにしてしまった。
「ク...クスリあるんだろう!金なら出す!は...早く!」
切羽詰まっているだろう男の声とドアを殴る音が聞こえる。クスリは無い。さっき飲んだのが全部だ。ヤクザの下っ端として売人をしていた時期もある次郎だが、薬にはまりすぎて破門された。そのときにヤクの仕入先とも手が切れた。さて。
「入れ」
金はあると言ったな。
醜く太った男はドアをあけてやるなりずかずかと部屋に入り込んだ。
「これが全財産だ...早くヤクを」
男は震える手でそんなに分厚くもない茶封筒を差し出す。次郎は中身を一枚一枚確認する。
「いいぞ。待ってろ。」
次郎は台所へ向かった。胃薬とかラムネとかを渡すか?すぐバレるだろう。じゃあ仕方ないな。次郎は何の気なしに包丁を手に取る。
次郎はそのまま居間に戻りさも当然かのように男に包丁を突き付けた。
「な...なんでだ!金ならやる!見逃してくれ!」
口ではそう言っていても、隙を見せた瞬間襲い掛かってくるのは目に見えている。表情を崩さず男を壁に追い詰めると、さすがに恐ろしかったようで腰を抜かしてしまった。もうこれで戦意は喪失しただろうか。いやまだだ。次郎はチャックを下す。
「ひっ...」
次郎は男に向かって放尿した。
「うあ...あああ...」
これで完全に戦意喪失しただろう。男は信じられないという目でこちらをぼんやりと見ている。
「帰れ」
男が無反応だったので次郎は包丁を再び取り出し切っ先を男の顔でちらつかせた。それでも無反応だったので何度か蹴っ飛ばして追い出した。金が入った。これでヤクも手に入る。ああしかしこの部屋にはもう長くいられないな。小便臭い。畳だから染み込むんだ。次はフローリングがいい。
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