潜入と妖怪と友情
「エド! 暢気にケーキ焼いてないで頂戴!
」
フリルのエプロンに燕尾服。ミスマッチな姿で鼻歌を歌いながらキッチンに立つ執事……。シュールだよな。
「待っている時間が勿体ないと思いまして。お嬢様のお好きなバターケーキですのでそうお時間は取らせませんよ」
爽やかな笑顔でいい放つ。女子力高い……いや、万能過ぎる執事だな。イマドキってさ、お菓子やケーキ作れる方が女子力高いんだよ。料理がいくら作れても女子力高いって認識は薄い。……むしろ飯作るの得意って主婦力ってか、オカン力の傾向が強い。ある人は飯作れてもお菓子が壊滅的でオカン扱いされてるらしい。微妙なラインなんだよな。俺は何も出来ないけど。
「そういうことじゃないのよ! 優多に地味にアピールしないで頂戴! 」
「……ふ。お嬢様はお食事は愚かお菓子すら出来ないですからね。異性を射止めるには胃袋からと申しますよ。ふふふ……」
俺を見るな! 変態執事!
「きー! 性格破綻下僕がぁぁぁぁ! 」
──バキッ
「Oh!♪ ……しかし、そのお姿ではもの足りません! 」
こっち見んな! 巻き込むな!
エドガーさんは菖蒲さんに蹴り飛ばされながらも、変態発言は忘れない。俺はソファの後ろに隠れながら二人の不毛なやり取りを見続けた。
毎日毎日懲りねぇな。こいつら。
「……優多、これはどんな状況なわけ? 俺の認識に間違いなけりゃ──ぐっ」
「言うな! 思ってても言うな! それだけは言うな! 」
空気にされかかっていた隆一の口を透かさず両腕を駆使して塞ぐ。楠木がいなくなったらこれだよ!隆一には猫被らねぇな、をい!
ギブギブというかのように隆一は座っているソファをバシバシ叩く。
「ぷはっ! ……まぁ、完璧な人間っていないよな」
人間でもないがな! まだその説明はしていない。混乱させたくはないから。
「あれで完璧だったら世紀末だよ」
「……にしても、来ねぇなぁ? 」
スマホの画面を入れたり消したりを繰り返す隆一。そう、隆一は俺が登録をした瞬間、透かさず一緒に登録したんだ。危ないから止せって言ったけど自分に出来ることはこれしかなかったって。バカだから取り敢えず一緒に行くしか思い付かなかったって。……本当にバカだよな。ランダムかもしれないのに。ま、こいつのことだ。絶対に生還出来るって信じてるよ。
──~~♪
軽快なロボットアニメの主題歌の着信が響き渡る。隆一のスマホだ。緊張が走る……が。
「お? 楠木? どうした? 」
楠木からの通話だった。
「は? エドガーさん、代わってって」
何故エドガーさんご指名?!
「? はい、畏まりました」
スマホを受け取る。
「……話すならイケボがいいって抜かしやがった」
項垂れる隆一。声と見た目……。
「はい、代わりました。エドガーで御座います。はい、はい………。そうで御座いますか、貴重な情報ありがとう御座います。いえ、いくら内容が同じで御座いましても、同じであるという事実はとても大事なことです。調査する側といたしましても大変助かります。ありがとうございました。早急に事件解決したいと存じます。真理様はご自宅で朗報をお待ちくださいませ。……はい、畏まりました。お二人はわたくしどもが全力でお守り致しますのでご安心ください。真理様はお優しいお嬢様ですね。うちのお嬢様にも見習って頂きたいものです。はい、では失礼致します」
……通話中、噛みつかんばかりに睨み続けてる菖蒲さんが怖かった。
「隆一様、お返し致します」
スマホを返却。
「お嬢様、真理様からの情報です。紗綾様は真理様と寸分変わらぬ場所、人数、内容だったとのこと。あと、生還者は……紗綾様のみだったそうです」
生還者は1人……。そりゃ、怖いよな。5人がつれてかれて、たった1人命辛々帰還。無理もない。
「所長はボクなのにぃぃぃぃ!! 性別で負けるなんてぇぇ! 」
そこ気にしてたのか。楠木も空気読まないな。
──チン!
ケーキの焼けた合図と香ばしい香りとともに……まさかのメールが着信した。しかも同時にだ。
「!? 菖蒲さん! エドガーさん! メールが来ました! 」
「お、俺も……! 」
不毛なやり取りを繰り返していた二人は勢いよく、俺たちの場所に来た。
「焦がさずに済みましたね。帰ってきたらバターケーキでお祝いしましょう」
気が早いだろ!
隆一と目配せをしてメールを同時に開く。
『咲良優多様
この度は、当サイトにご登録下さいましてありがとうございます。只今より、あなたにお願いさせて頂く注意事項がございます。今から終了まで、振り向かないでください。達成した暁には、素敵な近未来が待っています。
では、スタート! 』
◆◇◆◇◆◇◆◇
気がつくと、一面コンクリート張りの部屋に来ていた。楠木が言っていたまんまの場所。手には握っていたスマホはない。
「さっむ! はっ! 優多! 優多はどこだ?! 」
緊張感を台無しにする声が響く。
「ここにいるよ、隆一。叫ぶなよ……」
「良かった! 別れ別れにならなくて……」
……こいつ、こんな顔もするんだな。心底心配してたって顔。付き合い長いのに能天気な顔しか見てなかったわ。あとはおばさんへの恐怖顔な。
「……気を付けろ。他のメンツがわからない」
だけどいくら待っても誰の声もしない。……違和感に嫌な汗が出る。このパターンは……。
「他のメンツ、来ねぇな? 何でだ? 」
前回を知らない、特異体質の意味を分かっていない隆一がいぶかしがる。それに菖蒲さんとエドガーさんはどうやって俺たちを守ってくれるのか。クリアは出来ても解決にはならない。
──ブ………ン。
ふいに目の前の電子板が音を発した。
『ようこそ。あナタの未来を占ウ場所へ。
今からコチらが開きまス。
真っ直ぐ、タダ真っ直ぐ進んでくダサい。たダシ、メールでもお伝エシた通り、絶対に振り返らなイデくださイ。
振り返らズに目的地に辿り着けタ方のみが、未来を予見さレマす。
では、スタート! 』
ゾクッとした。聞いていた文章なのに、文字化けなのか、一部不自然なカタカナ。そして俺たち二人以外いない。
文字が消えると繋ぎ目の無かったコンクリートの壁がゆっくりと音を立てて開く。
開かれた石扉の向こうは薄明かりが等間隔に並ぶ、果てない通路。今いるコンクリートの部屋とは異質の空間。まるで、異世界の一部を切り抜いたようなダンジョンめいた通路。コンクリートの部屋は非常に寒かったのにも関わらず、一歩、無意識に踏み出せば少し暖かい。
そこは寸分変わらず、聞いていた通り。
「あったけー! 」
室温に誘われ、先に隆一が出てしまった。
「待てよ! 気を付けろ」
走って追いつく。待っていたかのように扉が閉まっていく。
「おまえよりは純粋に動けるっての、バカだからな」
俺の中で警戒音がする。罠だと。しかし……。
「……とにかく、歩かなきゃ終わるもんも始まらないか」
ガッと肩を掴まれた。
「運命共同体だ、相棒! ……他のメンツがいない、俺とおまえが一緒って時点で覚悟してるさ。俺たちがすることはなんだ? 」
俺は目を見開く。……忘れてた。俺は『囮』担当だってことを。
「……ありがとよ、相棒。役割忘れそうだったぜ」
こいつはいつだって、俺の話を真っ直ぐ聞いてくれていた。疑問に思うことだらけだろうに、何も聞かない。待ってくれてる。
誰よりも単純で、誰よりも頼れるヤツだよおまえは。
「んで? どうする? 作戦も何もないけど取り敢えず歩こうぜ。──怪しまれないように」
頷いて同時に歩き出す。すると……。
──ずる……り、ずる……り。
聞こえてきた。俺たちの歩調に合わせてあの音が。
「……確かに何か引き摺ってるな。気になって仕方なくなる気持ちがわかるぜ」
「いきなりゲームオーバーは嫌だぜ? 相手がどういうつもりかもわかんねぇ」
話していれば紛れるし、俺たちはお互いを知っている。置き去りになんて絶対しない。……多分、振り向くときは同時。
「……ああ、わかってる」
俺は知ってる。菖蒲さんは呼んだら絶対に壁を破壊してでも、俺のとこに来てくれる。隆一の行動に何も口を出さなかったのは俺の信じてるヤツなら俺を正気でいさせてくれるからだ。じゃなかったら親友だからって会うのが二回目のガキを俺と一緒になんかしない。……ワガママだからな、菖蒲さんは。
──ずる……り、ずる……り。
にしても気味が悪い。隆一がいるから理性は問題ないけど、知り合いがいなかったらどうにかなりそう……。
──ずる……り、ずる……り。……オイシソウ……。
ゾクッ……。何か今、聞こえなかったか?
「……新しい展開だなぁ、相棒」
「……だ、だな。予測はしてた。……100%の確信を今得たわ。敵さんは……『妖怪』だ」
最初から人間の悪巧みにしては、人知を超えてるとは思ってはいたよ。マジでこのパターンだとは。
「……ここで相良てぃーちゃーが先に来たら俺泣いちゃうなー」
相良先生が半妖の口裂け男だって話は待ち時間にした。
『マジでー?! 相良てぃーちゃー、ホモー?! あ、違う? それは良かった! うん、そうじゃないなら俺気にしない。しっかし、イケメン妖怪とか羨ましくね?! 俺がなっても騒がれないじゃん! 男の敵よ! イケメンは! 』
……ちゃんと俺は説明した、ちゃんと。その応えがこれだった。だからきっと二人の話をしてもバカな応えだけで済むと思うけどなんとなく……延長というか、更なる変な応えは分割したいというか。それで続けられず、未だ話せてないのがかなりデカイ。
「……隆一パイセン、今回どうです? 性別判断出来ます? 俺にはさっぱりナンデスケド」
「……優多くん、流石のパイセンにもちょっと難しいゾウ」
俺たちの間に沈黙が流れた。聞こえるのは……。
──ずる……り、ずる……り。……アア、オイシソウ……。
走りたい! そのままゴールしたい! 俺たち早いし! でも、走ったら叫びそう!
……走ったら意味ないし。
「……優多くん、堪えろ。アスリートな俺たちにこのゲームは簡単だ。しかし、……使命を忘れてはならない」
「……隆一パイセン、バカなのに今日はカッコいいっす」
バカにならないと冷静になれないのはちょっと辛い。キャラ崩壊してるわけじゃない。暇を見つけてはこんな遊びくらいするさ。だって俺たち、高校生だし。俺、生真面目な優等生じゃねぇし。優等生だったら隆一と親友してなかったと思うぜ?
「……あ、忘れてたけどさ。このサイト、中高生限定って書いてあった。正直相良てぃーちゃー巻き込もうか悩んだけど……年齢制限がな」
「……マジで? 俺、概要見てなかったわ……」
まさか隆一がトリセツ読むタイプだとは知らなかったよ……。俺、トリセツ読まなくても何とかなるタイプだったから。意外な一面を知れて嬉しいけど……。
──ずる……り、ずる……り。……ハァハァ、オイシソウ……。
ちょっと俺、吐きそう……。隆一に、男に癒される日が来るなんて……世紀末だわ……。俺、ノンケだから! 変態執事と同類は死んでも嫌だ!
◆◇◆◇◆◇◆◇
「……くしゅっ」
「……しっ! 」
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